花と団子 ③
快たちと共に神扇堤に行ったその日の夜。俺はまた神扇堤にやって来て、同じ駐輪場に自転車を止め、神山のことを待っていた。
夜八時半。
屋台も閉まって人の数も少なくなり、昼間は暖かかったとはいえ、流石に夜になると四月もまだ寒さを感じさせる。
家に帰った俺は、昼間来ていた服の上からコートを羽織ってここへ来た。自転車を漕いでいる時は暑かったが、今は汗が冷めて寒く感じる。
数分待つと、小さな自転車に乗り、急いでこっちに来る神山が見えた。長い黒髪を揺らしながらやって来た神山は、俺の自転車の横に自分のを止めるとすぐに頭を深く下げる。
「遅れてすみませんっ!」
見慣れた神山が頭を下げる光景。いつも挨拶するたびにしてくる会釈は気にしていなかったが、何回もされると俺も少し気分が悪くなる。そんなに俺は怖いだろうか。
腕時計を見ると、八時三十五分。
「気にしてないから謝らなくていいぞ。あと挨拶の時にいちいち頭下げなくて大丈夫だ」
俺としては全く怒っていないのだが、顔は怒っているように見えるのだろうか。
たしかに近寄りがたい雰囲気がある、と全くそれを気にしていない快に言われたことはある。が、それで人が寄って来ないという面もあるので、直す気はない。
しかし、仮にも同じ部員の子に毎回怖がられていたんじゃ、それはそれでめんどくさいものだ。
神山は俺が怒っていないことにホッとしたのか、顔を上げると、カゴに入っていた袋をから何かを取り出す。
「あのこれ……さっき渡そうとしてできなかったんですけど、遠津木先輩のために買ったんです。……食べませんか?」
神山が差し出した両手の上には、昼間買っていたたこ焼きのパックが一つあった。
「家出る直前に温めてたら遅れてしまって……」
「俺に、か?」
「そうです」
神山の顔には、少しぎこちない笑顔があった。
俺に――か。
「そうか。ありがとな。けど持っててくれ」
「いりませんでしたか……?」
「違う。写真を撮るからその間だけ持っててくれ。その後に食べるよ」
そう言うと少し暗くなりかけた神山の顔が、一瞬にして花開いたように明るくなる。思っていたが、こいつは喜怒哀楽が激しい。
俺は昼間と同じく土手へと登り、綺麗にライトアップされた桜を撮る。
そこには昼間とは違った風景が広がっている。菜の花の方にもライトは設置されており、夜の闇に浮かぶ黄色の菜の花は、俺としては昼に見たのより好みだった。
桜のトンネルの下を進み、別のアングルからの良い場所を探す。
長い沈黙――
別に沈黙に対して気まずかったわけではない。しかし、なぜかはわからないが、歩きながら横にいる神山にこんなことを訊いていた。
「なあ……俺ってそんな怖いか?」
突然の質問に神山は「へっ?」と変な声を出す。
やっぱりこいつは緊張しているらしく、見下ろすと普段でも小さい神山が下を向いて萎縮している。
数秒の間が空いてから、神山は俺の顔を見上げる。
「最初は……怖かったです。学校が始まってすぐに先輩の話は耳に入ってきて、『クール』、『イケメン』みたいなことを聞きましたが、その他にも『性格が悪い』、『ただの冷たい人』みたいなことも聞きました」
「だから、最初部室で先輩のことを見つけた時は怖かったです。すみません」
神山は真剣に語り、少し緊張した感じで俺の反応をうかがっている。たしかにそんな噂の人といきなり二人きりというのは怖かったのだろう。俺は同情はしないが、神山の気持ちは察した。
しかし、俺は思わず、プッと吹き出して笑ってしまった。
「え、え、私何かおかしなこと言いました?!」
急に笑い出したのを見て神山は慌てるが、俺は手を横に振ってそれを訂正する。
「違う違う。変なことは言ってないけど、いやー面白いなと思って」
「な、何がですか?!」
「だって、今までそんなことを俺に直接言う人なんていなかったからさ」
俺が笑いながら指摘すると、「あ、すみません!」とまた謝ってくる。
「いやいいんだって、本当のことだから。あと謝りすぎ」
「あ、すみま……せんじゃありません」
「そう、それでいいの」
「で、でも今は怖くないですよ? 怖かったのは最初だけです!」
「じゃあなんでいつもビクビクしてたの?」
「さ、さっきまでです!」
「ふーん。なんで?」
俺は少し神山が慌てる姿を見るのが面白く感じていたが、いじめすぎるのもかわいそうなのでここらへんでやめておく。
「せ、先輩を冷たいとかみんな言いますけど、実際はそんな人じゃなくて優しいですし!」
「優しい?」
「はい。なんだかんだここに来てくれたり、私が遅れても怒らないでくれたじゃないですか」
うーむ。ここに来たのは部長として仕方なくだし、怒らないのはめんどくさいからなのだが、今は黙っておくことにする。
けれど、そうしたことによって女子が優しいと感じてしまうことは覚えておこう。将来のために。
俺は写真を撮りながら、神山の次の言葉を待つ。
「先輩はクールかもしれませんけど戸島先輩とはよく話しますし、それに――」
「それに?」
「――先輩が初めて笑った顔はかわいかったです、し……」
少しもじもじしながら話す神山を見て、俺はまた吹き出す。
笑いがかわいいとはまた変なことを言う。考えれば、こいつの前で笑ったのは初めてだった。多分それは、女子に対してはいつも壁を作っているからだろう。
「まあ神山は小学生みたいだもんな」
神山の頭にポンっと頭を乗せると、その手を払い、こっちに体ごと向けて叫び出す。
「しょ、小学生じゃないですよ?! 十六歳です!!」
「身長いくつ?」
「ぐっ……百五十に今度なります!」
「じゃあ今は百四十九? 俺と三十センチ以上離れてるとかチンチクリンじゃん」
俺の身長は去年の時点で百八十三センチ。ちなみに快は百八十センチ。
「チンチクリン?! 先輩、やっぱり性格悪いですね!」
見上げながら言うその神山の顔は赤く膨れ上がっており、ひまわりの種を蓄えたリスみたいになっている。
「嫌いになった?」
「なりま……せんけどっ」
「まあ――」
と一呼吸置き、少しずれている話を戻す。
「俺が陰で何かを言われてるのは知っているよ。何故だかモテるみたいでたくさん告白もされるしね」
「知ってます。この前もフラれたってクラスの子が」
「あーあの子、一年だったのか。それでそんな感じに毎回断るから、ホモみたいな噂も聞いたことある」
俺はいつも陰で何かしら、特に告白を断った女子に何か言われている。今はもう慣れたので気にしないが、たまにそういうホモみたいなことを聞くとおかしくなる。きっと快としか話をまともにしないからだろうが、それで寄ってくる女子の数が減るなら俺としては嬉しい誤解だ。
「ま、何か言われてるのは慣れてるからさ。もし耳にしても気にしなくていいから」
「わかりました」
少しまだ怒っているような顔をしている神山を見て、やっぱり小動物みたいだなと思っていると、いつのまにか土手の端っこまで来てしまっていた。
俺は自転車のもとへ戻るために、振り向いて来た方向へと歩み出し、あることを思い出す。
「そういえばさ、たこ焼きちょうだい」
「あ、忘れてました。はい、どうぞ」
手を差し出すと、そこに神山がたこ焼きのパックを袋から取り出して乗せる。
折角、温めてくれたのだ。夜飯もまだ食べていないしちょうどいい。
しかし、触った瞬間、ん? と疑問が浮かぶ。
「家からここまで何分くらい?」
「自転車で三十分くらいですかね」
「遠いね」
「そうなんですよ。ってもしかして……」
パックを開けて、中に入っている爪楊枝でたこ焼きを一つ口に入れてから答える。
「冷めてる」
「えー! そんなあ」
そりゃ三十分も寒い夜の中で風にさらしていたら冷めるのも当たり前である。更には、その後に写真を撮っていたので余計に時間が遅くなった。
半分は俺のせいか――?
「まあ、冷めててもおいしいよ」
「フォローありがとうございます」
落ち込む神山。しかし、
「おい、今の音なんだ?」
「私のお腹の音です……聞かないでください」
落ち込んでいるのかと思ったら、なかなか神経が図太いやつだ。
二つ目のたこ焼きを口に入れようとした時、俺は一つの案を思いつきパックを閉じて食べるのをやめる。
「快の家にカレー食べに行くか?」
「今からですか?」
あいつは御馳走すると言っていた。その機会をとっておく必要もないし、なによりお腹が空いた。
「確認のために快に写真も見せたいしな。あそこは美味しいぞ」
俺がそう言うと、美味しいという言葉に反応したのか、「行きます!」と神山は即決した。
そんな感じに無事に今回の調査、もとい撮影は終了し、快の家にカレーを食べに行くこととなった。そして、ついでに快の家でたこ焼きを温めてもらおうと心に決めた。
読んでいただきありがとうございます。
颯太が少し心を開きましたかね?!
花と団子は次話で終わりです。
よろしくお願いします。