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朧月夜で杯を  作者: 藤紫音
3/10

名前のない怪物3

 神谷悠が紅探偵事務所を訪れた次の日の夜八時、満に頼まれたとおり連続婦女殺人事件の捜査資料を今時珍しい紙媒体で運んでいた。


 悠は機密とまではいかないが、外部に漏らしてはいけない情報を含むこの捜査資料を印刷して持ち出すことは、もっと面倒な手続きやら上とのやり取りやらがあると思っていたが、思いのほかあっさりと持ち出せたことに拍子抜けをしていた。


 悠は今までデバイスでのみ情報閲覧を行っていた上、紙の資料を使っている人をほとんど知らないため断定はできないが、紅探偵事務所は思っていたよりも警察から信頼されているのではないかと思った。


 今までも何度か紅探偵事務所の協力を得ていたようだし、毎回このような形式で捜査情報を渡しているのであればすでにほかの人たちが抵抗なくこの行動を認めていたのもうなずける。


 午後八時少し前に悠は紅探偵事務所に着いた。昨日と同じく外から見ただけではやっているのかいないのか人がいるのかいないのかがわからないようだ。


 明かりのついていない紅探偵事務所のスイングドアに手をかけるとすんなりと開いた。この時間に指定した上で鍵を閉めていたとすればだいぶ失礼な対応となる。その上探偵事務所が営業しているのであれば悠の行動は正しいとは言えなくても間違っているはずはないのだが、どこか後ろめたさを感じてしまうのはやはり明かりがついていない部屋に勝手に入ったというところだろうか。


 とはいえ始めて悠がここを訪れたときはそもそも鍵が閉まっていたのだから先に鍵を開けておいてくれたのだろうと推測することができ、少なくとも悠はこの中に入っていいということだろう。


 悠は入り口で止まったまま声を掛けるべきかどこかに座って待っているべきか悩んだ。時刻を確認すると午後七時五十三分、あの二人、少なくとも花蓮と呼ばれた人物は時間きっかりに動くようなタイプには見えない。ならば、やはり呼ぶべきなのかと悠は考えていると奥のドアが開いて昨日と同じようなキャスケットをかぶった少年が入ってきた。


「あ、お待たせしてしまいましたか?」


 悠がチラッと腕時計の時刻を確認すると午後七時五十五分おそらく満は午後八時ちょうどに悠が来て捜査資料の受け渡しおよび説明等が始まる予定だったのだろう。悠の先輩は時間ぴったりに動くような人だということを思い出し、そのときと同じようにこの少年は動いたのだろうと悠は思った。


「いや、自分は今ちょうど来たところです」


「そうでしたか、すいません。前の人はこちらの指定した時間ちょうどに来ていただいていたので、そのときと同じように準備していました」


「ということは今日営業をしていなかったんですか」


「そういうわけではないんですが、基本的にここに来る人もいませんので」


 こんな都会から外れたところで、しかも、そもそも看板であるとかここが探偵をしているとわかるものを出してすらいないのだから客が来ないのもうなずける。ここに依頼を持ち込むのはここが探偵事務所であると知っている人達だけだろう。そしてそれも何かのきっかけでここを知る必要があるためここに来る依頼はほとんどが警察からの依頼であると推測ができる。


「お茶を淹れてきますので座って待っていてください。もう少しで花蓮さんも降りてきますので」


 悠はソファーに座り、満はドアから奥に入っていった。


 しばらくしてから満が部屋に戻ってきた。手にトレイを持ち、その上にはカップが三つある。満の後ろに花蓮がいて悠の向かいのソファーに座った。


満がそれぞれのテーブルの前に紅茶の入ったカップを出した。悠は出されたカップに入っている紅茶を眺めてから満も腰を下ろすのを確認した。


「あ、刑事さんはコーヒーのほうがよかったでしょうか?」


「ああ、いえ。自分はどちらでも。ええと、本題に入ってもよいでしょうか?」


「すいません。それではお願いします」


 悠は二人の間にすっとまとめられた資料を置いた。花蓮と満は置かれた資料に目を通している。


資料に書かれている内容は2人分の被害者の名前、年齢、身長、体重、出身地、家族関係と4人分の死体が捨てられた際の詳しい状況、死亡推定時刻、外傷の有無が書かれていた。


「身元がわかるのは2人だけということでしょうか?」


「2人は所持品から身元を特定できたのですが、残りの二人はそもそも所持品がない状態で発見されました。ですが、司法解剖の結果整形の後が見つかったので近くの美容整形を行っているところをあたっていますので、身元が特定されるはずです」


「整形は二人ともか?」


「三人です。身元のわからない二人は整形をしています」


「死体は安置所にあるんじゃろ?」


「司法解剖も終わり、身元が特定されている方は遺族の方が引き取られました」


「残りの二体は見られるか?」


「お望みであれば、できるように手配はしますが」


「よい。今から向かう」


 紅探偵事務所に来る刑事が代わるたびに同じことを繰り返すとはいえ、花蓮はこの段取りの悪さに苛立ちを覚えていた。昨日依頼に来たときはまともな情報をよこさずに遺体を確認したいと言えば確認しなければという。まじめであることはいいことではあるが、しなやかさに掛けるのは日本人の悪いところの典型だと日本に何年いても花蓮は感じてしまう。


「え、でも部外者を勝手に入れるのは・・・」


「何を言っておるか、依頼を受けた段階で此方らは部外者ではないわ」


 花蓮の瞳には有無を言わさずといった雰囲気があることを悠は感じ取った。


「いや、それもそうなんですが」


 悠はうろたえながら花蓮に返した。本来遺族でもない限りは、探偵であっても勝手に死体を見せることはできないのだろうが、警察のほうが依頼している側というのもあって実際に見せてもいいものなのか悠にはわからなかった。


 悠に判断していいことがわからないものが多いのは探偵を警察が雇うという異例さと先輩が引継ぎをきちんとしてくれなかったという点が原因だ。悠が先輩に話しを聞くと先輩も引継ぎの際何の書類もアドバイスもなくでの引継ぎだったらしく、先輩曰くある種の伝統らしい。


「一度言ってみればよかろう? だめだったらそのときじゃ」


「それでいいのでしたら」


「では行こうぞ」


 花蓮と満は立ち上がった。花蓮は入り口から外に、満はカップを片付けるために奥に入っていた。


 悠もつられて花蓮の後ろをついて事務所の外に出た。


「ところで紅さんでしたっけ? その格好で署で行くつもりですか?」


 花蓮の格好は悠が昨日見た和風ドレスよりは華美ではない。華美ではないのだが、昨日とは逆で和服がドレスのようになっているためか、あけられた胸元や二の腕だけが露出しているうえスカート部分の丈が短く、その格好が現物を見たこともない花魁というものを悠に想起させていた。公序良俗に反するような格好でなければ、問題はないはずなのだから、これでは問題があったか問題を起こされた風俗嬢を署に連れて行くように見えてしまう。


 一緒に住んでいるのかどうか悠にはわからないがこんな美人と四六時中いるのであればあの少年があらぬ影響を受けるのではないか心配になった。そもそもあの少年は平日の昼間に事務所にいたが学校はどうしたのだろう? あの容姿で実際は成人しているのだろうか、そうでなければ保護者はなどと悠の思考がどんどんぐちゃぐちゃになってきたところその少年が入り口から二人が待つ外に出て鍵を閉めた。


「ところで其方は何でここまで来ておるのじゃ?」


「近くのパーキングに車を停めていてそこから徒歩で、あ、自分が署までお送りしますよ」


 この紅探偵事務所から署までは車でおおよそ30分ほどかかる距離にある。探偵事務所からはとてもじゃないが徒歩で移動したいと思える距離ではない。電車と徒歩を併用すれば1時間ちょっとという時間がかかってしまうが車を持たない満と花蓮にはその手段しかない。悠が車で来たというならその車はここの近くに車が止めてあるはずだ。ではなぜ紅探偵事務所の近くに車を停めずに悠がパーキングを利用していたのかはここに駐車場がもちろんないからだ。とはいえ、どれほどの時間いるのかもわからないのに路上駐車はどうなのかと変なところを気にしてしまった結果だ。


「ここいらに停めればよいではないか。ここら辺に車が一台ぽつんと置いてあったところで誰も気にわ」


「ええ、では次からはそうさせてもらいます。車はあっちに停めてあるので」


 悠はパーキングのある方を指さして歩き始めた。満と花蓮はその後ろをついて行き悠の車の元までやってきた。


「これが其方の車か?」


 花蓮がシルバーの軽自動車を人差し指で指さした。


「何分独り身で刑事になって日が浅いので軽で充分かと、欲しい車はあるんですけど、まだ高い車を買うにはちょっと勇気がでなくてですね。でも三人ぐらいなら余裕で乗れるので」


 悠が花蓮の指の指し方で言外にこの小さいのが? という言葉を感じ取り、恥ずかしそうに答えた。


悠が車のロックを解除し、運転席には悠、助手席に満、後部座席に花蓮が乗り車を出した。


「この車で犯人を追いかけることになったら追いつけないですよね?」


満が悠にそう質問をした。


「新米刑事なものでカーチェイスだとかはないだろうと思います」


「そういうものかの? 其方が有用な場におれば其方にも要請されるであろう」


「追って先回りをして道を塞いだ理に使えるかもしれませんし」


「それは勘弁だなぁ。この車買ったばかりでまだまだローンがあるので」


 丁寧に扱われているのがわかるよく磨かれたボディが月の光を反射しながら夜道を走っていた。

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