白銀の章 阿久利川 ~蛇田山~1
その日、衣川の安倍館に、元気な赤児の産声が響いた。
衣川じゅうに響き渡るかのような、泣き声の主は、珠のような男児であった。
その児をとりあげた産婆が、産屋の外で落ち着きなく右往左往していた漢に声をかけた。
「権大夫さま、元気な男子でございます。」
「おお、おお、そうか!ようやった、ようやったぞ有加!!」
それを聞いた経清は、大事を成し遂げた自分の妻に声をかけた。
「はよう、我が息子を見せてくれ!」
産後の穢を避けるために、あと七日間は室にも入れぬし、妻とも会えない。
経清は、たまらず産婆に催促する。
「そなたが安倍と藤原をつなぐ男子か?よくぞこの世に生を受けてくれた。すでにお前の名は考えてあるぞ。千寿丸じゃ。どうだ、よい名であろう。わっ、は、は、は、は。」
経清は、産婆から産着を着せられた我が子を受け取ると、そう言って大笑した。
この珠のような男児が、のちの奥州藤原氏百年の栄華の礎を築くことになる、藤原清衡その人であった。
この年(天喜四年(一〇五六年))の春の徐目で、任期満了となる源頼義の後任に、藤原良綱が新たな陸奥守に決まった。
頼義は、引継ぎなどの残務処理のため、陸奥権守の藤原説貞を伴って、膽澤鎮守府へと向かった。
説貞は当初、息子の光貞、元貞の二人の兄弟を連れて行こうとしていたが、説貞のもとへ娘が来て自分も連れて行くように強請った。
説貞は、『公務で行くのであって、遊びに行くのではない。』と諭したが、彼女は一向に聞き入れなかった。
『では、なぜゆえに同行したいのか?』と問えば、言葉を濁してただ強請るばかりであった。
ゆえに説貞は、仕方なくそれを許したのだった。




