留守の家
「——何があったんだい」
フロウは、なるべく怖い声にならないようにフロウなりに気を付けながら、オズルに問いかけます。
オズルは泣きながらも、話し始めました。
——僕、フロウが出かけた後にあのたくさん物が置いてある部屋に行ったんだ。いろんなものがあって面白そうだったから。勿論、何も触るつもりはなかったんだ。眺めているだけだったんだ。でも——
フロウはオズルの話を聞きながら、目を閉じます。
フロウの頭の中にはその様子が浮かんでいました。まるで、映像が流れてくるかのように。その時の音も全て、映像とともに流れてきます。
——うっかりして僕、扉を開けっぱなしにしてしまっていたんだ。それがだめだったんだ——
たしかに、フロウの頭の中に流れる映像でも部屋の扉は開けっぱなしでした。
その時でした。
不意に、映像の中の部屋にフィリーが入って来たのは。
——何があるのか気になったのかな、フィリーが中に入って来てしまったんだ。僕ね、だめだって言ったんだよ。ルイーザもにゃあにゃあ鳴いて、フィリーを呼び戻そうとしてくれたんだ。でも——
フロウの頭の中で流れる映像で、オズルは叫んでいました。
「だめだよ、フィリー!フロウとの約束を忘れたの?フィリーはこの部屋に入らない約束でしょ?」
『フィリー、だめよ!この部屋は危ないものもあるのよ、早くこの部屋から出て!』
ルイーザもフィリーに呼びかけています。しかし、二人の声はフィリーには届いていませんでした。
『うわあ!あれはなに?これはなんだろう?おもしろそう!ねえ、おずるもみてよ!』
フィリーは部屋の中にあるものに夢中になっていたのです。
——フィリーは何も聞いてなかった。そして——
フロウはその時、確かに見たのです。
頭の中に流れる映像の中にいるフィリーが部屋の中のものを散らかしてしまうのを。
——フィリーが部屋の中のものを、散らかしちゃったんだ。僕、その時すごく慌てちゃって——
フロウが見ている映像の中のオズルは、慌てふためいてフィリーを捕まえて、自室に入れました。ルイーザが部屋から出てこられないように魔法をかけます。
オズルは部屋に戻ると「どうしよう……」と呟きます。
「フロウにはちゃんと全部話して謝らないと……。でもこれ、なんとかしなきゃ……」
そして、次の瞬間。
——僕まで約束を破っちゃったんだ——
そう。オズルは、目の前に散らばって薬草を、種類をごちゃ混ぜにして拾ってしまったのでした。しかもそれを、選別することもなく別の薬草の上に置いてしまったのです。これではせっかく整理して置いていたのに、全く意味がありません。
——でもその時、ふと見つけたんだ。フロウが僕にくれた紙にそっくりな、紙を——
フロウの頭の中に流れる映像の中で、オズルが、フロウがいつだったかにオズルに渡した紙——正式名称は"魔法紙"と言うのですが——を拾い上げ、呟きます。
「あっ……これに名前を書いた時、——が僕の前に現れたんだっけ」
精霊の名前だけは、聞き取れませんでした。普通そうなるようになっているのです。だって、そうでなければ誰でも精霊と"友の契約"が結べるようになってしまいますから。
オズルはその精霊の名を呼びます。
「——、僕のことを助けて」
——僕、その時、言葉の精霊さんなら助けてくれるかもしれない、って思ったんだ。だから、名前を呼んだの。そしたら『どうしたの、オズル』って言って現れてくれた。そして、事情を説明しなくても分かってくれて、助けてくれたんだ——
フロウの頭の中で、オズルほどの少年の姿に変身していた銀色の精霊は『そこにいるこの家の主の使い魔さん、手伝ってくれる?』とルイーザに声をかけます。
『まあ、いいけど』
ルイーザがそう言うと、銀色の精霊は嬉しそうに笑いました。
『ありがとう。これで僕はオズルのお手伝いができる』
銀色の少年はオズルの手を握りました。
『今は呪文なんて難しいものは要らない。君は魔法使いではないんだから。さあ、願いを口にするんだ。そうすれば僕が手伝ってあげられる』
オズルは微笑んで言いました。
「この部屋にあるものが、元の場所に、元のように戻りますように」
その瞬間、銀色の少年は一瞬にして銀色の風に姿を変えました。その風に、ルイーザが溶け込みます。
『さあ、元の場所に戻るんだ。僕の友達、オズル・アイーネの声に応えて』
風とその声に操られるかのようにして、全てのものが元の場所へと戻っていきます。
時々『あんたはこっちに帰るべきものじゃなかったっけ?』『違う、あんたはそっちに帰るんだよ!』とルイーザの声がします。銀色の風が戻しきれないものを、元の場所に戻しているようです。
そして、全てのものが元の場所に戻ると共に、その風は銀色の少年に姿を変えました。ルイーザも黒猫の姿に戻ります。
『もう大丈夫だよ、オズル』
「ありがとう、——」
『お礼を言われるほどのことではないよ。それにオズル自身も割と強い魔法の力を持っているみたいだから、やりやすかったしね。それじゃ、僕行くね』
そして言葉の精霊は元の姿に戻り、消えたのです。
そこで、映像は途切れました。
——そのあと部屋から出て、ちゃんと扉を閉めて、それからルイーザが僕らの部屋からフィリーを出したんだ。そして、どう話せばいいかずっと、考えていたんだ——
「——そうだったんだね」
フロウは納得してうなづきながら、目を開きました。目の前には、まだ俯いたままの二人(一人と一匹)がいます。
「顔を上げな、二人とも」
呆れたようにフロウは言います。
「今回だけは許してやろう。初めてだったから、まあ特別にだ。隠すつもりもなかったみたいだしね」
「いいの……?」
オズルは戸惑いが隠せないようです。
「いいと言っているだろう。それよりもこれから晩ご飯を作るから手伝いな」
オズルはしばらく黙っていました。
フロウには分かっていました。
おそらくそれは、本当にフロウがもう怒っていないかを探っていた時間なのだと。
やがて、オズルは顔をあげます。
その顔は少し赤くはなっているものの、もうあの萎れた表情は消え去っています。そして、
「——うん!」
オズルは、元気に答えたのでした。




