決まりごと
その頃オズルは、まだ庭にいました。
勿忘草を描き終わったオズルは、庭にある草花たちをどんどんスケッチしていきました。描かれた草花たちは嬉しそうに動きましたが、オズルとフィリーには風のせいにしか見えません。笛の万年筆はどんどんインクの色を変え、草花を描いていきます。オズルは見事に笛の万年筆と魔法紙を使いこなしていました。今度は精霊を呼び出す魔法ではなく、知識を引き出す魔法を使ったのか、描かれた花のそばに、勝手に花の名前と花言葉が浮かび上がります。
不意に風が吹きました。
「ねえフィリー。僕思うんだ。風の精霊さんがいるとしたら、風の精霊さんは風にのって旅をしているんじゃないかなってね。だから、きっと物知りなんだろうなって。ねえ、風の精霊さんっているのかなぁ?いるなら会ってみたいよね!」
「にゃーお」
二人(一人と一匹)は楽しそうに会話をしています。
綺麗な声が響きました。
『風の精霊はいるよ』
不意にそこに現れたのは、透き通るような青い光でした。
『ほら、ここに』
その青い光から、声は聞こえます。
「もしかして……風の精霊さん?」
『さっきからそうだって言っているだろう?初めまして』
風の精霊は宙返りをするなり、オズルと同じぐらいの少年に姿を変えました。
「初めまして、風の精霊さん。お名前は?」
オズルがそう問いかけると、風の精霊はやれやれと言うかのように首を振ってみせます。
『初対面で急に精霊に名前を聞くことは失礼なことだってことは基本中の基本だろう?』
「えっ⁉︎」
オズルは驚いたようでした。
それもそのはず、オズルは捨てられる前、部屋に閉じ込められた状態ではありつつも、窓の外から聞こえてくる声で学んでいました。
初対面の人には「初めまして」と声をかけ、名前を尋ねて自分の名前を名乗る。
それが基本だということを。
しかし、その常識を風の精霊はひっくり返してみせました。
『初対面の相手に名前を聞くのは人間の習慣であって、精霊の習慣じゃない。精霊は信頼した相手にしか名前を教えないんだ。名前を教えるのは"友の契約"を結ぶ時だけ』
オズルは首を傾げます。
「友の契約って?」
そのオズルの言葉を聞いた時、急に風の精霊はオズルをその青い目で真剣に見つめ、
『そうか、君が人間なのに精霊の存在を理解できるっていうオズルなんだね?』
微笑んで、納得したように言いました。
「……どうして、それを」
『他の風の精霊から聞いたのさ。みんなで"風の拾い話"を共有する時にね』
「風の拾い話?」
オズルには何が何だか分かりません。そんなオズルに、風の精霊は言いました。
『教えてあげるよ。精霊と人とが関わりあう時の、決まりごとをね』




