出会いの夜
とんとん。とんとん。
真夜中のことでした。
誰かが、フロウの家の戸を叩きます。
(ああもう、うるさいねぇ……なんであたしの家なんかに。しかも、こんな夜中に?)
フロウの家は、村はずれの森の奥にありました。
(迷子かなんかかね?
やれやれ、面倒なことになったものだ)
とんとん。とんとん。
ずっと鳴り止まない、戸を叩く音。
(……ああ、もう我慢できない!)
フロウは苛立ったように椅子から立ち上がり、戸を開けに行きました。
「……なんだね、こんな夜中に」
フロウは不機嫌そうな声で尋ねました。
目の前にいたのは、幼い少年と、若い黒猫でした。
少年の身なりはぼろぼろ、オスと思われる黒猫の毛も、ぼさぼさでした。
そこにいる一人と一匹の姿を見た途端、嫌な予感がしたのです。そしてフロウは、自分の予感はまず外れないことを知っていました。
「あの……一晩、泊めてください」
「……はあ?」
予感は、的中しました。
予想以上の形で。
思わず溜息を一つ。
「……あのねえ、あんた。それ、あたしの正体を知っててそう言ってるのかい?」
「……いいえ」
フロウは呆れかえって再び溜息を一つ吐きます。
「……あんた、この村の子だろう?この村ではあたしのことはだいぶ有名だと思うんだけどねえ。
本当に知らないのかい?悪い魔法使い、フロウ・アイーネの話を」
彼女の正体は、森の奥にひっそりと住む魔女でした。
フロウは他の魔女や魔法使いと比べると少しばかり強い魔力の持ち主であり、だからといって威張るようなこともなく、人間にいたずらを仕掛けることはあっても、そこまでひどいものを仕掛けることもない、いたって普通の魔女でした。
「——聞いたことは……ある、かもしれません」
か細い声で言った少年に、フロウはぴしゃりと言い放ちます。
「その悪い魔法使いがあたしさ。悪いことは言わない、帰るんだね」
「帰れるのなら帰ってます」
突然、少年は大きな声で言いました。まっすぐフロウの目を見つめて。真剣な表情で。その目には悲しみの色が浮かんでいるのが、はっきりと分かります。
フロウは、どきりとしました。
が、次の瞬間には少年は俯いていて、さっきのか細い声に戻っていました。
「——帰ってもいいなら帰っています。でも、僕、捨てられたんです。こんな役立たず、いらないって。お前はただの邪魔者だ、って言われて……」
ぽた、と少年の傷だらけの足に落ちたのは、少年の流した涙でした。
「……あんた、名前はなんていうんだい」
フロウは困り果てたような顔をして、尋ねます。
少年は、泣きながら、一言。
「……名前は……ない、です」
「……」
フロウは呆れかえってしまいました。
(全く。人間はなんでこんなことをするのかねえ。
自分の子供に名前をつけないなんて。責任持って育てずに穀潰しだのなんだの言って追い出すなんて。他にもくだらないことばかりして。
だから人間は嫌いなんだ)
フロウは、はあ、と一つ溜息をついて、
「仕方ないね……あんたの名前は今からオズル。『オズル・アイーネ』だ。これからはうちで暮らすんだよ。その黒猫もね」
「え……!いいんですか⁉︎」
フロウの言葉を聞いた途端、少年——オズルは目を輝かせました。
「……いいと言ってるだろう?
ところで、その黒猫には名前はあるのかい?」
「はい、この子は『フィリー』といいます」
「ならその黒猫は『フィリー・アイーネ』だね。その名前からして、オスかい?」
「そうです」
「……まあ、ここでずっと立ち話してる訳にもいかないね。さっさか中におはいり!」
「お邪魔します」
厄介なことになった、と思いながら、フロウはオズルとフィリーを家の中に入れたのでした。




