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Chapter 1. 少年、入学する -3

「それはどういう意味です? 父さん」

「我がシャンを殴ろうとした、その左腕の拳がだ」

「……!」

「左腕に伝えよ。今すぐここへ来なければ、一生包帯でふん縛ってくれようと」

離れたリビングに居ながら、この部屋の様子をどうやって知ったんだろうか? しかも左腕で殴ろうとしたことまで。三男アルゴがふざけながら指で自分の両目とリオの目を順に示した。

『お見通しでっせ、兄貴!』

次いでリビングから再び声が響いた。

「アルゴ、お前もふざけてないでこちらへ来い。次は言葉では言わぬぞ」

「ひい、はい」

3人は皆部屋の外へ出た。父親は一言付け加えた。

「そこの学者先生もおいで下さい。お話しを伺いましょう」


3.


竜のヒナ、専門用語ではハッチリングと言う。

一度刻印された竜は元へ戻せない。それはまるで幼子に母親を取り替えろと命令するのと同じ理屈だ。一度の刻印は永遠のもの。従ってどんなことがあっても母親は替えられない。これは竜の本能だった。竜に乗って命を失った者は多い。しかしそんな竜は新たな主を求めることは無かった。自然へ帰るか、代理竜や乳母竜となってタマゴを産んだりタマゴを抱くといった生涯を送るのが関の山だ。

学者はそこまで語り、息を整えた。やがてシャンの父親が口を開いた。

「つまり、本当に方法はないと?」

「左様、竜が死なない限り」

リオが口を挟んだ。

「なら事は簡単だな。蒸し器に3分も突っ込んどけば済む事だ」

父親はひとまず息子の頭に拳を飛ばした。

ドゴッ。

「続けてください。これからシャンはどうなるのですか?」


***


大人たちが話し合っている声が部屋の外まで聞こえてきた。シャンは壁にもたれて竜のヒナを抱いた。陽は完全に沈んで闇が降りてきた。

「ママ?」

「シッ!」

シャンは視線を落として想いにふけっていた。月明かりがシャンの長いまつげに沿ってつややかに下りてくる。人々は言った。シャンの幸運はその美貌にすべて費やされたのではないかと。

3人の兄はかなりの好男子だが一度も可愛いことはなかった。歩み始めから木刀を振り回して遊ぶ一家なのに可愛い子などいるはずがなかった。普通の子供が可愛がられながらヨチヨチ歩く頃、3人の兄はすでに歩法まで身につけ山へ狩りに出掛けていたそうだ。

だから母親は余計に娘を望んだのかもしれない。しかし母親はシャンを産んでこの世を去った。本人があれほど望んだ娘として産まれられなかったことが残念ではあったが、その願望が込められたせいかシャンは少年でありながらどんな少女たちよりも美しかった。

そう、シャンはあくまで美しかった。ひたすら美しかった。

吐いた血が絶妙に喉に詰まり、そのせいで窒息しそうになったシャンを見て三男はカルチャーショックを受けたものだ。

『この世にこんなか弱い生き物がいたなんて!』

不運ばかりが続くシャンにとっては軽い風邪も大病に等しかった。噂に聞く名医にかからせても、そのとき限りだった。だから万事休すだった。それ以降、小児麻痺のような生死を彷徨うような病にも幾度と罹った。今のような健康体を得るまでには多くの紆余曲折があった。

兄たちの歪んだ愛情もそうして形成されていった。健康になった今でも兄たちはその当時と変わらない態度でシャンに接した。もし病にでも罹ったら、またあの頃のようになるのではないか、と。

「ママ」

竜のヒナはシャンの唇を舐めた。愛らしく見上げる目がネコのようだった。シャンは竜のヒナに語りかけた。

「お前をどうすればいいのかな」

生まれて初めて担った生命。こんな不運な自分にも訪れた初めてのチャンスだった。大事に接してあげたかった。


***


生まれたばかりの竜はとても敏感だった。言語と身の回りの物との関係について学ぶ時期だからだ。自分の母親だと認識したシャンを除いてはすべての人間を攻撃的に接したため学者はもちろん3人の兄も部屋へ入ることが出来なかった。

父の厳命のせいか長兄が再び部屋へ入ることは無かった。ただシャンがエサを与えるときにドアの隙間から竜のヒナを呪殺するかのように睨みつけるだけだった。

「蒸し器」

名前も決まってないのに竜のヒナのあだ名は「蒸し器」になった。いつか蒸し込んでやるという覚悟が込められたあだ名と言えよう。

おかげで長兄が現れるたびに竜のヒナは首にある膜を思い切り広げて威嚇的な鳴き声を発した。

キャオオウ。

怒ったコブラが発するそれと似ていた。長兄は子ヤギをドアの間から押し込んだ。

「ちっ、もう自分のことだと分かってやがる」

キャオオウ。

竜のヒナが泣こうが喚こうが、長兄の愚痴は留まることを知らなかった。いや、むしろそうしてくれるのを望んでいるようだった。竜が兄に向かって突進した瞬間、兄は待ってましたとばかりに竜のヒナの首を絞めるに違いない。

シャンは冷や汗をかきながらドアを閉めた。

長兄の姿が見えなくなってやっと竜のヒナは膜を大人しく畳んだ。その膜は興奮するたびに傘のように開くものだった。学者もその具体的な役割は知らないと言っていた。シャンは畳まれた膜をなでながら竜を落ち着かせた。生まれてから口にした物と言えば自分のタマゴの殻だけだった。ずいぶんと腹を空かせているに違いなかった。

シャンはぐるぐる巻きにされた子ヤギを見た。

メエエ。

子ヤギは愛らしいピンクの鼻をぴくぴくさせながら母ヤギを呼んでいるようだった。

「これってどう食べさせればいいんだろう。皮から剥いだほうがいいのかな」

大人たちが山で狩った獣を料理するとき、まず皮を剥いでいたことをぼんやりと思い出した。

そのとき、シャンの肩越しに竜が顔を覗かせた。

「ママ?」

食べてもいいのか?と訊いているようだった。

答えに詰まっている間、竜は子ヤギに襲いかかった。子ヤギは哀れな鳴き声を上げて暴れた。竜は本能の赴くままに柔らかな首に噛み付いて砕き、腹を割いて内蔵からガツガツ喰らい始めた。

シャンは見るに耐えられず目をそらせた。床は子ヤギの血にまみれている。竜は床に流れた血までペロペロと嘗め尽くすと、血だらけの鼻でシャンの胸元に顔をこすりつけた。竜のヒナの可愛さに騙されていたようだ。シャンはヒナとは言えど猛獣は猛獣だという事実に気づいた。

シャンは言った。

「名前をつけないと」

「なまえ? なまえ?」

「竜、名前、本当に蒸し器なんて呼ぶ訳にはいかないから」

シャンは考え込んだ末に口を開いた。

「カイ、ってどうだろう」

アルテリオン家の先祖に、カイという名を持つ人物がいた。双剣使いの女流剣士。その当時の言葉で「切り裂くもの」という意味だそうだ。

殻を引き裂いて出てきたのだからカイ、という考えで出したアイデアだった。竜のヒナはしばらく「カイ」「カイ」と繰り返した。やがて翼をはためかせながら「カイ!」と叫んだ。

気に入ったようだ。

名前だと言うことにすぐ気づいたところからすると、カイは思ったより知能が高いのかもしれない。シャンはドアに向かって家率たちに告げた。

「本を持ってきてもらえますか?」

メイドは床掃除の手を休めて訊いた。

「どんな本をお持ちしましょう?」

シャンの書斎にはあらゆる本が収められていた。虚弱なシャンをどうにかして家に留めようとする兄たちの想いがそのままカタチになったのだ。

「幼い子供にも読みやすいもので。絵のたくさん描かれた本でお願いします」

シャンの言葉にメイドは笑いながら答えた。

「はい、かしこまりました」


毎日小説の連載をしようとします。応援していただければ作家は元気になります。

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