ユリアの憂鬱
所変わって、ここは、キンダーヘイル。
ユリアが店番をしています。
「……今日はお客さんが来ないわね」
ユリアはぼそりと呟きました。
「お茶でもしようかしら」
ユリアがそう言って席を立った時でした。
その人物が現れたのは。
「よう、ユリア。久しぶりだな」
ユリアは突然現れた元夫に驚き、憎しみを込めた目で見つめました。
「そんなおっかない顔すんなって」
おどけたように言う元夫に、ユリアは低い声で尋ねます。
「……あの子は、元気なの?」
「あの子?……ああ、あいつか」
ユリアが"あの子"と呼び、元夫が"あいつ"と呼んだ人物は、二人の間に生まれた一人息子でした。
そう。ユリアが引き取りたかったのに無理やり夫——元夫に連れていかれてしまい、ユリアが守りの呪いをかけたのに、あの事件——森で隣村の人に襲撃された事件です——のせいでその呪いが解けてしまったという、あの一人息子です。
「あいつはな……家から追い出したぞ」
「——!」
「どうして!どうしてそんなことをするの!」
「だって、いたとしても邪魔なだけだったしな」
ユリアはなんてことないようにそんなことを言う元夫が、どうしても許せません。
「ならあなたが引き取らなければよかっただけよ!」
「お前があいつの様子を魔法なりなんなりで知って、でもどうしようも出来なくて苦しんでるのを見たかったんだよ」
元夫はいやらしく笑います。
「家に結界まで張ってもらってさ、いやらしいことするわね、昔から。あの子を産んだ時は私、あなたのことを信頼してたのに。なのに蓋を開けてみれば根が腐りきった嫌な男じゃない」
「そうだ。それか何か?」
「そのくせして街に出ると善人ぶってさ。あんたみたいなやつが一番最後には嫌われるやつなのよ」
「まあ、落ち着けよ。ある意味俺はお前にチャンスを与えに来たんだぜ?」
元夫の言葉に、ユリアはかちんとしました。
「……どういう意味よ?」
「今まで結界の中にいたあいつには、お前は何にもできなかっただろ?でも、今俺は追い出したって言ったんだ。つまり、今あいつは結界の外にいるんだ。お前が魔法で呼び寄せようが何しようが自由だぞ?」
面白がるような口調で話す元夫に、ユリアは怒りを抑えきれません。
「どうしてここに連れて来なかったのよ?」
「お前もあいつも絶望させたかったんだよ」
元夫はおかしくてたまらないというように笑います。
「ま、これで帰るさ。ああ、これだけ買っていこう。ランプが壊れててね」
ランプを買って帰ろうとする元夫を、ユリアは突っぱねます。
「あなたにランプは売らないわ。早く帰って!」
「ほーう。じゃあ噂を流してやろうか?俺にランプを売らなかったって。意地悪な女店主だって噂をな」
意地の悪い笑いを見せられると、ユリアはもう何も出来ません。
「いいわよ、売るわ。千ルーよ」
「……高いな」
「物価が上がってるのよ。仕方ないでしょう?」
ランプが千ルーなのも、物価が上がっているのも、嘘でした。
ランプは本当は五百ルーです。しかし、元夫に正規の値段でランプを売る気にはなれなかったのです。
「ほいよ、千ルーだ」
しかし元夫はそんなことを知る由もありません。千ルーを払ってさっさと行こうとしました。しかし、
「あ、言い忘れてた」
不意に元夫は振り返ります。
「あいつを追い出したのは、二年前だ」
「えっ!何を言っているの?ねえ!」
ユリアは元夫にもう少しちゃんとした話を聞こうとしましたが、元夫は手をひらひらと振り、聞こえないふりをして行ってしまいました。
「……酷いわ。あの子は……今頃何をしているのかしら。ちゃんと、生きているのかしら。あの子は私の大切な、一人息子なのに……!」




