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Chapter 1. 少年、入学する - 4

シャンがカイに言葉を教えようと熱中している間、父親と兄たちは相変わらず彼の将来について論議した。学者はその都度呼び出されて意見を出し、結論として「どうにかならないものか」というものであった。学者は口を開いた。

「すでに刻印の済んだ竜の主人はドラゴンナイトやドラゴンメイジとなる定めです。運良く公務員への道が拓かれたりもしますが、カイの存在力を鑑みるにそのような所へ収まる器ではありますまい」

ドラゴンナイト、ドラゴンメイジ。

竜との縁は稀有だ。しかしこの家門では普通の騎士や魔法使いが夢見るポジションを縁起でもないものと捉えてしまっていた。今この瞬間もその座を目指して命をかける少年少女が五万といるのに、この家族ときたら「息子さんは悪い友達と仲良くなりました」ぐらいにしか受け取っていない。

リオが叫んだ。

「父さん! いけません。こんなつらい仕事にシャンは耐えられません!」

次男エロンがメガネをクイと押し上げながら言った。

「私の分析によれば、そのような教育を受けるためには少なくとも10年は家を出ていなければならないという結論に達しました。そのような行為はか弱いシャンにとって……」

父親は眉間を狭めながらイラついた声で話した。

「二人とも、髪の毛よりか細い俺の忍耐力を試す覚悟で出しゃばっているのであれば」

二人はごくりと息をのんだ。

「とっととその口をつぐんで引っ込んでおるがいい」

その言葉を聞くや否や二人は床に這いつくばって額をこすりつけんばかりに謝った。

「も、申し訳ありません父さん!」

「差し出がましい真似をしました」

父親は二人をゴキブリを見るかのように一瞥し、パイプに火をつけた。そして黙ったままの三男アルゴに訊いた。

「お前はなぜ黙っている?」

「気にせんといてや。高みの見物決め込んでんやから」

「ったく、その変な言い方は何とかならんのか」

「折角だから、俺ぁシャンがやりたいようにさせるほうに賭けまっせ」

「……」

幼い頃から見込みのない奴だったが、実際突拍子のなさでは群を抜いていた。もしシャンが嫌がったなら、真っ先にシャンをおぶって海外へ逃げるような奴だった。

紫煙をくゆらせながら父親が訊いた。

「シャンはマナを身につけられません。死の境目を幾度と行き来したせいか身体のバランスが乱れまくってますし、しかもどういうことかあの子は妙なことに……」

父親は言葉が続かなかった。しかし学者も知っていた。いや、この邸内に少しでも留まっていれば誰でも気づくことだった。シャンの奇異なる体質については……。

「あの子にドラゴンメイジやドラゴンナイトが務まりますかな」

「どちらも竜の魔力を引き出して使います。竜の力量によって能力も左右されますが、可能でありましょうぞ。もし才能があれば一般人よりもより……」

「……いや、そういう難しいことではなく、つまりですな! あの子がイッパシの人間として生きていけるかどうか、ということです」

彼の声は哀れみを帯びていた。学者は視線を落とした。


同じ時間。シャンはカイをなでていたが、カイが眠りこけるとその場から立ち上がった。そして静かに引き出しから日記を取り出した。

幼い頃から付けている日記帳にはシャンのその日の日課がビッシリ書かれている。嬉しかったことは赤いインクで、嫌なことは黒のインクで記している。

そして特別に嬉しかったことがあると日付の下にアンダーラインを引くのだが、5本線を最高としていた。しかし残念なことにシャンの日記帳にはいつも不吉な黒い文字ばかりが連なっていた。

それでも時々赤いインクを使うこともあった。昼食に好物が出されたときとか、花壇で育てていた木がついに花を咲かせたときとか、滅多にしか顔を見れない2番目の兄や3番目の兄が帰ってきたときとか。

小さい頃は本当に悪鬼に取り憑かれたのではないかと神官の元を足しげく通ったり、宗教に帰依しようとしたりもした。しかしよりによって彼の通っていた神殿が火災に見舞われその試みも終わらせざるを得なかった。

それでも慣れれば平気だった。慣れて、慣れて、そして慎重に行動すれば辛くはなかった。

とは言え、状況が良くなったわけではなかったが……。

シャンは赤いインクを浸してゆっくりと4本線を引いた。5本線は本当に重要な出来事があったときのために取っておくつもりだった。シャンの日記帳に5本線が引かれたことは1回だけあった。

3番目の兄があの貴重な帝国百科事典全30巻を首都から空輸してきたとき。

ハードカバーに800ページ以上の厚さを誇る、人間を撲殺できるほどの本だった。12年に一度編纂され50部しか刷られない代物だ。

一般人はお目にかかることすら難しく、学者や帝国の首都図書館、皇室図書室でやっと見れるほど貴重なものを、どんな手を使ったのか全巻手に入れてきたのだ。

シャンはその日の夜、ためらい無く5本線を引いた。

今も昔も、5本線が引かれたのはその一日のみ。

シャンは日記帳を閉じて書斎の整理を始めた。

この邸内で本を読むような人間はシャンだけだった。それでも本当に本は大量にあった。旅好きの家族が旅先で買い求めた本が1冊2冊と積まれていき、やがて部屋ひとつを埋め尽くすほどになった。

古書などは手入れする人もなくホコリをかぶっていた。シャンは窓を開けて換気しようとした。

その瞬間、突風が窓から吹き付けてきた。シャンは慌てて窓を閉めた。窓が吸い込まれるように閉じられとてつもない音を立てた。

バンッ!

そのときチャンは危険を直感して後ろを振り返った。本が、5本線を引くキッカケとなった800ページのハードカバー百科事典全30巻がシャンの頭上めがけて雪崩落ちてきた。

「……!」

カイがふと目覚めて驚きの声を上げた。

「ママ!」


書斎の方から轟音が聞こえた。父親は書斎へ駆けつけた。家率たちは悲鳴を上げた。シャンが本の下に埋もれていた。普段なら単なる本の落下に過ぎなかった。問題は、その本がよりによって百科事典だったということだ。どういうわけか本棚まで倒れていた。リオが叫んだ。

「シャアアアアアアン!」

三男アルゴは原因が自分のプレゼントした百科事典だと言うことを知り唇を噛んだ。この邸内ではこのような出来事のくり返しだった。ごく当然な日常だった。リオは気合いを込めて桐造りの本棚を丸ごと持ち上げた。父親は埋もれているシャンに向かって小走りに近づいた。

本の隙間から白く細い腕が見えた。父親は腕を引っ張り息子の小さな身体を抱き寄せた。

「運命を変えるのが、本当に可能だとおっしゃいましたな?」

学者はうなずいた。

「運命は変わります。しかしそれは人のものでも、竜のものでもないと言われます」

騎士たちは戦争を控えるたびに自分の運命を占った。カメの甲羅を見たりカラスの腹を割いたりする。神官が神託を下すこともあった。しかしドラゴンナイトは違った。

彼らの運命は自分のものでもあり、竜のものでもあった。

ドラゴンメイジたちも神殿を詣でることはなかった。ドラゴンメイジは自分の竜を常に人間に化けさせる。竜は彼の召使いであり友であり伴侶であった。ドラゴンメイジたちは魔法使いたちには見れないこの世の裏側の真理を見る。彼らの目は人間の目でもあり、竜の目でもあった。

学者は言った。

「運命が変わって必ずしも幸せになるとは限りませぬ。むしろ悪くなることも……」

「とにかく変わることには違いは無かろう!」

シャンがこのような目に遭うことには思い当たりがあった。

武人は言い換えれば殺人者だった。他人を守るために武を習うとは言え、いつかは人の首を刎ねざるを得ない。そして武家とは血を流すことで栄誉を守る家門だ。その業が積み重なったのではないか、と。確かに武家ではとりわけ死産や白痴が多かった。

シャンは犠牲になったのではないか、と。

シャンがこのような目に遭うのは、実はこの愚父の業によるものではないか、と。

父親は気絶しているシャンを強く抱きしめた。

「大丈夫だ。息子よ、もう大丈夫だ」


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