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花と団子 ②

*「堤」とは、土手のことで、風や雨を防ぐために土を盛って作られたものです。

 扇原堤おうぎはらつつみに行く当日。自転車を漕いで到着した俺は、駐車場の隅にある駐輪場に自転車を止めた。


 扇原堤は桜山市の北に位置し、俺の家からは、自転車で二、三〇分かかる。


 時計を見ると、午後十二時五十五分。集合は午後一時なはずなので、遅刻はしていない。


 しかし、駐輪場に快の自転車はあるが、快の姿は見えない。二人を探すために辺りを見渡すが、探そうにもとにかく人が多い。


 やはりというか、この桜の季節の、しかも週末にここを訪れる人の数は尋常じゃなかった。


 その理由は明確で、駐車場の入口に「桜山市桜まつり」というノボリがいくつも立っている。駐車場もここの他に四ケ所ほど用意され、真横を通る国道は桜を見ようとする人たちの車で渋滞している。


 一体、桜山市のどこからこれだけの人が来たのか不思議に思う。


 俺はあまりの人の多さに帰りたくなったが、そういうわけにもいかないのでとりあえず快に電話をかける。何回かコール音が鳴った後に快は電話に出たが、周りがうるさくて聞き取りづらい。


 なんとか会話ができ、どうやら快は神山と屋台のそばにいるということが分かった。


 俺が今いるのは第一駐車場。堤から一番近くにある駐車場なので、ここからも桜が咲いていることが確認できる。どうやら散り始める前に来られたようだった。


 桜は、堤――土手の上にある一本の道に沿って咲いており、その桜のトンネルは一キロほど続いている。


 そんな昨日調べたこと情報を思い出しながら、土手の下に並んでいる屋台へと向かう。


 快は屋台のそばにいると言っていたが、一キロほどある土手に沿って並んでいる屋台……つまりはとんでもない数の屋台だ。


 まあ実際は一キロも屋台は続いていないだろうが、この人混みの中からあいつらを探すのは一苦労である。


 人混みが嫌いな俺はすぐに諦め、しばらく立ったまま探すことにした。神山を見つけるのは無理だが、俺と快はそれなりに身長が高いので見つけられるかもしれない。


 すると、見覚えのある頭を見つけたので、そこへ向かって歩いて向かう。


 たどり着けば、そこには快と神山が、手に何かを持って立っていた。


「こんにちは、遠津木先輩」


「よっ、ソータ。ちゃんとソータの分もあるよ」


 そう言って差し出す快の右手には焼きトウモロコシ。左手にも焼きトウモロコシを持ってかじりついている。そして隣にいる神山は、たこ焼きのパックが二つ入った袋を持っている。


「お前ら……」


 あきれて二言目が出ずに、溜息をつく。


「いやー、匂いを嗅いでたらお腹空いちゃってさ」


 にやにやしながら快は弁明をするが、特に悪いと思っていないのは明白だ。


「焼きトウモロコシいらない?」


「手が汚れるからいらん。……ったく、何しに来たんだ? 写真撮りに行くぞ」


 俺は階段を登り、土手の上へと登る。今いる場所からは、左右どちらを見ても桜のトンネルが続いている。風に吹かれて舞う桜の花びらにつられて上を見れば、鼻の奥へと桜の匂いが入ってくる。


 そして土手の反対側には、


「わぁ! 綺麗ですね菜の花!」


 そう。道路がある方には駐車場や屋台があるが、反対側には川があり、その土手と川の間には黄色い菜の花が敷き詰められている。


 その黄色の絨毯の中にも歩道があり、そこをたくさんの人が歩いているのが見える。


 昨日調べた時に写真を見たが、実際に目で見るピンクと黄色のコントラストは、なかなか美しい絵だった。


「こりゃ絶景だね」


 横を向くと焼きトウモロコシを片手に快が言うが、どうもこいつと花は絵にならない。口の横に付けているトウモロコシの粒のせいだろうか。


「お前は花より団子だろ」


「違うね。僕は花も団子もどっちもさ。両方楽しまないと損だよ」


 それは正論かもしれないが。


「とりあえず写真を撮ろう。誰が撮るんだ?」


 俺は快と神山のことを見るが、快は汚れた手、そして神山はたこ焼きを抱えている。


「……俺しかいないか」


「すみません……」


 頭を小さく下げる神山。大事そうに抱えているたこ焼きを眺める。家に持って帰るのか? お土産? ……まあいい。


「じゃあまずはこの桜道を撮ってから菜の花の方へ降りよう」


 俺はそう指示すると、二人の返事を待たずに写真を撮り始めた。もちろん高いカメラなんか持っていないので携帯電話を使う。カメラ越しに見る絵はまた違い、澄み渡る水色の空と映るピンク色の花びらたちは、たしかに春を感じさせた。


 ひと通り撮り終えると、俺たちは自転車を止めた場所へと戻って来た。快はすでに二本の焼きトウモロコシを平らげているが、神山はまだたこ焼きを持っている。


 最後に駐車場からのアングルで桜を撮り、終わりにする。


「よし、こんなもんだろ」


 スマホを差し出し二人に見せると、満足そうな顔をしたので俺はスマホをポケットに入れる。


「楽しかったね。今日は来られてよかったよ」


「はい。ありがとうございました」


 笑顔でそう言う快に、満面の笑みで神山も返す。と、言ってもこいつらは何もしてないんだが、今それを指摘するのは野暮だろう。


「まあ、人がいなければもっとよかったがな」


 そう呟くと快は、はははと笑いだす。


「この時期にそれは無理だろうね。なんたって他の県からわざわざ来る人がいるみたいだからね」


 なるほど。それは考えていなかったが、だから人がこんなにもいるのか。たしかに地元の人たちならば、平日にだって見に来ることは出来るはずだ。


「でもどうしてもって言うなら、無理なことはないよ」


「はあ? 今お前が無理って言っただろうが」


 まったく、こいつはいつもおかしなことを言い始める。


「昼間はね。けど夜なら人も少ないはずだよ。ここら辺に泊まる場所はないし」


「ああ、夜桜か」


 言われてみれば、ここはライトアップされて、夜でも見に来られるようになっていた。夜の屋台を目当てに来る人たちもいるが、八時になれば屋台も閉まり、人も少なくなる。


 今になって思いだしたが、俺が最後にここの桜を見に来たときは夜だった。しかし何故すぐに思い出せなかったのかわからない。何年前かも思い出せない。……誰と来たんだっけ。


「で、提案なんだけど、夜桜も撮ってPRに使わないかい?」


 黙って少し考え込んでいると、快が楽しそうな顔でこっちを見る。


 夜桜、ということはもちろん夜にまたここに来るのだろう。


「いいけど、お前夜は来られないんじゃないのか?」


 そう訊くと「そうなんだよねー」ととぼける。


 快の家はカレー屋さんである。少なくとも俺の中では、桜山市一美味しいカレー屋さんだ。そして夜、特に週末の夜になると、そこで快は接客などの手伝いをしている。


「カレー御馳走するからさ、二人で行ってきてくれない?」


 手を合わせてお願いする姿に、思わず溜息が出る。


 しかし、誰がそんなめんどくさい事、といつもなら言うが、カレーを食べさせてくれるというのは俺にとって中々魅力的である。カレーの味はもちろん、一緒に頼める特大自家製ナンがこれまた美味しい。今まで何回、何十回と通っているが、その度に俺はナンを注文する。


「ナンも付けてくれるならいいぞ」


 俺がそう言うとニヤッとした快は、指でもちろんっ、と合図をして神山の方を見る。

 きっとこいつは俺が喜ぶと予想してカレーを条件に出したのだ。


「有希ちゃんも平気?」


「私は平気です。夜までに用事を済ませておきます」


「オッケー。じゃあ八時半くらいに同じ場所かな」


「来ないくせにお前が決めるな。まあ、それでいいが」


「はい。ではまた後で」


 夜の予定がこうして決まってしまい、それまで時間があるため俺は家に一度帰ることにした。


 通学用の銀色自転車にまたがる。


 快の愛用はロードバイクだ。俺は自転車に詳しくないのでよくわからないが、ハンドルが俺の自転車とは違う。そして前にカゴもない。……ん? マウンテンバイクだったか? 


「じゃあお先に」


 と快が神山に言い、俺も一緒にペダルを漕ぎ始める。


 漕ぎ始めてすぐに後ろを振り返ると、小さな自転車のカゴにたこ焼きをそっと入れている神山の姿が見えた。


 俺もひとつ買えばよかったかな、と、ふと思った。

読んでいただきありがとうございます。

週1で更新予定ですが、花と団子編はすぐに投稿していこうと思います。あと2話です。


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