笑顔
「おはようございます!」
「おはよう、フローラさん!」
「アンネ、おはよう!」
「久しぶりね!元気してた?」
フロウが一歩家を出て挨拶をするだけで、多くの人々がフロウに挨拶をしてきます。しかも、みんな笑顔で。
「おはよう、アンネ!その子が前に言ってた一人息子さん?」
「そう!ほら、ちゃんと挨拶してね」
「あの、初めまして。僕はフィリップ・フローラです」
「あら!礼儀正しくていい子ね!私はサリア・フルー。そこで花屋を営んでいるのよ。よろしくね!」
オズルはフロウの演技力に舌を巻きながら、笑顔で差し伸べられたサリアの手を握りました。サリアの手は少し荒れていましたが、不思議と温かい手でした。
初めてでした。オズルが人と握手をしたのは。
「ここは行きつけの薬草屋さんよ。素敵な名前だと思わない?私、ヘーメルオーストって名前、好きなの」
「僕も素敵な名前だと思う!」
二人はヘーメルオーストの前に来ていました。
「さ、薬草を買いましょ。お店のナルさんにもちゃんと挨拶するのよ」
「はあい」
二人は揃って店内へと入っていきました。その様子は本物の親子のようです。
「いらっしゃい、アンネ。あら?その子はだあれ?」
「こんにちはナルさん。この子は前々から言っていた、私の一人息子なの」
「初めまして。フィリップ・フローラです」
ナルは興味津々、といった様子でオズルを見ています。
「あら、フィリップっていうの?可愛らしい子ね!私はナル・フィリアンカよ。ここで薬草屋を営んでいるの。よろしくね!」
明るく元気なナルのことが気に入ったのか、そう言って快活そうに笑うナルに、オズルはにっこりと笑って言いました。
「よろしくお願いします」
「ところで今日は何を探しているのかしら?」
「前に買ったカモミールとタイムを。あと、今日のオススメは何ですか?」
「では……アメリカンジンセングなんていかがでしょう?ストレス対策、疲労回復の効果があるのよ。風邪予防にもいいし、解熱にも使えるわよ」
「いいわね!それ、くださいな」
薬草を選ぶときのナルやフロウは、普段よりも生き生きとして見えます。その生き生きしているフロウにも、常に楽しそうで笑顔なナルにも、オズルは驚いていました。
(普段のフロウはこんな人じゃない。勿論優しい人だけど、こんなに明るく振る舞っているところを初めて見た。ナルさんもずっと笑顔だなんて。でも……僕の両親みたいな偽物の笑顔じゃない。本当に楽しくて笑ってるんだ)
オズルは両親の、外で見せる偽物の笑顔を見ていました。ずっと、家という名の鳥籠から。
だからでしょうか、オズルは人の表情を読み取るのがとても上手かったのです。自然と自分でも気付かないうちに、上手くなっていました。
「どのくらい?」
「五十スロンずつで」
「分かったわ。全部で……三十二ルーになるわよ」
二人の会話で、オズルは我に返りました。そして、少しばかり暇だったので店内を見て回りました。
二人はまだまだ話しています。
「スーになおすと、いくらでしたっけ?」
「二十スーよ」
マディシナ村の近隣ではお金の単位に「スー」という単位が使われています。これは「ルー」を十進法で表す為の単位でもあり、「十ルー=六スー」が成り立つようになっています。
マディシナ村には近隣の村の人々もよく買い物に来るので、スーも一応取り扱っています。ややこしい話ではありますが、フロウはルーとスーを混用していました。そうした方が「他の村から来た」という設定が真実味を帯びてくるからです。
「ねえお母さん、こっちに宝石があるよ!」
「ああ、そっちは私の夫が開いている宝石屋さん。ワップバーダっていうのよ。アンネ、今夫は外出中だけど欲しいものはある?店番を頼まれているから買っていけるわよ」
「そうね……サファイアをください。あっ、でも一番小さいのでいいんです。なるべく綺麗なのをお願いします」
「分かったわ。でも高くつくわよ。四千五百ルーになるけど……」
気まずそうなナルの表情。しかし、フロウは気にしません。
「なんだかんだ言って、ちゃんとお金を貯めてるんです。スーになおすと……えっと……」
「……九百六十スーよ」
「あ、そうでしたね。実は、九百六十スーあるんです。頑張って、今まで貯めていたから……」
フロウはそう言って、お金を取り出しました。
「あら、そうなの?でも生活はそこまで自由ではないでしょう?」
「ええ、まあ……」
フロウが言葉を濁すとナルは笑顔で、
「しょうがないわね……なら今日は特別よ。薬草代はいらないわ」
と、驚くべき言葉を発したのです。
「そんな!それだとナルさん……」
「いいのよ。こう見えて利益は割とあるんだから。このぐらいなら、ちゃーんと元は取れます」
ナルは得意げにそう言って、九百六十スー以上のお金を受け取ろうとはしませんでした。
「本当にごめんなさいね。ありがとうございます!」
「気にしないで!またいらっしゃい」
こうしてフロウとオズルは、薬草とサファイアを手にしてヘーメルオーストを出たのでした。




