第4話
小林監督は紗奈を見て、「そちらは彼女さん?」と俺に質問したが、俺は「違いますよ!」と否定する。紗奈も「伊藤くんとはただの同級生ですから!」と小林監督に言っていた。
「つーか、なんで小林監督がいるんですか?」
「ここの教員だからね。今年大学卒業して、ここに体育教師として採用されたの」
「え?そうだったんですか?」
「うん。だからまだアラサー前なの」
「意外と若いですね・・・」
「意外って何よ?」
「いえ、何でもないです・・・」
小林監督に睨まれた。俺は小林監督と知り合ってから、何度か会う機会があったのだが、小林監督は若くて、背が高くて、しかも美人だ。モデルのような華奢な体型の割には、意外と筋肉質で、男性レベルの握力があるそうな。ノックの腕も一流。小林監督が筋肉質であることを知っていると、モデルというよりは、ハリウッド女優か美人アスリートという表現の方か正しいのかもしれない。
「それより伊藤くん、ひじの状態はどうなの?」
「はい。今はキャッチボールだけですけど、来月には投げ込みが再開できる見込みです」
「来年には間に合うの?」
「はい。バッティングだけならもう。ただ投げることになるともう少し時間がかかりそうです」
「そう。でもうちの4番バッターはもうあなたで決まりだね」
「は?何ですかそれ」
「だからあなたはうちの4番バッター。伊藤くん知らないの?あなたはもう、特待生として入学予定なのよ」
「え!?その話聞いてないですよ!」
「お母さんから、『まだ他から誘いがないから、優太を取って欲しい』って言われたの。知らなかったの?」
「いえ、全然・・・」
「東名の監督さんからは?」
「いえ、聞いてないです」
「青山監督からも、『小林監督は選手を大切にする監督さんだと聞いている。是非、伊藤を取って欲しい』って言われたんだけどなぁ・・・」
「監督、そんなこと言ったのですか?全く聞いてませんよ!」
何考えてんだよ母さんと監督。俺に行きたい高校を選ぶ権利はないのか。
「ところで伊藤くんは、ちゃんとウチに入るよね?」
「いえ、白紙にしたいんですけど。甲子園もプロもちゃんと行ける保証なんてないですし・・・」
「大丈夫。あなたを3年間しっかり育てて、甲子園にも連れて行くし、プロ入りもさせる」
「だからそれはどこから来ているんですか!?なんか、監督の話が胡散臭くなってきた!」
「胡散臭いって何よ!?」
「いえ、何でもないです・・・」
結局、俺は小林監督の熱意に負け、名古屋東に行くことになった。つーか、あんな美人が真顔で迫ってきたら、誰も断れねぇよ。
◇ ◇ ◇
そして帰り道、
「優太、さっき何話してたの?」
「今後のこと。俺、来年から名古屋東行くことになった。特待で取るってさ。学費も部費も免除」
「え?そうなの?よかったじゃん」
「まぁな。でもここまで囲まれてたとは・・・」
「っていうか、さっきのお姉さん、背高くてめっちゃ美人だったじゃん。優太ってそういうお姉さんがタイプなの?」
「いや、別にそんなんじゃ・・・」
「なーんだ、優太。私、ちょっと安心した。あんな人じゃ、私も全然太刀打ちできないしね」
「太刀打ちって何だよ」
「え?優太鈍すぎ・・・」
鈍すぎって何だよ。意味わからん。しかし、小林監督は結構俺のタイプだった。紗奈には悪いけど、年下か年上かと言ったら年上の方が好きだし、背も高い方が好みなんだよなぁ・・・そして、
「優太は私だけのものなんだから、浮気したらダメだぞ?」
紗奈は俺にそんなことを言ってそれぞれの家に戻っていったのだった。
◇ ◇ ◇
伊藤優太とその母、伊藤優子の会話のやりとり。
「つーか母さん、何で俺を名古屋東へ行かせるんだ」
「だって向こうの監督さんに、あんたを特待で取りたいって言われたの」
「だからって・・・つーか、俺にも何か言えよ」
「だって、学費も部費も免除するって言われたんだよ?第一、ウチはまともに私立へ行かせる金なんてありません」
「嘘つけ!姉ちゃん4人、みんな東京の大学に行かせられるくらいの金はあるだろ!」
「だってもう、4人分のお金を使ったからもうすっからかんに決まってるじゃん」
「姉ちゃんから金借りればいいじゃん。結構持ってるみたいだし」
「あんたねぇ・・・私以上にお金にうるさい人がすんなり弟の学費を出すと思うの?」
「自分の娘をお金にうるさい人って・・・」
余談ではあるが、優太の姉4人はそれぞれ、女優(長女・優)・声優(次女・優奈)・歌手(三女・優里)・アイドル(四女・優歌)という芸能一家である。4人ともその分野で第一線を引っ張り、メディア出演も多い。ただ、優歌以外は本名ではなく芸名で活動しており、4人が揃って姉妹だということは公には公表していない。




