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96.最悪のシナリオ

「ふぅ、これで良し」


 私は、ローラハム公の左右の手を縄でがっちり縛ったのを確認し、一つ息をついた。


「これで逃げられませんね」

「エリナ、なにを……」

「見ての通り、魔法で縄を作って縛っています。逃げられないように」


 ヤツェクが困惑した顔をする。周りでは、私のつくった泥人形ゴーレムたちが、同じようにテキパキと屋敷を襲った人間を縄で縛っている。先ほどまで勝利の雄たけびを勇ましく上げていた男たちは、完全に破壊したはずの泥人形が急に蘇ったことにすっかり怯えてしまい、みな一様に大人しい。

 私は手をパタパタと払った。


「さて、あとはこの前の密猟者たちと同じように、第一騎士団に引き渡しましょう」

「しかし、エリナはローラハム・アイゼンテールに恨みがあるはずだ。まさに今、その恨みを晴らす、絶好のチャンスなんだぞ」

「確かに、ローラハム公は大嫌いです。妖精たちを勝手に売り飛ばして酷い目に遭わせていたのも許せません。……でも、ローラハム公の罪は、裁かれるべきなんです」

「……君はそれでいいのか?」

「ええ。それに、屋敷も焼けて動かぬ証拠もあることですし、カウカシアに大罪人を突き出して恩を売っておくのも、悪くはないはずですよ」


 私は微笑んだ。

 たしかにローラハム公に私怨は数えきれないほどある。

 けれど、やはりローラハム公は、法の下で裁かれ、一生をかけてその罪を償うべきだ。

 第一、ローラハム公はカウカシアの権力者。その権力者が夜の国の魔王に殺された、となれば、カウカシアに夜の国を攻撃する口実を作ることになる。それは何としてでも避けなければならない。

 私の話を聞いていたローラハム公が、ふいに片頬を吊り上げた。


「フン、誰が魔物の娘の話なんて聞くものか」

「……そうかもしれませんね。しかし、貴方の一存で勝手に夜の国を侵略したのはまぎれもない事実です。その判断を、皇帝はどう思われるでしょうか、()()()()?」

「魔物ふぜいが、吾輩を父と呼ぶな! 汚らわしい!」


 ローラハム公は神経質に叫んだ。私は腰に手を当てて顔をしかめる。


「ではなぜ、その魔物の娘を養育したのです?」


 ずっと不思議に思っていたのだ。ソフィアが1年の失踪のあと、連れてきた赤子を、どうしてローラハム公は己の子として育てたのか。

 当のローラハム公は逡巡し、それから諦めたように少しため息をついた。


「……ソフィアが、吾輩に初めて頼みごとをしたをしたのだ。赤子を育てたいとな。だから、それを聞きいれたまでの話だ」

「えっ。……それだけですか?」

「それだけとはなんだ! 愛するソフィアが私を頼ってくるなんて、出会って20年と4か月経つが、その一回きりなのだぞ!」


 ローラハム公は唾を飛ばして怒鳴るように言う。

 私は驚いた。てっきりアイゼンテール夫妻は愛のない仮面夫婦だとばかり思っていたが、少なくともローラハム公はソフィアのことを愛していたらしい。

 それにしても、一生を添い遂げるはずの配偶者に頼りにされたのが一度きりなんて、なんとも情けない話だ。

 私は呆れ混じりのため息をつきつつ、言葉をつないだ。


「……それでも、最終的には私を殺そうとしたんですね」

「当たり前だ。どうせ、時が経てばソフィアも子供に興味を失う。それまでは、程々に普通の貴族の娘として育て上げる気でいた。そして、散々利用しつくして、利用価値がなくなれば、こっそり殺すつもりでいたのだ」

「どうして、そんな酷いことを……」

「当たり前だ。お前は吾輩の権力を揺るがしかねない存在なのだぞ? これでまで10年育ててやっただけでも感謝すべきだ」

「11年です。それに、育ててやった、ですって? 私のことはゾーイに丸投げして、自分の権力がらみの案件以外、全く関わってこなかったじゃないですか」


 あまりに勝手な物言いに、私は眩暈がした。


「その上、もう利用価値がなくなったから死んでもらおうだなんて……。あまりに身勝手すぎます……」

「なんとでも言うが良い。お前がユフディの研究所で自分の正体に薄々感づき始めていた時点で、吾輩はいつお前をこっそり殺すか常に考えるようになった」

「ああ、私にあのコサージュを持たせて、研究所での会話を盗聴しようとした理由は、私が自分の正体に気づいているかどうか、確かめるためですか」


 私は奥歯を噛みしめる。あの時からすでに、私は命を狙われていたのだ。

 ローラハム公は尊大に鼻を鳴らした。


「最終的に、お前は我輩を裏切った。夜の国に逃げ、あまつさえ吾輩の『裏の仕事』を暴き、騎士団に密告しているではないか!」

「なんで密告のことを知っているの!?」


 ローラハム公の言葉に、私は息を飲んだ。

 秘密裏にローラハム公の悪道を第一騎士団にもちかけたはずなのに、なぜかローラハム公は知っているらしい。

 その上、この屋敷の場所まで把握し、卑怯にも夜襲してきた。

 ローラハム公にこれらの情報をもたらすことができる人物と言えば、思い当たるのはただ一人。


(シルヴァ様が、私を裏切った――……)


 やはり、シルヴァはローラハム公のスパイだったのだ。

 私は目の前が真っ暗になった。足がショックのあまり、ガクガクと震えだす。

 ヤツェクがあれほど人間は信用できないと警告してきたのに、馬鹿な私は根拠もなくシルヴァを信じ、カウカシアに帰した。

 そして、その結果がこのザマだ。

 私が真っ青になったことなんてお構いなしに、ローラハム公は未だにペラペラとしゃべり続けている。


「お前の密告で、吾輩は二つの選択肢を迫られた。このまま大人しく失脚の日を待つか、ここぞとばかりに忌々しい魔王に反撃するか。もちろん、吾輩が選んだのは後者だ」


 そう言って、ローラハム公は動揺する私に、邪悪にニヤリと笑ってみせた。


「幸いにも、こちらには『我が娘が魔王に連れさらわれた』という口実がある。そこから考え出されたシナリオはこうだ。吾輩は、危険を顧みず、娘のためにやむを得ず夜の国を侵略した。不幸にも、娘は、誘拐した魔王に洗脳され、事実無根の情報を騎士団に流していた。吾輩を失脚させ、カウカシアを混乱に陥れるために。――とまあ、こういった具合だ」

「そ、そんな嘘、誰も信じません!」

「どうだかな。ここでお前が死ねば、証言者は吾輩だけとなる」


 ふいに黙って話を聞いていたヤツェクが、殺気立って低く唸った。


「この期に及んで、ぬけぬけと……。エリナは死なせない。やはり、私がここでこの男の息の根を止め――……」

「ふむ、そういうことをしている場合か?」

「……どういう意味だ」

「吾輩がこれほどまでに手薄な軍勢でここに来たと思うなら、大間違いだ」

「なに!?」

「吾輩は、時間稼ぎをしていたのだよ。さあ、ジル! 十分すぎるくらい時間は稼いだだろう! 時は来た! アレを放て!」


 ローラハム公の声で、ふいに森の茂みから女の子がひらりと姿を現した。輝く紫色の瞳の、誰もが見惚れる、美しい女の子だ。

 見覚えのある姿に、私はぎょっとする。それは、エタ☆ラブの真の主人公、ジルだった。


「なんで、ジルがここに!?」

「それはこちらのセリフよ! また会ったね、不思議な貴族のお嬢様!」

「ジルは、ローラハム公の手下だったの!? そんな、どうして――……」

「お金のために決まってるでしょ」


 紫色の目は、涙で潤んでいた。


「ローラハム公の仕事は実入りがいいの。ブルスターナの街に指示通り怪物を放って、密猟した魔物たちのブローカーだってしたわ。……こんな危ないこと、ほんとはしたくないよ。でも、生きるためには汚れ仕事をするしかないの」


 ジルの声は震えていた。私は言葉を失う。

 考えつく限り、最悪だ。

 エタ☆ラブの主人公ジルは、孤児院という家を失い、ローラハム公の手下になってしまった。本来はこの国の救世主になるはずだったのに、エリナ・アイゼンテールによって過去が改変されたことで、カウカシアを滅ぼしかねない勢力に加担することになってしまったのだ。


「そんな……」

「喋り過ぎちゃった。……とにかく、女の子相手に魔法を放つのは気が引けるけど、容赦しないからね」


 ジルはポケットから何かを取り出した。手のひらサイズの小さな宝石だ。そして、流れるようなしぐさで宝石を空中に投げると、呪文を唱える。

 ヤツェクが慌てた。


「あれは――ッ!」


 私は慌てて自分の身を守るべく、魔法を放とうとしたけれど、なぜか思ったように魔法が使えない。ヤツェクが、魔法が使えずアタフタする私を庇った。

 その瞬間、地面が揺れ、鈍色の光線が夜の国を貫いた。

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