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言霊

「オズル、読み書きは出来るか?」

「えっと……読むことはできて、書くことも少しだけなら……」

「ならこれをやろう」

 その日の午前中に、フロウはオズルにあるものを渡しました。

「これは……?」

「見ての通り、ただの紙とペンでしかないだろ?」

「そうですけど……」

 フロウの言う通り、それは見た感じだとただの紙とペンでしかありませんでした。

(——ただし、使うのが人間であればだが)

 フロウは心の中で付け足します。

(もしこれを魔法使いの素質がある者が使うと……)


 ——フロウは今朝のことが気にかかって仕方がないのでした。

(オズルは人間だ。それは間違いないはずなんだ。ならば何故オズルは精霊が見えた?精霊と話せた?)

 どうみても、フロウにはオズルと精霊が話しているようにしか見えなかったのです。でも勘違いしているだけという可能性もあります。

(もし本当の意味であの紙とペンを「使いこなせる」なら……)


 その頃、オズルは部屋で考え込んでいました。

「うーん、なんて書こうかなぁ。フィリー、なんて書いたらいいと思う?」

「にゃーお」

 オズルはペンを手に持ち、困ったように紙を見つめています。

「あ、そうだ!僕とフィリーの名前を書いてみよう。それなら外にプレートがある」

 オズルはそう言ってにっこりと笑いました。

 そして、扉にかかったプレートを取ってきて、それを見ながら、

「ねえフィリー、僕、初めて自分の名前を書くんだよ?なんかどきどきするね」

 そして自分の名を書きました。

「オズル・アイーネ」と。


『オズルくんか。素敵な名前だね、君』

 不意に可愛らしい声が響きました。

 その時、オズルは目の前に、一つの小さな銀色の光を見ていました。——いいえ、それはただの光ではありません。

 その光は、精霊でした。

 その声は精霊の声だったのです。

「ありがとう。君の名前は?」

 オズルは朝、青い光の精霊と話したことを思い出し、尋ねます。

『名前なんてないさ。僕は"言葉の精霊"だよ』

「言葉の、精霊さん?」

『そう。言葉を使ってかける魔法のお手伝いをするのさ』

「言葉を使ってかける魔法って?」

『いろいろ。色んな呪文を唱えるお手伝いもするし……オズル、だったっけ。"言霊"って知ってる?』

「なあに、それ?知らない」

 オズルが訊くと、不意にペンが勝手に動き、紙に"言霊"と書きました。

『こう書くんだよ。言葉にはそれ自体に不思議な力があるって言われていてね、その不思議な力のことを"言霊"って言うんだ。

 でね、その"言霊"——不思議な力ってね、実は僕たちの力なんだ。誰かが言葉を話すたび、近くにいる言葉の精霊が集まってくるんだ。

 相手を幸せにするための言葉を話す人には善い精霊が集まってくるし、相手を馬鹿にしたりするための言葉を話す人には悪い精霊が集まってくる』

 オズルは朝、フロウに聞いた善い精霊と悪い精霊の話を思い出し、納得しました。

『人間って簡単に人を傷つける言葉を言うけど、その軽い気持ちで放った言葉でさえ、精霊は引きつけられてその言葉に力を与えてしまう。そしてその結果、自分が思ったよりも相手は傷ついてしまうし、ずっとその言葉に——"言霊"に縛り付けられてしまうんだ。魔法使いとかだったら言霊を避ける方法を知っていたりするけど、人間は知らない。自然に避けられる人間も中にはいるのも分かってるけど、避けられない人間がほとんどだ。だから……』


 オズルは真剣に言葉の精霊の話を聞いていました。

 昔のことを思い出しながら。

 両親に罵倒された時、まるでその言葉に斬りつけられたり、叩かれたり、殴られたりしたような気持ちになったこと、そしてその時、銀色のナイフや銀色の手が見えていたことを、思い出しながら。

(ああ、あれが"言霊"だったんだ。悪い言葉の精霊さん……だったんだ)


『だから、お願い。オズル、君は……誰かを傷つけるような言葉を言わないで。時には間違ってそんな言葉を言ってしまうこともあるかもしれない。だけど、誰かを傷つけてしまったと知ったら、出来るだけその傷が早く癒えるように、なるべく早く、謝ってあげて。そうすれば傷あとは小さくて済むのだから。

 そして、常日頃から、そんな言葉ばかりを言うような、そんな人にはならないで。——そう。君のご両親のような、人にはね』

 オズルは驚いて目を見開きます。

「……どうして、それを」

『僕は精霊だよ?そのぐらい君を一目見た時に分かったよ。——まあ、勝手に君の過去を見てしまったのは良くないよね。ごめん』

「ううん、いいよ。

 分かった。僕、頑張るよ」

『ありがとう』

 オズルは笑いました。言葉の精霊も笑いました。


「ねえ、僕たち友達になれるかな」

 オズルが問いかけると、

『うん、なれるよ。君と僕が望みさえすれば』

 言葉の精霊は、そう言いました。

『さっきは名前はないって言ったけど、あれ、嘘なんだ。僕の名前は『シューゲル・ヒース』って言うんだ。ヒースって呼んで』

「そうだったんだね。よろしく、ヒース」

『精霊の名前は大切な人にしか教えない決まりだからね。僕の名を呼んでくれれば、いつでも会いに行くよ。何か用があるときでも、特に用もなくただ話したいときでも。これからよろしく、オズル』


 こうして、オズルとヒースは友達になったのです。

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