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火焔の章 鬼切部 ~禿山~ 1

 小松柵に至ると、あいかわらず家任が良照の留守を守っていた。

 今回は先を急ぐ道行きであったため、またもここは挨拶だけして素通りした。


 磐井郡から衣川関を越えて膽澤郡へと入ると、街道の様子が変わった。


 道行く人影は見えなくなり、十里(約五~六粁米きろめーとる)毎に馬がつながれ、兵が待機していた。


「やあ。わしらは、安太夫殿のところへ伺う途中なのだが、ここでおぬしらは何をしておるのだ?」

 永衡が、つながれた馬のそばに建てられた、屋根をかけただけの簡素な小屋にじっと座っている小柄な兵に声をかけた。

「ごくろうさまでごぜえやす。べつだん、なにをしているつーわけでもねえけんども、おらはここでじっとまっているだけでごぜえやす。」

 するとおとこは、日に焼けた上に無精髭ぶしょうひげだらけの真っ黒な顔をあげて、のんびりとした口調で答えた。

「何を待っているのだ?」

 永衡がおとこの隣に座りながら聞いた。

「んだから、てまえのもんが馬にのってここさ駆けてきて、おそわったことをわしにつげるべ。したら、わしはこの馬さのって、つぎのもんのところさ駆けてって、おなじことをつげるんだあ。」

 おとこは、身振りを加えながら答える。


「なるほど。こうすれば、馬も疲れることなく、すみやかに遠方の様子を伝えることができるということか・・・。」


 経清はあまりの驚きに絶句していた。


『なんというからくりをつくり上げておるのだ、安倍氏あのものたちは・・・。』



 膽澤鎮守府の巨大な外郭南門が見えてくると、その光景に経清と永衡はどこか懐かしさをおぼえていた。

 城下の賑わいはあいかわらずであった。

 異国の賈人も見かける。


 もうすぐ四月の更衣こうい(一日)を迎えるというのに、膽澤の地はまだ肌寒かった。


 南門の巨木で造られた門柱の脇に、三つの小さな人影があった。


「経清、あれは頼良様の・・・。」

 永衡が目で指し示す。


「有加殿・・・。」

 言われて経清が目線を向けると、三つの小さな人影は、二人に向かってしとやかにゆうをした。



「経清様、永衡様、お待ちしておりました。遠路ご苦労様でございました。」

 二人が目の前に来ると、そう言って有加は少し膝を曲げて一礼した。

 中加と一加も姉にならって、膝を曲げ一礼する。

 妹ふたりの髪もだいぶ伸び、中加はすでに腰を越えていた。

 三月みつき程度しか経たぬあいだに、ずいぶんと大人びた姉妹を目の前にして、経清らは目をしばたいた。

「ひ、久方ひさかたぶりでございます。お三かたとも恙無つつがないようで、何よりでございました。」

 経清はあたふたと、礼を返しながら応えた。

「なぜ、われらが今時分いまじぶんに到着することが分かったのだ?」

 永衡が、いぶかしげに中加に向かって尋ねた。

「五郎兄様がもう着く頃だと教えてくれたのです。」

 答えようとする中加の横から、満面の笑みで一加が口を挟む。

今朝けさほど到着した伝え馬が、永衡様たちがちょうど大麻生野柵おおあそうのさくを越えられたと告げたので、頃合いかと。」

 中加は一瞬、妹をにらみつけてから、永衡に答えた。

「おお、そういえばその伝え馬の一人に途中で会いました。そういうことでしたか。」

 永衡は、二人の様子に苦笑した。

「過日のあのおりは、大変有難うございました。これから忙しくなられるかと思い、その前にひと言お礼を申し上げたく、こうしてお待ちしておりました。」

 有加が、経清と永衡の顔を交互に見て言った。

「父が首を長くしてお二人をお待ちしております。どうぞこちらへ。」

 続けて言いながら、有加ら三人が経清らを先導し始める。

「頼良殿がわれらを待っておられた・・・。あ、お待ちくだされ。」

 すっかり鎮守府へ訪れた用向きを、忘れかけていた経清は、慌てて姉妹のあとを永衡と共に追った。



「三郎兄様、経清様と永衡様がお着きになられました。」

 正殿の入り口で背を向けて立っていた漢に、有加が声をかけた。


「おお、よくぞ参られた。朝賀以来でございますな。」

 振り向いた宗任が、笑顔で二人を迎えた。

「さ、こちらへ上がられよ。父がお待ちです。」

 頭を下げる二人を殿上へいざなった。

「ではまた後ほど。」

 有加らも二人に一礼し、その場を去った。


 やや薄暗い正殿内に、龍眼の安倍頼良をはじめ良照ら懐かしい顔が並んでいた。


 その中に、見知らぬ漢が一人いる。


 経清らは殿上を進み、頼良の前に出ると、座して言った。

「安太夫殿、お久しぶりでございます。過日は、心行き届いたもてなし、あらためて御礼申し上げる。」

 二人は手をついて一礼した。

「かたくるしい挨拶はなしだ。散位殿らも息災のようでなにより。遠路疲れたであろう。すぐに宴の支度したくができるゆえ、しばし待たれよ。」

 頼良は、柔らかな笑顔で言った。


---すると、あの見知らぬ漢が咳払いをした。


「おお、そうであった。お二人は初めてであったな。この漢は清原光頼殿の弟御、武則殿の三男、荒川三郎武衡殿だ。以後よろしく頼む。」


頼良は、ややわざとらしく武衡を二人に引き合わせた。


「武衡殿、こちらの二人は、散位藤原経清殿と伊具郡司平永衡殿だ。こたびは、われらに加勢して頂けるとのことゆえ、よろしく頼む。」


 頼良がそう言うと、経清と永衡は揃って武衡に一礼した。

「ここで散位殿にお会い出来るとは、光栄にございます。お噂はかねがね聞きおよんでおります。以後お見知りおきを。」

 武衡は永衡を無視し、経清に顔を向け一礼すると、下げた顔でにやりと小さく笑った。


 上背うわぜいはあまり高くなく、やや華奢きゃしゃで、顔色が悪いのが印象的であった。



 これが・・・のちに、経清にとって大きな関わりをもつ漢との最初の出会いであった。

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