表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

明治かふぇ ➁

 今回、俺たちが向かうのは、桜山市街にある一軒のカフェだ。

 桜山駅から伸びる道を三分ほど歩けば、それは右側にある。


 カフェの名前は、明治かふぇ。


 舗装された歩道や、近くに大きなマンションが建っているそばにある小さな木造の店。まるでそこだけ今ではないどこかから来たような姿は、早くも俺の好奇心を()き立てた。

 なぜ明治かふぇという名前なのか。それはどうやらこの小さな建物が出来た時代に関係しているらしかった。


「この木造の店はなんと百八十年前からあるらしいよ」


 そう言うのは、ここに一番乗りした戸島快とじまかい。俺の属している桜山市研究会の部員メンバーの一人だ。こいつとは小学校から同じだが、どこでそんな知識を手に入れたのかはわからない。


「随分古いんですね」


 そう反応する俺と快の間に立っている小さな女子は、同じく部員メンバー神山有希かみやまゆき。先月から加わったこいつは、俺や快と比べて背はかなり小さい。


「そうなのさ。それになんと、他にもすごいことが! 聞きたいかい?」


「ぜひ聞きたいです!」


 神山の反応にすっかり気を良くしたのか、快の舌も調子づいている。


「いいから話せよ」


 俺はあごで快に促す。


「なんと、ここの建物は元々は醤油醸造しょうゆじょうぞう所だったらしいんだ」


「醤油を作ってたのか?」


「そうそう」


 快は腕を組んで頷く。


 醤油醸造所――そういう分野に全く縁のない俺は、醤油を作っていたんだな程度の感想しか持てないのがなんとも残念だ。とすると、ここは醸造所を改築して出来た店なのだろう。


「どうやって醤油は作っていたんですか?」


 快の言葉を聞いた神山は、どこから取り出したのか一枚の紙にメモをし、快へと更なる質問を問う。しかし、


「さあね。僕は醤油造ったことないし。この話も昨日母親から聞いただけだしね」


 と両手を上げて笑うのであった。ここら辺にこいつの性格が出ていると言えるだろう。


「そうですか。残念です」


 そう言うと神山は紙をカバンへとしまう。


 俺は左手に付けている腕時計を見る。

 午前十一時四十三分。


 ここに来てからかれこれ十五分くらいが経った。休日なので混むだろうと予想した俺たちは昼時より早く来たつもりだったが、それでもすでに並んでいた。俺たちの番は次である。

 ちなみに、ここには自転車を止めるスペースはないため、三人とも歩いてここまで来た。


「お次の方どうぞ」


 それからすぐに、俺たち呼ばれた。案内されたのは窓際にある四人用のテーブル。俺は先に座ると神山が正面に座り、その横に快が座る。


 テーブルの上に一つだけある手書きで書かれたメニューを三人で順番に見る。飲み物も食べ物の種類もそれなりに豊富で、おススメは生パスタを使った料理らしい。

 それぞれ食べたいものを選んだ俺たちは、店内に一人だけいるウェイトレス、いや女性が一人と言ったほうが雰囲気に合うだろう。おそらく普段着であろう服に、エプロンを付けている女性が注文を取ってくれる。


 その女性が注文を伝えに戻ると、俺は店内を見渡した。


 まず最初に印象的なのは、店内にある席の少なさである。店内には二人用の席が四つあり、四人用の席は俺たちが座っているテーブルしかない。

 そして次は、天井の高さだろう。はりが剥き出しになっているその天井は、屋根の裏側が見えており、その天井の高さが店内を狭く感じさせないように働いている。


 視線を上から、俺は店の奥へと目をやる。ここからではあまりよくは見えないが、どうやら使われていない部屋があるようだった。部屋の中は暗く、もしかしたらそこは蔵として使われていたのかもしれない、と意味もない推測をする。


「こちら、失礼いたします」


 奥を見ていると、従業員の女性が俺たちそれぞれの前に小さな布を敷いてくれた。緑色を基調としたその敷物は、木でできたテーブルと合っている。木のテーブルには木目が浮き出ており、手でなぞればそれそれが本物の木で造られていると実感できる。


「ご注文のお品になります」


 そしてその女性は、敷物に続いて、注文した料理を一つずつ丁寧に運んできてくれる。


 俺が頼んだのは今日のランチメニューの一つだったナスとベーコンの和風しょうゆパスタ。神山はランチメニューではないが、トマトパスタ。そして快は、その性格にぴったりなよくばりプレートというランチ限定のを頼んだ。


「あの、写真て撮っても大丈夫ですか? 私たち桜山市のPRをしたくて、この店のことを紹介したいんです」


 俺がフォークを手に取り、食べる用意をすると、神山が去ろうとする女性従業員にそう尋ねる。すっかり忘れていたが、俺たちはPRをするためにここに来たんだった。


「全然構いませんよ。ただ他のお客様に迷惑がかからないようにお願いしますね。ぜひ素敵にPRしてください!」


 その女性はにっこりと笑うと、他のお客さんのもとへと向かって行った。その笑顔からは優しい人柄が伝わってくる。俺は一回、フォークをテーブルへと置く。


「許可撮れてよかったですね。先輩のパスタ、写真撮ってもいいですか?」


「ああ、いいぞ」


 神山はそう言うと、まず俺の料理を撮り、快と自分のを撮る。快のよくばりプレートには、お店自慢のパスタに加え、グラタンとサラダが載っていて、たしかによくばりだった。そして神山は、次に店内の様子を携帯電話に保存する。


 俺は神山が撮り終わるのを待っている間、壁ほぼ一面が窓を通して外の様子を眺めてみた。


「まるでこの店だけタイムスリップしたみたいだね」


 横を向くと、快も同じく外を眺めている。


「そうだな」


 俺は一言そう呟く。


 全て木で造られている建物の一枚窓の向こう側。

 舗装された歩道。コンクリートの隙間に植えられた街路樹。そして人を乗せて動く車。


「ソータはこういう所好きでしょ?」


 見るとにっと笑う快の顔がこちらを向いていた。憎たらしい顔だが、流石にこいつは俺のことを理解している。俺は鼻を鳴らし肯定の意を示す。


「あ、待っててくれたんですか? すみません、撮り終わりました! 冷めちゃう前にいただきましょう!」


 店内を撮るのを終わったらしい神山は慌てて手を合わせる。


「大丈夫、そんな経ってないよ。たこ焼きだって冷めないさ」


「もうっ! 早く食べてください!」


 俺もフォークを右手に持ち、食べ始めることにする。外を見ると、どうやら俺たちの後ろに並んでいた人たちもみんな店内に入り、並んでいる人は今はいなかった。


 これなら食後コーヒーを楽しむ時間もあるかもな――

 そんなことを思いながら、俺は手を合わせた。



こんにちは。

今回、いつもとは違って文の間を空けなかったりしてみたのですが、今までのとどっちが読み易いでしょうか?もし気が向いたら教えてほしいです。

では、次は明治かふぇのPRや、プロローグみたいになります。

読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ