奇数日の失態
何が起こったのか理解できなかった。これを僕がやったというのか。まさかそんな訳がない。だが周囲に人の姿は見当たらない。
「違和感の正体ってまさか……」
「えぇ、そうよ」
誰も居なかった筈の路地から突然女の声がする。
「だ、誰だ」
声がした方向と違う場所から一人の少女が現れた。
長く伸びた緑の黒髪に純白の肌、背は少し小さく見えるが大人びた雰囲気を漂わせていて可愛いと言うよりかは美しいと言った方が適切だろう。歳は僕と同じくらいかな。
「私はグレイ。世界を構築するもの」
「グレイ?構築?そんなことよりなんで君が僕の状態を知っているんだ」
「何故ならその力を与えたのは私だから」
聞きたいことがありすぎて頭の中で整理がつかない。
だいたい彼女と僕とは一切面識がないはずだ。
「やっぱりこれは僕がやったことなのか」
「今のは貴方の力の1%にも満たない」
「待ってくれ、だいたい僕は改造人間で最弱の男だし」
「ここ数日で大きなニュースがあったでしょう」
ここ数日で大きいニュースと考えると真っ先に昨日の出来事が浮かんだ。
「衛星の誕生だ。確か名前は……」
「ジャックよ」
「でもそれが僕の力と何の関係が?」
その後彼女、グレイは長々と俺が力を得ることになった経緯を語った。難しい単語だらけで何だかよく分からなかったが、簡潔にまとめると新衛星ジャックが放つ放射線に能力反転の副作用があるらしい。
つまり【勝ち組】の藤原は力を失い【負け組】の僕は強大な力を得たということだ。
話だけでは到底信じられないが今の僕には藤原を突き飛ばしたという事実がある。それに加えて彼女の話ぶりからは以前から僕がどんな人物なのか知っていたかのように窺える。
とりあえず今は彼女の言うことを鵜呑みにして話を続ける。
「なぁグレイさん、さっきから力を与えたのは君だって言ったり衛星によって力を得たって言ったり矛盾してないかな?」
「矛盾していない。私はジャックの化身。」
つまりジャック=グレイということなのか。衛星の化身が美少女って……。何だか本当に分からなくなってきたがもうそれでいい。
「ちなみにジャックというのは人間が命名したものだから本当の名前はグレイピアエスカレート」
「それで君の名がグレイという訳か」
「えぇ、そういうことよ」
待てよ、能力反転ということは最弱だった僕は今では最強ということじゃないか。これまで力の差に苦しんできたがもうそんな事は起こらない。【勝ち組】共め、お前らの時代はもう終わりだ。これから始まろうとしている下剋上に僕は胸を弾ませた。
「貴方がその力をどう使おうと勝手だけど一つだけ注意して欲しいことがあるの。それは」
あぁ、グレイが何か言っている。だが喜びに浸っている僕の耳にはその警告が届くことがなかった。
その日学校に藤原は来なかった。担任の教師が病院送りにされたという報告に僕以外の生徒は皆動揺の色を隠せなかった。特にクラスの【勝ち組】共はリーダー格の藤原の負傷に混乱したのか目立った悪事を働くことはなかった。
帰り道。こんなにも安心して帰ることができるのは久しぶりだ。もし【勝ち組】に絡まれたとしても何ら問題はない。何せ今の僕は最強なのだから。
誰も居ない家に帰りテレビをつけると【各地で謎の症状⁉︎疫病か?】とニュースで報じられていた。そこでは原因不明となっていたがまさか衛星によるものだと疑う者はいないだろう。だが人間の手に掛かればいずれは判明するだろうがそれまでは自分だけが知っているという優越感に浸っていよう。
今日あった出来事を振り返っているうちにあっという間に時が流れ気付けばもう11時を回ろうとしていた。
急いで風呂に入ってベッドに着いた頃には日が変わる直前であった。さっきまで感じていた違和感にもすっかり慣れた。明日は休日だ。以前まで休日といっても街に出れば冷や冷やしてろくに楽しむことが出来なかったが今は違う。野球道具見に行こうかな。
そんなことを考えているうちに時計の針が重なった。
「…………?」
また体に違和感を感じた。違和感というか少し懐かしい感覚である。昨日の違和感の正体は得た力である。ならば今回は何だ。そんな事はどうだっていい、今の僕には力がある。
僕はそのまま眼を閉じた。
翌日13日、僕は野球道具を見に出かけた。この力さえあればスタメンどころか、チームのエースすら確実だろう。
なけなしの金で新たなバットを購入して帰る途中の路地、松葉杖をついた男に出会った。藤原だ。何にかを引き連れて現れた藤原の顔は昨日の笑顔とは違い鬼のようで怒りが滲み出ていた。
「やぁ藤原。昨日はすまないね」
「…………殺せ」
今の僕は最強なんだ。こんな奴ら何も恐れることはない。一斉に襲いかかってきた奴らに僕はバットの包みを開け応戦しようとした。昨日は軽く振り払っただけで藤原は負傷した。ならば今の僕は鬼に金棒ではないか。
敵の一人めがけて軽くバットを振った。
「…………え」
「お前、舐めてんのか?」
僕が振ったバットがいともたやすく止められた。
次の瞬間腹に全力の拳が飛んできた。物凄く痛い。どういうことだ。僕は最強の筈だろ。そしてこいつらはもう弱者の筈だろ。
まさかグレイという女に騙されたのか。そうだよ、大体衛星の化身なんて有り得るはずがないのに。なんで何処の馬の骨かも分からない輩を信じたんだ。
力を失ったのか、それとも昨日の出来事が幻想だったのか。一方的に殴られながらも僕はそんな事を考えた。
そして僕は、しんだ。