~小鏑山~ 10
繁成、貞成親子が率いる千五百の軍勢が陣を出て、おびただしい数の登任軍の兵の骸が転がる場所へ到達すると、草むらの向こうから声が聞こえた。
「せっかく差し上げた陣を出て、どちらへ行かれるのかな?城介殿。」
草陰から大きな騎影が立ち上がる。
青毛の巨大な馬、黒漆に金糸の刺繍、熊のような巨体、貞任であった。
「貞任!」
貞成が、父を守るように刀を構えて一歩前に出た。
すると、貞任の周りに複数の騎影が立ち上がる。
宗任、正任、則任ら安倍兄弟であった。
「陸奥守様は、すでに国府へ戻られました。そこ元も疾く、雄勝城へ戻られるが良かろう。」
貞任がそう言い放つと、四人は同時に哄笑した。
「ぐ、愚弄する気か!」
繁成が、拳を握りしめて睨みつける。
それを合図に、繁成軍を取り囲むように騎馬軍団が姿を現した。
みな弓を構えている。
「くっ。ま、まずい・・・。ひけ、引け~い!」
貞成は、繁成を庇いながら、後退を命じる。
「うぬぅ・・・・。」
繁成は、貞任を睨みつけながら、周りのものに引きずられるように、後方へと消えていった。
「この地に、これ以上長居をされてもかなわぬ。国境までお見送りせよ。」
貞任は弟らに命じると、馬首を転じて歩き出した。
「散位殿、永衡殿、こたびのご助力誠に有難うございました。衷心より、御礼申し上げる。」
貞任は、二人の前まで来ると、そう言って馬上で深々と頭を下げた。
それを見た経清は、永衡と顔を見合わせたのち手を振って応えた。
「道理の通らぬ理不尽に、加担しとうなかっただけでございます。何よりこの地は、父祖の頃より縁の深き所。心持ちは、皆様と近きところにあるのです。」
そう言って、二人ともども馬上で返礼した。
繁成の軍は、一旦は久保田の陣と若神子原の陣、大森山の陣でそれぞれ抵抗を試みたが、安倍軍の追撃に抗することが出来ず、最後には兵力を五百以下まで減らして、出羽へと敗走していった。
結局、陸奥守、秋田城介連合軍は、一万近い兵力を注ぎ込みながら、度重なる安倍側の策の前に無残にも敗退したのであった。
当然、私戦であるこのいくさの詳細は、朝廷に上げられることはなかった。
ただ、安倍氏の専横と、それを諌めようと軍を発したものの、逆に抵抗されて相応の損害を被ったとだけ上奏された。
これを受けて朝廷では、陸奥守と秋田城介の処分と今後の対応が評議されることになった。




