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 そうして運動会当日がやってきた。朝から快晴のその陽気に、ミリアも飛び跳ねて喜んだ。「じゃあ、ミリアがおうち出たらすうぐ、絶対来てね。お弁当忘れないでね。ミリアの分と、それからリョウの分も。一緒にお外で食べんだかんね。」

 「わかってる。」もうその言葉を昨日から何度聞かされたかわからぬのである。

 「じゃあ、リョウはリレー走んだから、疲れないようにゆううっくり、来てね! そううっとよ! リレーする時疲れてちゃあ、ダメだから。じゃあ、ミリア、先に行ってるね。絶対来てね!」

 朝から騒がしいことこの上ない。この日のために新調した真っ白な体操着に、赤白帽を被り、ミリアは何度も「絶対来てね。忘れちゃだめだかんね。」と言いながら登校して行った。

 リョウは熟考の末決定したいなりずしを作り始める。昔バイト先で貰った重箱にそれを詰めると、ミリアの喜ぶ顔が浮かんでくるようにさえ思われた。それからゆで卵に、厚焼き玉子も忘れてはならぬのである。卵ばかりな気もするが、ミリアが喜べば何でもいい。そしてデザートのリンゴはうさぎの形に切ってやることも忘れない。それらが完成した時、リョウは最早デスメタルバンドの集客が0になっても、これで生きて行けるのではないかとさえ思われた。

 リョウはそれらをビニールバッグに詰めると、いざ学校へと向かった。


 あちこちから歓声が上がるグラウンドには、既に多数の保護者がレジャーシートを敷き大層賑わっていた。リョウも知らず笑顔となり、校門を入って行く。

 「リョウ! リョウ!」

 運動場に設置された入場門でぴょんぴょん飛び跳ね、そして一目散に駆け込んでくるのは見紛うまでもない。ミリアである。

 「リョウ! お弁当作ってきたの? こんないっぱい?」

 「ああ。」

 「あのね、そしたらこっち! こっち!」ミリアはリョウの手を引っ張っていく。

 「どこ行くんだよ。」

 「あのね、美桜ちゃんのママの隣!」

 人ごみの中をミリアに引っ張られ進むと、美桜と美桜の母親が手を振って立ち上がった。

 「ミリアちゃんのお兄ちゃん、こんにちは!」

 「ああ、こんにちは。……相原さん、いつも世話んなってます。」リョウは二人に笑顔で軽く頭を下げた。

 「こんにちは。さあ、こちらへおかけ下さい。一緒にここで見ましょう。」そう言って美桜の母親は自分たちの用意した大きなレジャーシートを示した。「そうだ、黒崎さん今日、保護者リレーに出られるんですって?」

 「そうなんですよ。まあ、百メートルぐらいだっていうし、ミリアも学校には散々世話になってますから。」

 「頼もしいですわ。」

 「ミリアちゃんのお兄ちゃん出るからって、ヨウコちゃんのお父さん、あっちで他のクラスのお父さんたちに自慢してたわ。」

 なぜそこまで頼りにされているのかと美桜が指差した本部席の方を見遣ると、一人の太った壮年が笑顔で手を振りながらこちらに走ってくるのが見えた。頬の肉と共に、腹の肉がここぞとばかりに上下に激しく揺れている。まさか、この人が保護者リレーで優勝したいと言った、畑岡なのか。想像とは乖離したその姿に、リョウは目を丸くした。

 「黒崎さーん!」

 喧噪の中から響き渡るその言葉に、リョウは確信を抱いてその人を凝視する。

 「いやいやいや、初めまして。畑岡の父でございます。」目の前に来た畑岡はたかが数十メートルの今の走りだけで、既に息を切らし額には汗を浮かべている。「今日はぜひとも! よろしくお願いしますね! 優勝ですよ!」

 そう言って、リョウの手を両手で握りしめ、激しく上下に揺さぶった。

 リョウは唖然としたまま目を瞬かせた。

 「ああ、たしかにお若い。瑤子の言った通りですよ。いやあ、失礼ですが、おいくつ何ですか。」

 「あ……。」リョウは口ごもりながら、「……二十五です。」

 「何と!」畑岡は顔を赤くしながら頓狂な声を上げる。「それはそれは本当にお若い! ということは、お子さんは十代の時にお生まれになったんですか。いやあ、お羨ましいですな!」

 「あ、あの……。」リョウは次第に現実に戻されていく。「済みません。実は私ミリアの父、ではなく、兄なんです。うちは両親不在で、ちょっと色々と事情がありまして……。」

 畑岡は目を真ん丸にして、暫く硬直しているかに見えた。

 「あ、あ、あ、……それはそれは。何も知らなかったとはいえ、大変失礼なことを申し上げました。」畑岡は深々と、まるで前屈でもするように頭を下げる。

 「いえ、その、……全く気にしてはいないんですが、まあ、父親としては若い方になりますよねえ。」リョウは口の端に苦笑を浮かべながら言った。

 「でも!」畑岡は一気に上体を起こし、ほとんど睨むようにしてリョウに一歩近寄った。「さすがに隣の二組さんには二十五歳のお父様はいますまい。これでうちが一歩リードできますな。」ぶつぶつと言いながら、二重になった顎の肉を弄んでいる。「ああ、こうしている場合ではない。さあさ、黒崎さん、あちらで練習を始めますので。来てください。」

 「はあ? 練習?」

 「リョウ、今来たばっかしなのよう!」

 「ミリアちゃん、本当に申し訳ない。でもこれは、我がクラスのため。保護者リレー優勝のため。リレーはバトンタッチが最重要課題。これを練習せずに本番は迎えられません。今から私が調査した最強のバトンタッチ方法を伝授し、練習しますので! さあさ、黒崎さんお弁当はとりあえずそこに置いて、早く! こっちです!」

 畑岡はリョウの手を取ると、引っ張って駆け出した。

「うわ!」リョウは思わず言われた通りに弁当箱を足元に置くと、なぜだか中年男に手を引かれる形で校舎裏の方へと連行されていった。後ろからはミリアの「リョウー!」という叫びが何度か聞こえたような、気がする。

一体何なのだ。どうしてそこまで保護者リレーにこだわるのだ。そもそもまだ開会式も済んでいないのに、どうして校舎裏で親父どもとバトンタッチの練習なんぞをしなければならないのか。リョウはぶちまけたくなる不満を堪えるので必死であった。

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