六芒星の傷
その頃、フロウは左腕を押さえてうずくまっていました。
(どうしよう。このままではあたしの正体がばれてしまう)
慌ててフロウは心の中でウィルを呼び、オズルに伝言を頼みましたが……これでは正体がばれるのは時間の問題です。
「……ごめんなさい、皆さん。少し、家で休みますね。家に行けば、手当ぐらい出来そうですから」
フロウはまだなんとか"アンネ"の声であるうちにそう村人に告げ、俯きながら左腕を押さえて、家に入りました。
手で傷口を押さえていても、血は止まりません。いえ、それ以上に……魔力がどんどん抜け落ちていくのを感じていました。
(ああ……あたしは、魔女ではなくなってしまう)
身近な魔女であるユリアは、都合の悪いことに、外出中でした。もう一人の身近な魔法使いであるオズルは、森の家に置いてきています。何故なら今日は平日。もともと住んでいる村の学校があるという理由を作るためでした。
それに、そもそもフロウは二人の魔力を分けてもらおうなどとは思っていませんでした。
(ユリアはもともと魔力が強くない。無限の可能性のあるオズルから魔力を奪いたくない。そして何より……あれは、下手したら相手が魔法使いではなくなってしまう可能性のある魔法だ)
たとえ魔力が戻ると知っていても、分けてもらう側は心が痛むのです。そして、魔力を分け与えるためのその魔法の、危険性の高さを恐れているのでした。
なのでフロウがオズルに使いをやったのは……自分に姿と声を変える魔法をかけてもらうためでした。そうすれば再び、フロウは外に出られるのですから。
その日フロウは、ヘーメルオーストにいました。
「これ、くしゃみの薬です。もしよかったら……」
「ありがとう、アンネ。本当に助かるわ」
いつも通りに二人は会話を交わしていました。
「今日のおすすめはある?」
「今日のおすすめは——」
その時でした。
見知らぬ男がヘーメルオーストの中に駆け込んできたのは。
ナルは男が慌てて入ってきたように見えたのか、カウンターから出てきました。
しかし、フロウはその男の手に、ナイフを見ました。
(——危ない!)
咄嗟に男の腕をつかみ、普段は使わないような魔法を使いました。相手の体力を吸い取る魔法を。
フロウはその魔法をかけ終わった後、手を離しました。これだけ体力を抜けば、相手は何もできないだろうと油断して。
「……この野郎!邪魔しやがって!」
男はフロウにナイフを向け、切りかかりました。
フロウな咄嗟に避けましたが……ナイフは無情にも、フロウの左腕にある六芒星を切ったのです。
「!」
フロウは感じました。
魔力がどんどん抜け出していくのを。
もう、魔女ではいられないことを。
男は体力を使い果たしたのか、その場でへたり込み、トーヤに捕まえられました。その男は「くそ……ここを潰せばうちの売り上げも……」と呟いていましたが、体力がないので何も出来ませんでした。
事情を聞くと男は隣村の薬草屋で、頑張って薬草を売っているのにヘーメルオーストに客が流れたために売り上げが落ち、それを恨んだ男はヘーメルオーストを潰そうと考えてきたらしいのです。
村の中では、その男を捕らえられたのはアンネのおかげだ、と皆に感謝されました。しかし、フロウはナルを助けようとして、魔力を失うことになってしまったのです。
フロウは家に一つだけある、窓が一つもない部屋に閉じこもりました。自分のスカートの裾を切って、なんとか腕を止血しています。
しかし、どちらかというと、体の傷よりも、心の傷の方が大きかったようです。
(……あたしはもう、魔女じゃない)
そう思いながら、フロウはその部屋で眠りに落ちていました。




