2話-転校生になった親友-
今回で日常回はおわりです。次話からシリアス展開に突入します
「あのぉ〜、お聞きしたいことがあるんですけど、いいですか?」
机でうつ伏せになって寝ていると、ちょんちょんと背中を突かれる感触があり目が醒める。
寝ている俺に話しかけてくるということは隣の席の佐藤くんか親友の優宇だろう。だが佐藤くんは今日宝くじで6億円が当たったとかで休みらしい。よって声の主は優宇だろう。
次こそは優宇宙が音付きで写真を撮ってくれるという事に期待し俺は狸寝入りをした。
「あのぉ〜、他に人がいないので起きてくれるととても助かるのですが…」
声の主は俺の背中をちょんちょんと突き続けながら俺に声をかける。
にしても今日の優宇はいつも以上に可愛いらしい声だな。ヘリウムガスでも吸ったのだろうか。
「あのぉ、これ以上起きないなら私あなたの写真を撮ってTwitterに晒しますよ。『この人に痴漢されました』って文章付きで」
むむ、今回のはキツイぞ。
『17歳少年、同級生男子に痴漢』という記事で文秋に載り、そのあと俺と優宇のLINEのやりとりが全国に晒されてしまうかもしれない。あれは一般人が見たらドン引きな内容だろう。
「それはダメだ、優宇!俺だけでなくお前の人生まで終わってしまうぞ!」
「you??あ、起きてくれたんですね。良かったあ〜、おはようございます!」
上半身を起こし愛おしい机から離れ優宇の方に視線を向けると、女子用の制服を着て腰らへんまである長い髪のカツラを被り女装した優宇の姿があった。
別人かと一瞬思ったが俺に話しかけてくるのは優宇ぐらいだしこいつは優宇なんだろう。
「優宇、お前女装に目覚めたのか…。だがよく似合っているそのクオリティならそっちの業界でも生きていけるはずだ、俺は応援するぞ」
「え、ありがとうございます…。よくわからないですけれど嬉しいです」
少し顔を赤らめ照れた様子で言う優宇。何か少し色気を感じドキドキしてしまう。
「んじゃ話も区切りが良いしそろそろ帰ろうぜ。」
横から鞄を取り教室から出ようとした俺を優宇が制服の袖を引っ張り、止めた。
「いえいえ、まだ帰ってはダメですよ。授業中です」
ん?なんだと、授業が終わる前に俺を起こしたというのか。なんてことをしてくれたんだ優宇。
「なんだ、終わってないのか…。んじゃ俺はもう少し寝るから終わったら起こしてくれ。」
俺は優宇に手を振りながら机に戻り、うつ伏せになろうとすると机と俺の顔の間に優宇が両手を突っ込んで制止してきた。
「ダメです!せっかく起きたんだから私を化学の授業が行われている教室まで連れて行ってください!」
俺の机をバンッと叩き少し強めの声で言った。
「化学の授業?そんなの化学室でやってるだろ?いつも通り1人で行ってきなさい、俺はここで待っているから」
「その化学室が何処か案内して下さいと言っているんです。この学校は教室の見取り図がないので私1人では行けないんです…」
「いやいや優宇よ、2年も通ってるんだ。化学室なんて見取り図なんか無くともいけるだろう」
「いえ2年も通ってません。今日転校して来たばかりです、朝礼の時に自己紹介しましたが、【一ノ瀬 彩音】と申します。以後お見知り置きを。」
優宇はぺこりとお辞儀をして自己紹介をしてきた。
ふむ、女として生きていくと決めたから名前も変え、今日から全く別の人間として生きていくという訳か。だから教室もわからないと…。
「なるほど、優宇…いや彩音、お前の言いたいことはわかった」
うんうんと俺は優宇の言う事を理解し頷く。
姿が変わっても俺の親友だ。できる限りの事をしてやるのが俺の役目だろう。
「よし!彩音、お前さんの初めての移動教室だ、最高の門出にしてやる!この二階堂歩に全て任せろ!」
「お!やる気になってくれたんだね!」
満面の笑みで彩音はよろしくお願いしますと続けた。
格好は変わったかもしれないが馴れ親しんだ良い笑顔だった――
×××
「バンザーイ!バンザーイ!彩音、移動教室、バンザーイ!初めての移動教室、バンザーイ!!」
「え、ちょ……あの…二階堂くん…これは、その…恥ずかしいんですけど…やめてぇ…。」
俺は彩音の初めての移動教室を祝おうと万歳をしながら歩くことにした。
俺の声で彩音の声がかき消されて彩音が何を言っているかはわからないが、顔も赤いし相当喜んでいるであろうことはわかる。
「そうだ彩音、もっとお前さんを応援してくれる人を増やそう、そうすればもっとお前の門出にふさわしくなるぞ。」
「え、え、いやいやこれ恥ずかしいから嫌なんだって!知らない人にまでやられるなんて本当恥ずかしいからやめようよ!」
ふふっ、これがフリというやつなのだろう。嫌だよ嫌だよという事は〈やれ〉ということだ。
「おい、そこの少年達、この方が化学室につくまで万歳をしてくれないか?」
俺は廊下にいた6人組の男子グループに声をかけた。
「え、俺らっすか?ちょいちょい勘弁してくださいよ。嫌っすよそんな恥ずかしいこと、その女のこと知らねえし。」
ふむ、ごもっともなご意見だ。ならば祝わせてやる理由を与えてやるか。
「おい少年達、この方は西園寺家のご令嬢だ。ここで恩を売っておけば将来職に困ることはないだろう。」
優宇…彩音の家はこの辺では有名な資産家だ。
「おいまじかよ、西園寺家の人間だってよ。」
「西園寺は確か男の人だって聞いてるけど、女の子だったかな…。」
「まあまあ廊下で万歳してる付き人連れてるのなんて金持ちぐらいだろう。きっと西園寺家の人で間違いないって。」
「うーん…まあそうか、それじゃお前ら万歳するって方向でいいな?」
異議なしと、そのグループから声が上がった。どうやら万歳に賛同してくれたようだ。
「よし、では同じ志を持った者同士、化学室までよろしく頼むぞ。いくぞ!少年達!!」
「「うぉーーー!!!バンザーイ!!バンザーイ!!彩音様!バンザーーーイ!!!!」」
そのあと少年達は約束通り化学室まで万歳してくれた。共に廊下で1人の女性を応援した俺達には何か熱い友情のような物を感じた。
途中どこからか『死にたい…』という声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
×××
「に、二階堂…遂に克服したんだな…。2年もかかったが遂に化学室への恐怖に打ち勝って、ここに来れるようになったんだな…先生はとても嬉しいぞ!」
化学室に入ると先生や何人かの生徒が俺の名前を口にしながら泣いていたが、そんな事を気にしている程今の俺の頭には余裕がない。目の前に女装していない優宇がいるからだ。
「お前…優宇なのか…?」
俺は目の前にいる優宇っぽい人に声をかけた。
「うん、僕は優宇だけど…いきなりどうしたって言うんだい歩?」
なんとこの優宇っぽい人物、迷わず自分を優宇だと言いやがった。こうなるとこいつが優宇の可能性は高いな。
「お前が優宇だとすると、俺の隣にいるこの人は誰なんだ?」
「その人は一ノ瀬さんでしょ?今朝転校してきて自己紹介してくれたばかりじゃないか。」
「え、彩音まじでお前さん転校生だったの?」
「二階堂くん…今まで信じてくれていなかったんですか…。ショックです…。」
これは悪い事をしたな。女装した優宇ではなく本当に転校生の方だったとは。
でも転校生の紹介なんてあっただろうか、そんなものがあれば流石の俺も気がつく様な気がするが…隣の席の佐藤くんが6億円当てたという衝撃で忘れてしまっただけだろうか。
「いやはやこれは悪いことをした、俺はてっきり友達の優宇が女装したと思っていたんだ。申し訳ないな。」
「なるほど、優宇というのはお友達の名前だったんですね。人をyou呼びする方なのかと思っていました。」
納得納得と謎が解けたのか彩音は嬉しそうだった。
「では改めて自己紹介させて頂きますね、私は一ノ瀬 彩音 好きな食べ物は福神漬けです!今日この学校に転校してきました、これからよろしくお願いしますね!」
と笑顔で彩音は自己紹介してくれた。見慣れたとても良い笑顔だった――
主人公のキャラがブレブレで反省してる今日この頃。
補足しとくと、歩が化学室入った時泣いた人がいるのは優宇がクラスメイト達に『歩が化学室に入れない感動的な話』をしていたせいです。
本当は彩音の話はササッと終わらせてあらすじの所に入ろうと思ったのですがまあまあ大切なキャラなので1話分使いきりました。
もっと長く書こうかなとも思ったのですが1話3000字が良いと書いてあったのでキリもいいしここで終わりました。次回シリアス展開入ります。よろしくお願いします