花と団子 ④
インドカレー屋「トジマパンダ」
腐れ縁である戸島快の両親が経営するそのカレー屋は、桜山市の中心街にある。
桜山市の西に位置する、桜山駅。東側にしかない出口から駅を出て目の前にある道をまっすぐ進み、大通りを二本渡ればすぐ左側にそれはある。
そこまで大きな店ではないが、深緑をベースとした外装に黄土色で書かれた店の文字は、すぐそばに生えている街路樹と調和している。
ここは、特に地元民に人気だ。左隣にある店、今はラーメン屋だが、そこの土地の店は頻繁に入れ替わり、トジマパンダの人気がうかがえる。
そしてその店内の一角。
他にもお客さんがいる中、一卓のテーブルが騒がしい。
「聞いてくださいよ! 遠津木先輩、私のことチンチクリンて言ったんですよ!」
「まあまあ、落ち着いて有希ちゃん。もうそれ何回目?」
すっかり打ち解けた様子の、目の前にいる一組の男女。女は水の入ったコップを片手に、男は両手を前に出しその女を落ち着かせようとしている。
知り合いでなければ知らないふりをするのだが、しかし残念ながらどちらも見知った顔なので仕方なく注意する。
「おい、うるさいぞ。快、神山」
俺の声に反応すると、神山はコップをテーブルに置く。
「いやーそれにしても綺麗な写真が撮れてるね」
何事もなかったかのように話し始める快は、手に持っている俺の携帯電話を眺める。
あの後、俺と神山は自転車で扇原堤からここへ向かい、カレーとナンを御馳走になりに来た。たまたまテーブルが空いていたので座れたが、八卓しかないテーブルは、今はすべて埋まっている。
俺は注文したナンをちぎり、日替わりカレーであるキーマカレーにつけて口に運ぶ。
「夜の桜も綺麗だったですね!」
神山は俺の方を向いて興奮した様子で話す。水で酔うなんて聞いたことがないが、酔っているようだ。
「僕も今日は楽しかったよ。たこ焼きも渡せてよかったね」
「はい! 冷めちゃいましたが……」
神山は下を見て縮こまる。
察するに、快は神山が俺にたこ焼きを渡そうとしていたのを知っていたようだった。しかしそれを口に出さなかったのはやつなりの俺への優しさなのか。
「それにしても、よくソータが受け取ったね」
「え? どういうことですか?」
快の余計な言葉に、神山が反応する。
「ソータは普段女の子から、というか人から物を受け取らないんだよ」
「そうなんですか?!」
「そうさ。去年のバレンタインだって全部断るし、下駄箱に入ってたやつは僕がいただいたのさ!」
「違う。他人から受け取らないだけだ」
俺は快の言葉に少し語弊があったので、補足をする。
しかし、これは失敗だった。
「てことは有希ちゃんはもう他人じゃないってことかい?」
「それは……」
思わぬ質問に言葉が詰まる。神山の方を見ると、神山は大きなその瞳でじっと見つめてくる。その横では快がにやにやしており腹立たしい。
「どうなんだい、ソータ?」
「まあ……一応、部員だしな」
俺は小さな声でそう呟き、ナンをもうひとちぎり口に入れる。
「嬉しいです!!」
「やったね、有希ちゃん」
そう言って、前にいる二人はハイタッチをし始める。二人が喜んでいる姿は兄と妹みたいだがそんなことはどうでもいい。
……ったく。余計なことを言わなければよかった。
二人が喜んでいる姿を見ながら、俺は水を口に運び、右手で頬杖をつく。
たしかに、今日は楽しんでいた自分がいたのは事実だった。綺麗な桜と菜の花を見れたし、神山という女のことも少し知ることが出来た気がした。まあ知りたいとは思っていなかったが、
――たまにならこんなことをしてみてもいいかもな。
ふとそんなことが頭をよぎるが、すぐに考えるのをやめる。
こんなことを考えていたって仕方がない。なぜなら、こいつらがしたいと言えば俺は部長としてやらなければいけないのだから。
俺は頬杖をやめ、今度はナンだけを口に運んで食べる。
服の右袖からは、微かに桜の匂いがする気がした。
今回は短いです。花と団子編のエピローグって感じですかね。
話数を重ねるごとに文が拙くなっている気がしますが、颯太の少しの気持ちの変化が伝われば幸いです。
では、次はカフェのお話になります。
よろしくお願いします。