信じ続ける人
その頃、フロウは。
「あの、ナルさん」
「なあに?」
ヘーメルオーストにいました。
フロウは薬草を買い、手作りの薬を「私の村に昔から伝わる薬を作りましたので、体調の悪そうな方にお渡ししてあげてください」と言ってナルに渡しました。ここまではいつも通りなのですが、その後、こう話を切り出したのです。
「あの、ナルさん」
「なあに?」
「この村に来てからよく、"フロウ・アイーネ"という名前を聞くようになったんです。彼女は一体……何者なんですか?どんな人なんですか?」
自分のことをナルに訊こうと思った理由は、オズルの言葉でした。
『少しずつ、自分の過去と向き合えるようになりたいんだ』
前回村に来た時、辛い記憶を持っているはずのオズルが、恐れながらも決意をし、言った言葉でした。
そのオズルの姿を見て、自分も過去に向き合ってみようと思ったのです。
ナルは動きを止め、一言。
「フロウは、とてもいい魔女よ」
とても優しい、笑顔でした。
フロウは少し意外に思いました。
ナルは、最後までフロウを良い魔女だと言ってくれた数少ない人でしたが、フロウが村を去る頃には、もう心はひねくれ始めていました。
(良い魔女だと思ってる、とか言って、本当は心の中では他の奴らと同じように、悪い魔女だと思ってるんだろ)
そう思って、ナルの言葉も信じませんでした。
もっとも、そんなことは一言も言いませんでしたが。
花瓶に挿してある花を一輪取り出しました。
その花を見たフロウは、はっとしました。
それは、勿忘草でした。
「本当に素敵な人だった。たまに私たちにいたずらをしたこともあったけど、貴方みたいに薬を作って村の人に配ったり、困りごとを魔法で解決してくれたり。私も魔法が使えたらいいのにって、何度も思ったわ」
昔のことを懐かしそうに話すナルの目は、嘘をついているようには見えません。
フロウは戸惑いの表情を浮かべました。
それは本当に戸惑ったからであり、戸惑いの演技が必要だったからでもありました。
「村の人たちは、フロウさんのことを悪く言っているような気がするのですが……」
フロウがそう言うと、ナルは唇を噛みました。
「……あのね、アンネ。昔はね、みんなフロウのことが大好きだったのよ。だけど、とある自然現象の所為で、フロウは誤解された。勝手に、皆が悪い魔女呼ばわりをするようになったのよ」
「アンネなら知っている?病気の原因は小さな生き物であることを」
「ええ、知っています」
フロウは何故そんな問いを、というような表情をしてみせました。
「村の外に出ると、このことが一般常識であることが多いわ。だけど、この村の人たちはそのことを知らない人がほとんどよ。私は昔、別の村に住んでいたから知っていたの。だから、フロウのせいじゃないって、分かっていた」
「それって……まさか」
フロウがそう言うと、ナルはうなづきました。
「病気になりやすい季節の変わり目に、病気が流行ったの。悪化すると死に至ってしまうような、酷い病気が。そして、それをフロウのせいにされてしまったの」
フロウは何も悪くないのに——。
ナルはそう呟きました。
「少なくとも私たちフィリアンカ家やアル、そしてサリアとユリアはフロウのことを信じていた。私とユリアは小さな生き物の存在を知っていたから信じていた。アルやサリアは知らなかったけど、フロウを信じ続けていた。でも、ほとんどの人がフロウを疑った。そしてある日、彼女の家を焼いてしまおう、と誰かが言い出した。私たちは反対したわ。私とユリアはずっと言い続けたの。病気の原因は小さな生き物だって。でも、誰も信じてくれなかった。私には何も、出来なかった……」
ナルの言葉を聞きながら、フロウはその日のことを思い出しました。
村人たちは、自分の言葉が言葉の精霊を操っていることに気付かずに、陰口をたたき続けていました。いくら影で話していても、銀色のナイフがフロウに襲い掛かっていることも知らずに。
フロウは操られた言葉の精霊を正気に戻す方法ぐらい、知っていました。しかし、村中で悪口が囁かれているものですから、言葉の精霊もたくさんやってきます。正気に戻しきれなかった言葉の精霊に傷つけられていきます。
その時でした。
『ねえフロウ、大変だよ!』
名を呼んでもいないのに風の精霊が現れ、フロウに半ば叫ぶようにして言ったのは。
『村の人たちが、この家を燃やすって言ってるよ!早く逃げなきゃ』
「えっ!……分かった、ありがとう!」
フロウは前もって、準備をしていました。
何かあった時にこの村を出ても大丈夫なように、森の奥に建っていた小屋に、あらかたのものはもう移動させていました。この小屋が今のフロウの家であることは、言うまでもないでしょう。
フロウはほとんど空になった家の中に残る小物をまとめて、家の裏口からこっそりと逃げ出そうとしました。
しかし、その時。
最後に家を見ておこうと振り返った時、家の中に置いていた、一つの籠が目に入りました。
中に戻り、手に取ります。
「この薬……」
籠の中身は、薬でした。
フロウが魔法で作った、流行り病に効く薬です。その日のうちに村の人に配ろうと思っていた薬でした。
しかし、今の村の人たちに薬を渡しても、きっと飲んではくれないでしょう。きっと、「病を流行らせた張本人が、何を今更」と思われるでしょう。そう思ったフロウは、薬を家に置いていこうと思ったのです。この家とともに、燃えてしまえ、と。
しかし、それは不可能でした。
「……やっぱり、置いていけないね」
フロウは籠を持って、裏口から逃げ出します。
そして、魔法で作った薬を渡すため、フロウはあるところに向かいました。




