空席
夏季合宿も終え、期末テストを終え、いよいよ夏休み!
「はっ?塾って?やだ、僕行かないよ!そんなとこ」
ー期末テスト頑張るんじゃなかった!それに···
『まさか、ここまで成績が上がるだなんて···』と担任と副担任が、揃って期末テストの評価や成績表を見て、喜ぶ。
「だめよぉ。もぉ、お金振り込んじゃったし。いまさら、辞めても返金されないのよぉ···」
「······。」
「せっかく、ここまで成績が上がったんだ。やるだけやっても、悪くないだろ?」
「······。」
見山市内の中では、超有名な明石山塾は、大学で例えるなら東大並みに頭がいい生徒が多い。
ーでも、そんなところへなんで?
「でも、良かったわぁ。緒方さんが、クチを聞いてくれて···」
っ!!
ーアイツの策略か···。行きたくないな···
「······わかったから···」
次の日、僕は母さんと渋々塾長との面談に行き、厚くて重そうな参考書を持ち帰ってきた。
塾のスケジュールを見てゲンナリする。
「学校にいるよりも長いじゃん。殺す気か?」
塾の開始時間は、午前9時。そこから、1時間ずつ授業があったり、トイレ休憩、お昼休憩。午後の授業は、午後の1時〜夕方の17時。で、休憩挟んで夜の21時までミッチリある。
「まー、毎日って訳じゃないからいいけど···」
ーまた、母さんにお弁当作ってもらわなきゃ。夕飯は、マックで抑えよう。
夕飯の後、その参考書や問題集を見ても、一般的よりも多少低い僕の頭では、理解が出来なかった。
「······。」
「へぇ、来たんだ。奴隷···」
ーあんたが、仕組んだんだろーが!
言いたいのを我慢して、空いてる席に着くと、
「私も今日は、ここにしよっ!ねっ!」緒方までついてくる。
なんとなく、周りの目が···
「そーだっ!」と手を一度叩いて、緒方が立ち上がって、僕を教壇に立たせた。
「今日から、この石坂がみんなのストレスの捌け口になってくれるからね!そうだよね?ど·れ·い!なんだから···」
なんとなく、席につくみんなの顔が···
「じゃ、楽だな」
「俺ら、ストレスたまってるし」
「なんでもしてくれるの?!」
「······。」
「ただし!えっちな事や犯罪は、だめですよぉ!!」
「わかってまぁーす!」
クスクスといった笑い声が至るところから聞こえ、先生が教室に入ってきて、急に静かになった。
授業初日の今日は、学力テストだった。幸いにも、学校で習った所がかなり出たから、なんとか全てを埋める事ができたけど···
ーこれが、週何日も続くとなると···
「俺、死ぬな···」
ツンツン···ふいに背中に何かを当てられて、振り向くと後ろの席の奴で···
「お前、死ぬの?」笑いながら言ってきた。
「······。」
「お前、さっきそう言ってただろ?」
ーものすごい地獄耳の奴で···
「死ぬんだったらさ、俺にも見せてくんね?」
「······。」
ーものすごく危ない奴だった。
休憩時間は、10分であったが、学校と同じようにいじめを受けた。
しかも、教室に先生がいても、奴らは僕に教科書で頭を叩いてきたり、スリッパで顔面を叩いてきたりした。
それを見ても、先生は何も言わず、無視をしていた。
ー狂ってる···。どいつもこいつも···
それでも、僕は父さんや母さんに心配を掛けたくないから(小学校時代も)何も言わなかった。
塾に通って、1週間がたったある日···
窓側の一番前の席が、ずっと空席であることに気が付いた。
「あー、あれ?貧乏神の席」と後ろの席でニヤついてる中田がそう言った。
「······。」
「俺達が、ちょーっと遊んでやったら、次の日からパッタリ来なくなった」
ー遊ぶって、いじめか?
「ほら、可愛いだろ?」中田が、そう言って僕に見せてくれたスマホの画像は···
「なっ!!これっ···」
顔に青アザをつくり、男のモノを口に咬わえてる姿や裸で無理矢理犯されてる姿、ロープで縛られながら···
思わず目を背けたくなる写真だった。
「今頃、恵理子どうしてんだろーねー」とまたニヤニヤし始めた。
「こいつ、俺らん学校でもズバ抜けて成績良かったし、可愛かったし、人気だったんだぜ?」
「······。」
ーだったら、どうしてそんなことを?
「狂ってる···」
「だろーな···。さぁって!週末の試験で、いい成績とらんとな」
中田は、そう言いながらポケットから何かを取り出した。
「な、それって···」
「これか?」
フゥッ···
中田は、白い煙を俺に向かって吐き出した。
ゲホッ···
「くせぇ···」煙草のようで、父さんが吸ってる煙草よりも、臭かった。
「IQOS、だ」
「未成年の癖に···」
「ま、薬ヤルよりはいいだろ?」
次々と生徒が、教室に入ってきたから、中田は、「じゃーな。奴隷」と手をあげて席に戻った。
ー狂いすぎてる···
授業が始まり、少ししてから、ガラッとドアが開いて、静かにその女の子は入ってきた。
「······。」
ーでも、どこかで?
「恵理子、10分遅刻だ」先生が、顔を向けずに黒板にまた文字を書き始める。
ーあの子が···
数学の授業が終わると、数人の男子がその子を取り囲んで、何か小さく言っては笑ってた。
···のを次の授業の準備をしながら、チラッと眺めた。
「奴隷?あんた恵理子とヤリたいの?ジッと見てて···」
緒方が、耳元で言ってきたが、別段興味はなかったし、そんな犯罪を犯してまで童貞を捨てたくはなかった。
「恵理子んち、親の会社が倒産したんだよね?中田、あんた付き合ってたんなら、そこらへん教えてやったら?」
っ!?
「······。」
ーだったら、どうして!!
僕は、それだけで頭がおかしくなりそうだった。
昼は、母さんが作ってくれたお弁当をひとりで食べていた。
「どーれいっ!これ、あげる。飲んで」と緒方さんともうひとりの誰だか知らない女の子が、ニヤニヤ笑っていちご牛乳を僕の席に置いた。
ー賞味期限は、明日か。冷たいし···
一言礼だけ言って、受け取った。
「飲んで?言ったよね?飲んでって!」
「······。」
「大丈夫だって。そこの自販機で買ったんだし···」
確かにその女の子も、同じパッケージの飲んでるけど···
「ぼく、甘いの苦手なんだよ」
「残念。じゃ、なになら好き?」
「お茶とか···」
緒方さんらは、しつこく言ってたけど、本当に甘いのが苦手なんだ。飲み物は···
空になったお弁当箱を包んで、鞄の底に押し込むと僕は本の世界に入り込む。
ジャバッ···と上から水とか掛けられようが、ゴンッ···と辞書の角で叩かれようが、ひたすら耐える。
「恵理子!」中田くんが、ぼくが貰ったいちご牛乳を奪って、渡しに行った。
中田くんは、こっちを見ながら笑いながら何かを言って、恵理子という女の子は軽く頭を下げて、それを飲んでいった。
「······。」
ー気のせいだったのか?
いちご牛乳を飲みきった恵理子ちゃんは、普通に僕の隣を歩いて、パッケージをゴミ箱に捨てていった。
「······。」
午後の授業は、だるかった。言っている内容すら理解出来ず、とりあえず浸すら書き写すだけで精一杯で、なんとか全てが終わった。
「あっ、奴隷。お前、ライン教えろ」と僕がスマホを慌ててしまおうとしたら、奪われ···
「消すなよ?今夜、素晴らしい画像送ってやっからな」いつものようにニヤニヤとした笑いをし、中田くんは恵理子ちゃんの席に向かっていった。
「なんだろう?」なんとなくこの教室にいる生徒は、不思議な感じがする。僕をいじめてる割には、普通に話しかけてきたり、途中まで帰ったりする。
ー断ったら後が怖いし···
「どうかした?疲れた?」帰宅後、軽くご飯を食べている手が止まり、母さんに声を掛けられた。
「うん?別に、なんでもないよ···」すれ違いざまに、恵理子ちゃんと目が合った。ただ、それだけなんだけど···
ーなんか、おかしな感じだ···
風呂に入ってる時に、玄関の方で音がしたから父さんが帰ってきたらしい。
「ふぅっ。熱かった。父さん、おかえり」
「うん···。亘?どうだ?塾の方は···」
珍しい事に父さんの方から、話を振ってきた。
「別に···。最近は、少し理解出来るようになったけど···。おやすみ」
「あぁ···」
部屋に入るとつけていたエアコンの風で、瞬座にして汗がひいてくる。ほてりすぎた身体をベッドに投げ込みながら、枕元に置いてあるスマホを確認した。
ーうん···。
ーしたんだ···よ···。
「嘘だ···ろ?」
最初、中田から届いたラインは、見たくもないえっちな動画だった。画面に映っているのは、裸の恵理子ちゃん···
変な声をあげながら、ふたりの男にもみくちゃにされていた。
「······。」消すつもりで、指を動かしたら、次の動画が届いた···
「おい···どうした?おいっ···」
恵理子ちゃんは、裸のままフラフラと誰かが用意した踏み台に乗って、こっちを見ていた。
ー誰が撮ってる?中田?
『どうした?お前、死にてーんだろ?鞄の中に、こーんなもん隠してて···』
『あーっはっはっ···』男は、全員変なマスクを被っていたから、誰が誰なのかわからない。
恵理子は、少し笑った顔でこっちを見ていて、何かをつぶやいた。
「おいっ!やめろ!おいっ!おいーーーーーーっ!!!!!」
ガタンと音がして、踏み台が倒れたとこで動画が終わった。
ガチャッ···
「いったい、どうしたの?」
「亘!!お前···」
僕は、怖くて怖くて、身体が震えた。
ピコーンッ···
「な、なんでもないから···。夢なんだ···きっと···」
無理矢理、父さんや母さんを部屋から追い出し、スマホを手に取る。
見たくなかった···。
こんなの···。
中田から送られた動画がには···
ロープからブラ下がった恵理子の変わり果てた姿が···
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
腹の底から声を絞り出し、部屋中にあるものを次々と倒していった···
「嘘だ···嘘だ···嘘だーーーーーっ!!!」
「亘?亘?亘ーーーーっ!!」
気付いた時は、僕は真っ白な天井をただただ見つめていた···。
「おそらく精神的なものでしょう···」
ー違う!そうじゃない!
「······う。友達が···死んだんだ···」
1週間、僕は病院に入院した。無理言って、個室にしてもらった。
学校の連中も塾の連中も見舞いには来なかったし、来ても会うつもりはなかった。
「亘?どう?身体は···」
「別に···。母さん?父さんは?」
「仕事よ···。そうでもしないとね···」
確かめたい事があったのに···
『誰がやったの?父さん?母さん?どっち?』
中田から届いた動画が···全て消されていた。
「仕事か···。僕、プリンが食べたい···」
一人になりたかった。泣きたかった···
誰なんだ?
誰があんな仕打ちを?!
中田か?他の奴か?
考えれば考える程、頭がおかしくなる。
ちょうど、僕が退院した日の日曜日は、アイニク朝からシトシトと小雨が降っていた。
この日、しめやかに“武藤恵理子”の葬儀が、行われた。
塾の教室も暫くは、花が置かれていたが、いつの間にかなくなっていった。
いじめは、「いじめられる側」に原因があるとも言われますが、「いじめる側」に原因があると自分は思います。
いじめを受けて、人が怖くなる時もあれば、外に出るのも怖くなったりします。
心に傷を追負い、人間不信になる人もいれば、命をたとうとする人もいます。
いじめ···辛いですよ。とても