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オズルとフロウの魔法使い日記  作者: 秋本そら
前進して、振り返って
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勿忘草の贈り物

「その日、村の人たちがフロウの家に火を放とうと出かけた後のことだった」

 フロウの回想がナルの話に追いつきました。

「その時だったの。突然、フロウが私の目の前に現れたのは」


 裏口から出た後、フロウはヘーメルオーストの中に瞬間移動をしたのです。

「ナル!」

「どうしたの、フロウ⁈」

 その場にいたフロウは別に怪我をしていたとかいうことはなかったのですが、あまりにもフロウが切羽詰った様子でやってきたので、ナルは驚きました。

「大丈夫だったの?」

「あたしは大丈夫。ナルは?」

「私も平気よ。でもフロウ、みんなが、家を焼きに行ってて——」

「知ってる。友達が教えてくれた」

 早口で喋りすぎたフロウは息を切らします。二、三回深呼吸をして、再び話し始めます。

「時間がないから手短に済ませるわね。これ、今流行っている病気に効く薬だから、村のみんなに渡してあげて。ただし、あたしの薬だってことは言わないで。実家のお母さんに送ってもらったとか、そんな風に誤魔化してちょうだい」

「分かったわ。最後までありがとう」

 ナルが微笑むと、フロウは少しだけ目が笑ったように見えました。しかし、すぐに真顔に戻ると言葉を続けます。

「本当に最後だからね。あたしは、もう二度とこの村に戻るつもりはない」

「そうなの……?少し、寂しいわね」

 そう言って寂しげにするナルに、フロウは——。


「少し寂しいわねって言ったら、フロウは突然、勿忘草を出したの。勿論、魔法でよ。そして、言ったの。

『あたしのこと、忘れないでね。最後まであたしのことを信じてくれて、ありがとう。あたしもナルのことを忘れないように、勿忘草の種を買っていくわ』って。そして、その言葉の通り、勿忘草の種を買っていったわ」

 そう。フロウはナルに、勿忘草を贈っていたのです。先程、ナルが勿忘草を取り出した時に驚いたのは、未だに勿忘草を飾ってくれていることを知ったからでした。

「不思議よね。あれからはもう何年も経ったけれど……枯れずに、ずっとぴんぴんしてるのよ。魔法のかかった花だったのかしら」

 フロウはナルに「そうよ。いつまでも枯れないように魔法をかけたのよ」と言いたくなりました。言いたくなって、すんでのところで抑えました。


 実のことを言うと、フロウ自身、何故ナルに勿忘草を贈ったのか、分かっていませんでした。あの時は。

(あたしはナルを信じていなかった。なのに、『あたしのことを覚えていて』なんて、『あたしもナルのことを忘れないように』なんて、なんで言ったんだろうねえ。しかも、ずっと忘れないでいてもらえるように、枯れない勿忘草を贈ったりして)

 でも、今ならわかる気がします。

(あたしは信じたかったんだ。ナルのことを。信じたくて、でもあんなことがあったから、信じてはいけないと言い聞かせて、信じようとしなかった。理性では。でも……あたしの心はきっと、信じたがってたんだ。その結果が……あの勿忘草だ)


「フロウは目の前に魔法陣を描いて一言、『さよなら』とだけ言って、消えてしまったの。

 ——その後村人に聞いたけど、結局家は焼かなかったらしいの。というのも、家に張り紙がされていたんですって。『この家の主人はもうこの家を去りました。もう二度と皆様の前に現れることはないでしょう。さようなら。フロウ・アイーネ』と。それを見て、窓から家の中が空なのを見て、焼く必要は無いということで、話がまとまったのね。

 それから、あの薬。薬は実家の母に送ってもらったという口実で、村の人たちに渡したわ。村の人たちは喜んで薬を飲んだわ。フロウのおかげで、すぐに村の人たちの病気は治ったのよ。たくさん感謝の言葉をもらったけれど……それはもともと、フロウが受け取るべき言葉だと思うと、少し心苦しかったわ……」

 ナルはひとしずく涙を落とすと、にっこりと笑って言いました。

「これで私が知る限りの彼女の話は終わりよ。お役に立てたかしら?」

 フロウは笑顔でうなづきます。

「ええ、とても。ありがとうございます、ナルさん」

 フロウは礼を言い、店を去ったのでした。


 フロウの胸の内には、複雑な気持ちが残りました。

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