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HERO  作者: 式部雪花々
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-1-

「おっさん!いい年こいて痴漢なんかしてんじゃねぇよっ!」


少し混雑した朝の電車の中、聞こえてきた声にハッと顔をあげると


中年男性の手首を捻り上げながら睨みつけているヒーローがいた。


私は初めてはっきり聞こえたヒーローの声に少しドキリとした。


だけど、気になるのはヒーローが言った言葉。


どうしたんだろう?と思いながら、よく見ると


ヒーローと中年男性の前にどこかの高校の制服を着た女の子が立っていた。




要するにヒーローはその女の子に痴漢をした中年男性を捕まえたようだ。


さすがは“ヒーロー”。




電車が次の駅に着いてドアが開くと、ヒーローは中年男性を引きずり降ろした。


女の子も一緒に降りていき、それと入れ替わるように乗客が乗って来た。


発車のベルが鳴ってドアが閉まると、駅員に痴漢を引き渡しているヒーローが見えた。




私はその様子をずっと見ていた。


電車が発車して、段々小さくなって見えなくなるまで。




今日はヒーローの顔、あんまり見られなかったな・・・。




私は少しだけちょっと残念に思いながら、


痴漢から助けてもらった女の子が羨ましかった。






―――次の日。


ヒーローはいつもと同じ様に同じ駅で同じドアから乗って来た。




だけど・・・一つだけ違うことがあった。




それはヒーローが乗って来た次の駅で


昨日の痴漢から助けてもらった女の子が乗って来た事。


その女の子はヒーローを見つけるとすぐに笑顔で話しかけていた。




私はなんだか胸にグサリときた。




だって・・・ヒーローもその子に優しい笑顔を向けていたし、


すごく楽しそうに話していたから。


そーゆーのが切欠で付き合い始める・・・のもよくある話。




“あの子だけのヒーロー”になっちゃうのかなぁ・・・?




自然と出てきた深いため息と一緒に


ヒーローへの想いが消えてしまえばいいのに・・・なんて思った。






そして、次の日もその次の日もまた・・・


彼女はあの日以来、ヒーローと同じ時間、同じ電車の同じ車両に


同じドアから乗ってくるようになった。


・・・で、当然私は毎朝二人の楽しそうな光景を目の当たりにするワケで。




車両・・・変えようかな。






次の日から私はいつも乗っていた車両の隣の隣に乗るようになった。


隣の車両だと、なんとなく気になってついつい見てしまいそうだったから。


そしてまた二人の姿が目に入った時、胸がチクリとしそうだったから・・・。




あ〜ぁ・・・一年間の片想いがこんな風に終わるなんてちょっと切ないな・・・。




けど、車両を変えたからか、いつもと違う顔ぶれの電車内は


ちょっと新鮮で、ちょっとだけヒーローの事を忘れさせてくれた。


ホントにちょっとだけだけど・・・。






それから数日が経って、電車内の違う顔ぶれにも慣れかけてきた頃。


ヒーローがいつも乗ってくる駅に停車して発車のベルが鳴り響き、


あと少しでドアが閉まる・・・という時、一人の男子高校生が飛び乗って来た。


勢い良く飛び乗ったと思われるその彼は、


少し俯いて立っていた私に少しだけぶつかった。




「・・・あっ!ごめん!」


慌てて言ったその彼を何気なく見上げた私は心臓が止まるくらい驚いた。




だって・・・乗って来たのは・・・




あの“ヒーロー”だったから・・・。




「い、いぇ・・・。」


咄嗟に目を逸らしてみたけれど・・・


顔・・・赤くなってるかも・・・っ!




“ヒーロー”が目の前にいる・・・




しかもこんな間近に・・・。




心臓飛び出そう・・・。




いつも少し離れたところからしか見てなかったから、


こんな近くだと顔もあげられない。






いつも降りる駅までの時間がやけに長く感じ、


やっと着いてホームに降りるとなんだかどっと疲れが出た。


でも、よく考えればきっとこんな事は今日だけなんだし、


思い切って穴が開くくらいヒーローの顔を見ておけばよかったと後悔した。




・・・だけど、ヒーローはそれからずっと、また私と同じ車両に乗るようになった。


しかも、前みたいに違うドアじゃなくて、同じドア。


だから、私は毎朝ドキドキしながら乗ることになってしまった。




そして、さらに数日が過ぎたある日。


明日から夏休みという日の朝。


いつものように電車を降りて改札を抜けると


少し前を歩いていたヒーローが定期入れを落とした。


制服の内ポケットに入れようとして落としたらしい。


しかも彼は落とした事に気付かないままスタスタと歩いていった。




「あ・・・ちょ・・・っ・・・」


私は呼び止めようとしたけれど、まさかここで“ヒーローさん”なんて


呼べるはずもなく、とりあえず定期入れを拾った。


私が顔をあげて再びヒーローの姿を目で追おうとした時には、


もうその姿はなく、すっかり見失ってしまった。


「あ、あれ・・・?」




どうしよう・・・。




私は自分の手の中にある定期入れをじっと見た。


きれいな水色の定期入れ。


爽やかな印象を与えるその色は私が“ヒーロー”に抱いた


第一印象のイメージとぴったりだった。


そっと中身を見てみると、Suicaと学生証が入っていた。




学生証の写真は今のヒーローよりも少しだけ幼くて、


おそらく中学を卒業して高校に入る前に撮った写真なんだろう・・・と


予測できた。




名前は・・・窪田遼太郎。




私はこの時初めて片想いの相手のフルネームを知った。


そして、学校も学年もこの時わかった。




都立H高。




私が通っている女子高の兄妹校の男子校だ。


理事長が同じでその昔は共学校だったけど、なぜか男子校と女子校に分かれた。


だから私の高校のすぐ近くにH高はあったりする。


学年は私と同じ2年生。




・・・届けたほうがいいのかな?




学生証も入っているし、なにより明日から夏休みに入る。


Suicaと学生証がないといろいろ困るかもしれない。


私は定期入れを届けに彼の通うH高に向かって歩き始めた。






H高の正門の近くまで来るとさすがに周りは男子ばっかりになった。


歩いている女の子は私一人。


一瞬、来るんじゃなかったかな・・・なんて思ったけど、


ここまで来て引き返すわけにも行かない。




私は少し足早に正門の前まで行き、


登校してくる生徒に「おはよう。」と声を掛けている先生に近づいた。




「あ、あのー・・・」




「ん?何?」


上下ジャージを着た、いかにも体育会系の男の先生。


スラッと伸びた長身のその先生は、私の姿を認めると


優しい口調で返事をしてくれた。




「え・・・と、これ・・・駅で拾ったんですけど・・・」


私はヒーロー・・・もとい、窪田くんの定期入れを先生に差し出した。




「定期入れ?」




「はい、・・・あの、それで中を見させてもらったら


 ここに通ってる人だったので・・・」




「あ、ホントだ。」


男性教師は私から定期入れを受け取ると、中にある学生証を見た。




「窪田なら、ちょうど俺が受け持ってるクラスの生徒だから、


 渡しておくよ。」


どうやら窪田くんの担任だったようだ。




「あ、はい・・・それじゃ、お願いします。」




「・・・っと、名前・・・聞いていいかな?」


逃げるように踵を返した私を慌てて先生が呼び止めた。




「えと・・・坂本璃桜です・・・。」




「坂本璃桜さんね。じゃ、ちゃんと伝えておくから・・・ありがとね。」


男性教師はそう言うと私に柔らかい笑みを向けてくれた。

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