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Chapter 1. 少年、入学する - 6

「行きます」

父親はシャンをジッと見つめた。

「ああ、行くがいい。可愛い子ほど旅をさせろってな」

次男エロンがメガネを直しつつ言った。

「そのような学校へ送るにはまだ幼すぎませんか? 私の職権を使って皇室に上奏し撤回を……」

しかし父親はエロンの言葉を遮った。

「俺はあの歳でソードマスターとなった。お前は双剣を自在に操っていた」

「それがこの家では当たり前でしょう? でもこの子は……!」

その言葉にシャンは静かに目を閉じた。後に繋がる言葉をすでに知っているのか、耳を塞ぎたいと訴えるような表情だった。しかしエロンの言葉は冷たい匕首のように突き刺さった。

「この子は違うではありませんか」

シャンの心を読み取ってか父親が代わりに怒りをあらわにした。

「いつまでシャンをカタワ扱いするつもりだ!」

「誰がいつ、そんな風に扱ったというんです? 剣もまともに振るえない子じゃないですか。この子が、この子がどんな人生を歩んできたかご存知でしょう」

「その口、つぐむがいい」

そう言い放ち父親は腰元の剣をほどいた。シャンは目を見開いた。

「父さん、そ、それは家宝の……」

「アルテリオンソードだ。持って行け。この剣には魔法を打ち破る力があるのだ。お前がたとえマナを扱えなくとも、お前に強大な不運が訪れようとも、それでも一度ぐらいは、そう、一度ぐらいはお前を救うだろう」

アルテリオンソード、ドラゴンスレイヤー。かつて龍神を倒し、その骨で作った剣だ。この剣は父親の生命であり誇りだった。その重圧感にシャンは首を振った。

「受け取れません、父さん」

「貸してやるというのだ。だから必ず返しにくるように。いいな?」

剣は思ったより軽かった。しかしシャンの心を押しつぶすその重圧は決して軽くなかった。父親が言った。

「直接、その手で返しにくるのだ。5年だろうが10年だろうが、俺はここで待っているからな」

アルテリオンソード。現存するドラゴンスレイヤーのうちの5番目の剣。

龍神はただのドラゴンではなかった。過去、神魔大戦のとき魔王と大天使長を相手に戦える存在だった。その龍神の骨でのみ作れるものだった。数万年を生き、途方もない知識と神の権能を持った至高の存在を、惰弱な人間が倒すことなど到底不可能だ。しかしアルテリオン家の先祖はそれを成し遂げ、その証拠は子孫へ代々受け継がれた。

そんなアルテリオンソードを手にするというのは大きな意味を持った。家主にのみ伝授され、家主にのみその使用が許される。

アルテリオン家で剣は即ち、生命。

「受け取れません、父さん」

「お前をこのまま送り出しては妻に、お前の母親に申し訳が立たぬからだよ、息子よ。こうでもしなければ言い訳すら出来ぬ」

次男エロンが言った。

「そこまで心配なら送り出さなければいいでしょう!」

その言葉に父親の皺はより深く刻まれた。

「だから子育てというのはこの世で一番大変だというのだよ、息子よ」

「……」

シャンは視線を落とした。ユキウサギのような頬が赤く染まった。少しでも感情が高ぶるとこうやってすぐ表に出てしまう自分の容姿がことさら嫌だった。父親はそんなシャンの頭を優しくなでた。

「ああ、俺にも分かるよ」

子供には等しく愛情を注いでいるとはいえ、目に入れても痛くないのはシャンだった。一生をかけて愛した妻に一番似ている子だった。こんなむさ苦しい一家からどうしてこんな息子が生まれたのか不思議だと彼は常々思っていた。

シャンが口を開いた。

「許していただいてありがとうございます、父さん……」

こんなときぐらいパパと呼んでくれてもよさそうなものを。その美貌で愛嬌を振り撒くことは決してなかった。

そのとき学者が咳払いをした。シャンを除く4人の父子は冷ややかに彼を睨んだ。

泣く子も黙るソードマスター級の男4人に突き刺さるような視線を受けて学者は寿命が縮む思いだった。彼は喉をグビリと鳴らした。

次男エロンは待ちきれずに訊いた。

「何です?」

「あの、その……入学式ですが」

「それが何か?」

「ら、ら、来週です」

「あぁ?」

「ら、来週なのです」

「あぁ?」

「れ、列車は3日後……ですからすぐにでも発たないと……」

エロンが振り向いた。そして明るく笑いシャンを肩に担いだ。

「シャン様、3日だけ家で俺たちとお遊び下さい」

父親は静かにエロンの首根っこをグイッと掴んでにこやかに笑った。

「はっはっは、息子よ。この父の言葉が今までお前にちゃんと伝わってなかったようだな」

エロンは冷や汗を流しながら言った。

「あっはっは、冗談ですよ。父さん。冗談ですってば」

「そうか、そういうことで3日間はこの父と遊ぼうではないか。楽しくな」

エロンの顔が真っ青になった。長男リオと三男アルゴはエロンに深く同情した。

こうして12歳にして少年はついに出師の表を得た。


6.


早朝、シャンは寝床から起き上がった。昔からそうだった。少年は家族の中で最も早く目覚め、稽古の時間もいつも早かった。当然だろう、少しでも無理をしている感づかれたら兄たちは寄ってたかって邸内へ引きずり込むだろうから。

まだ夜明け前とあって世界は暗い光に染まっていた。息を吐くと白い吐息が藍色の空気の下に広がった。

シャンは基礎運動を終えて木刀を手にした。

稽古というほどのものでもなかった。簡単な上段斬りを日の出まで繰り返すだけだった。それでもシャンの上達は遅く、体力もほとんど伸びなかった。それもそのはず、剣を扱えない剣士はボウガンを持った一般人よりも劣るものだ。

父親が言っていた。

『いつまでカタワ扱いするのか』

シャンは首を振った。彼がいつも気にしていた問題だった。兄たちはいつも彼に同情した。末っ子として身に余る愛情を注がれてきたが、武人としては最悪の扱いをされていたのだ。

同情は甘い悲惨さをもっていつもシャンを押しつぶした。

あんな身体で何が出来る、俺たちが守らなきゃならない。

だから一生、家の中で……。

シャンは黙々と剣を振るった。素質がないということも知っていた。体力が足りないことも知っていた。でもそれが武人とカタワを分ける基準ではなかった。いつも気持ちだけは誰にも負けなかったのだから。

息が上がってきた。腕がしびれてきた。毎日同じ稽古をしても筋肉は付かなかった。不思議なことだったが治療師は単に体質だと一蹴した。

そんな答えが、あっていいものか。

シャンは木刀を投げ捨てた。

木刀が壁に跳ね返った。シャンは息をのんでペタンと座り込んだ。

澄んだ空気が気持ちよく胸の中へ入ってきた。シャンは黙ってアルテリオンソードを腰に付けた。人々はドラゴンスレイヤーを最強の剣と呼んだ。

ドラゴンスレイヤーは幻想を打ち破る剣だ。この剣にかかれば、どんな魔法だろうと、どんな幻術だろうと、打ち消す。

それこそ異能を斬りし剣だ。

そして、自分が選んだ者でなければ握ることすらできない。

例えばアルテリオンソードは父親は使えるが、長男や次男、三男は使えない。選ばれなかった者が触れると、火花を発して火傷を負わせる。

アルテリオンソードを握れる条件は、アルテリオンの血を受け継いだ家主でなくてはならない。もしくは、アルテリオン家の血を受け継いだ5歳以下の乳児なら可能だ。また、剣が相手を武人として認識しなければ可能でもあった。剣を握ったところで、どうせ扱えないのなら無意味なのだから。


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