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97.相応の罰

 ジルが魔法を放った後、私は衝撃を覚悟して身を硬くしたものの、思ったほどの衝撃はなかった。

 私はふらふらと立ち上がってヤツェクのマントの下から顔を出す。かすかに眩暈を感じ、ボーっとしたものの、しばらくするとすぐに消えた。


「今の、なんだったの、いったい……?」


 私はあたりを見渡す。今のところは、何も変わりはない。


(不発だったのかしら……。それより、ジルは……?)


 ジルの姿をキョロキョロと探す私の後ろで、ヤツェクは低く唸った。


「ローラハム公め、小ざかしい真似を……」

「お父さま、今のはいったい……」

「エリナ! 後ろだ!」

「えっ」


 急に背中に寒気を感じ、私は振り返る。

 そこには、私のつくった泥人形ゴーレムが立っていた。そして、いきなり私にその太い手を振り下ろす。

 私はすんでのところで転がって避けた。


「な、なんで!?」


 まさか自分のつくった泥人形に攻撃されると思っていなかった私は、パニックになった。泥人形は動きを止めず、私を襲い続ける。

 幸いにも、泥人形はあまり動きが速くないため、運動能力が著しく低い私でも逃げられるけれど、明らかに、なにかおかしい。

 素早く周りを見渡すと、先ほどまで私の命令通りに動いていた泥人形たちが急に暴れまわっていた。屋敷を襲った人間たちも泥人形たちに追われ、必死に逃げまどっている。


「や、やめて!」


 私は慌てて魔法を放って泥人形たちを止めた。数体の泥人形たちが若干動きが鈍ったものの、しかし、再び動き出す。魔法の威力が異常に弱い。


「えっ!?」


 私はもう一度魔法を使おうと目を瞑る。


(ま、魔法ってどうやって使うんだっけ? えーっと、心の中からあらゆる感情を追い出して、手のひらに魔力を込めて――……)


 私はありったけの気合を込めて手のひらを空中に突き出す。しかし、思ったように魔法が使えない。


「ど、どうして!? こんな時に、魔法がうまく使えない……」


 私はオロオロと手のひらを見る。身体の中の魔力はまだ十分にあるはずだ。魔王の娘である私は、どんなに無茶な魔法を使っても魔力切れを起こしたことはほとんどない。

 それなのに、なぜか泥人形を止める魔法すらも使えないのだ。

 どうにか魔法を使おうとアタフタしているうちに、縄で縛っておいたはずのローラハム公が馬に乗っているのを視界の端で捉えた。横には、ジルを従えている。この混乱に乗じて、ジルがローラハム公の縄を解いたらしい。

 ローラハム公は先ほどまで縛られていた手首をさすりながら、苦々しい顔をしながら、「いったん退却せよ!」と怒鳴った。


「そう簡単に、逃がさないわよ!」


 私はローラハム公を捕まえようと再び魔法を使おうとしたものの、やはりうまくいかない。何かが、魔法の邪魔をしているのだ。


「な、なんで!?」

「エリナ、危ない!」


 呆然としている私の横を、異変に気付いたヤツェクが滑るように通り過ぎ、背後から私を叩き潰そうとしていた泥人形をはじき返す。流れるようなしぐさでヤツェクは二対目の泥人形に魔法を放ち、泥人形はあっさりと崩れ去る。


「どうしたんだ。エリナらしくない」

「お、お父さま! ローラハム公が逃げようとしています!」

「ああ、気づいている。しかし、それは後だ。どうやらジルとかいうあの娘、狂化の魔法を夜の国全体に発動したらしい」

「狂化の魔法……!?」


 私はそれを聞いてハッとする。そういえば、魔物が急に凶暴化する一件に、思い当たる節があった。


(王宮で暴れたドラゴンも、こうだった!)


 本来なら、調教されている竜は従順で、暴れることなんてめったにないはずだ。それなのに、あの竜は暴れた上に、人間を襲った。

 泥人形たちもそうだ。私が作った泥人形たちは、人を襲うように命令していない。なのに、人を襲っている。

 つまり、ジルは魔物を錯乱させる魔法が使えるのだ。暴れたのは狂化の魔法によるものだったのだ。


(その狂化の魔法が、夜の国全体に――……)


 考えただけでも、恐ろしい。夜の国の住民たちが、一斉に暴れ狂うことになるのだ。

 ヤツェクは強張った顔のまま、私たちを襲おうとしていた数体のゴーレムをまとめてもとの泥の塊に変えた。


「幸いにも、強い魔力を持つ者たちはまだ理性がある。しかし、大部分の我が民が、仲間うちで傷つけあい、殺し合おうとしている。何としてでも、止めなければ」

「お父さま、私も……」


 そう言いかけて、私は足を止める。


「あ」

「どうした?」

「そういえば私、実は今、うまく魔法が使えないんです……」

「魔法が使えない? ……ああ、そうか」


 ヤツェクはピンと来た顔をした後、私の胸元あたりをじっと見る。私が首を傾げると、ヤツェクは悲しそうな顔をしてなにか言葉を選ぶように少し黙り、首を振った。


「仕方がない」

「お父さま、今の様子だと、私が魔法を使えない理由を知っていますよね? お願いです、教えてください」

「……いまのエリナの胸の中には、感情がある。強い感情だ」

「感情?」

「そう。往々にして、我々の魔法、――カウカシアの魔法使い流に言えば『虚の魔法』は、感情は邪魔になる。強い感情を抱いている理由について、思い当たる節があるだろう」

「ローラハム公に好き勝手言われたことですか? それはそこまで……」

「違う。私が推測するに、君の感情をかき乱しているのは、あの漆黒の瞳の男だろう」

「あっ……シルヴァ様のこと……」


 私はヤツェクの一言に、心が真っ黒になった。ローラハム公の醜悪な一面を見せつけられ、怒りで胸の隅に追いやっていた感情が、じわじわとよみがえる。


(……そうだ。私、シルヴァ様に裏切られたことが、本当にショックだったんだ……)


 足元が崩れ落ちるような眩暈を感じて、私はふらふらとしゃがみ込む。

 それ以上ヤツェクは何も言わず、私の額に少し触れる。すると、身体がふわりと浮いた。


「裏の山の洞窟に隠れていなさい。もうすぐ、オスカーが帰ってくる。それに、これからもっと君は悲しむことになるだろう。なぜならあの男はもう――……」


 ヤツェクは視線を少しさまよわせ、何も言わずに踵をかえし、空気に溶けるように消えた。

 私は、ヤツェクの魔法で裏の山の洞窟のほうへ運ばれていく。無力な私は、なす術もなく戦線離脱した。

 私は運ばれた先の洞窟で、俯いた。

 シルヴァを信じて、結局はこの国をピンチにしてしまったのは私だ。責任を取りたい気持ちはある。しかし、ヤツェクについていったところで、足手まといになるだけだ。

 しばらくして、森からつんざくような悲鳴が聞こえた。何かを争っているような、激しい声だ。

 いてもたってもいられなくなった私は外に出た。二匹の風妖精(ウンディーネ)たちが争っている。


(あの、いたずら好きで明るい風妖精が……)


 私は思わずふらふらと二匹の風妖精たちの間に割って入る。


「やめて! お互いを傷つけるようなことはしないで! お願いよ……」


 正気を失っている二匹の風妖精は、すぐに私を吹き飛ばす。私はあっけなく地面に転がった。風妖精たちはお互いを傷つけるのを止めない。

 あまりの自分の無力さに、情けなくて涙がこぼれる。


「エリナ!」


 ふいに、私を呼ぶ声がして、何かを背負った大きな影が私の前に立つ。


「オスカー!」

「お前ら、いい加減にしろ――ッ!」


 オスカーはそう言って、荒々しく遠吠えをした。至近距離で遠吠えを聞いた風妖精たちが驚いた顔をしてぽとりと地面に落ち、それからあたりをキョロキョロ見渡すと、慌てたように逃げていく。

 私はオスカーに縋りついた。


「オスカー! ローラハム公が攻めてきたの! 夜の国全体に狂化の魔法をかけられた! シルヴァ様に、裏切られちゃった……! 私のせいで、夜の国が……」

「エリナ……」


 オスカーは少し戸惑った顔をした後、どさりと背中に背負った何かを硬い地面におろす。それは、人間だった。少し青みがかった髪、整った顔立ちの――……


「……シルヴァ様!?」


 私は驚いて目をむいた。シルヴァは目をつぶり、穏やかに眠っているように見えた。しかし、それにしては様子がおかしい。眠っているにしてはあまりに静かすぎるのだ。

 オスカーは口を開く。


「朝方、こいつをカウカシアの国境に送り届けて、すぐにおかしくなった。急に倒れたんだ。転んだんだと思って様子を身に行ったら、動かない。触ったら、息をしていなかった」

「……息を?」

「うん、どんなに名前を呼んでも目を開けないし、胸に耳をあてても心臓の音も聞こえない。なあ、これって――……」


 オスカーがみなまで言うまでに、私はシルヴァのひんやりとした手を触る。その大きな手はいつものように優しく私の手を握らなかった。押し当てた指先の神経をいくら研ぎ澄ませても、かすかな脈拍すら見つけることもできない。


「そんな……! 嘘……、嘘よ、そんな、嘘……!」


 身体がわなわなと震えだす。私はたまらずその冷たい体にすがった。なんとか震える手で回復魔法を使おうとしたのに、巨大な悲しみが波のように胸の中に押し寄せて、どうしても魔法が使えない。


(どうして、どうしてこんなことに……!)


 目からとめどなく涙があふれる。

 私を尾行して魔王の屋敷にたどり着いてしまったシルヴァは、ヤツェクに、問答無用で選択肢を与えられた。『私に関する記憶を全て消す』か、『真名を伝え、命を魔王に委ねる』かの、二つだ。

 そして、シルヴァは後者を選んだ。誰にも夜の国であったことを伝えないと誓い、私の記憶を保持したまま、カウカシアに戻った。

 しかし、ローラハム公が夜の国に攻めてきた。よりにもよって、ヤツェクの屋敷を夜中に襲う、一番卑怯な手口を使ったのだ。

 そして、ローラハム公に一連の情報をもたらせたのは、シルヴァしかいない。

 だから、ヤツェクは言い放ったのだ。


『相応の罰を与えるとしよう』


 ヤツェクの意味する相応の罰とは、「死」だった。シルヴァは、罰を受けたのだ。


「シルヴァ様! 起きて、起きてください、お願い……。死なないで!」


 私の絶叫が、夜の国に響いた。

誤字報告、ブックマークや評価ももありがとうございます!


終盤に入ろうとしています。辛い展開が続いていますが、ちゃんと大団円になりますので、ご安心を!

そして、どうか、エリナたちの冒険にもう少しお付き合いください。

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