意地悪王子の行動と公爵令嬢の奇行
「……ついて行くんじゃなかった」
「あはは……」
疲れたように息を吐いて肩を落としているアレクヴァンディの様子に、クロスフィードは苦笑いを浮かべた。
結局、二人の騎士団長たちの言い合いはしばらく続き、その最中に何度かアレクヴァンディが生贄のような状態になっていた。しかしそうした言い合いも、ヴァンクライドの部下たちが呼びに来た事で、ようやく幕を閉じた。
そうしてヴァンクライドを見送ったクロスフィードは、もともと用のあったレイヴンリーズに持ってきた箱を手渡すことでようやく用事を済ませる事が出来た。
「そう言えば、あの箱の中身って何だったんだ? レイヴン団長が物凄く嫌そうな顔してたが……」
「ああ、あれか?」
仕事に戻って行ったレイヴンリーズを見送った後、アレクヴァンディと詰所の方に戻ってきたクロスフィードは、彼と共に裏門を目指して足を進めていた。
「聞きたいか?」
「……やめておく」
何かを察知したように、聞かない意思を見せるアレクヴァンディに、クロスフィードは思わず笑ってしまった。
「別に大した話ではないよ。あの箱の中身は礼服なんだ」
「礼服?」
何でそんなモノをというように首を傾げているアレクヴァンディに、クロスフィードは言葉を続けていく。
「もうすぐクライド殿の誕生を祝う宴が侯爵邸で開かれるんだ。それに着ていく礼服だ」
近衛騎士団長のヴァンクライドは侯爵家の次男だ。家はヴァンクライドの兄が継いでいるため、ヴァンクライドは近衛騎士として王宮勤務をしている。
とはいえ、ヴァンクライドは侯爵家の人間だ。近衛騎士団長という役職に就いてはいるが、貴族として宴や夜会などにも頻繁に参加しているのだ。貴族であり、近衛騎士団長でもあるヴェンクライドは、社交界でもかなり顔は広いと言える。そのためヴァンクライドの誕生を祝う宴にはたくさんの人たちが招待されており、その中には伯爵家もレイヴンリーズも含まれているのだ。
「まさかその宴に団長が参加するってのか!?」
「いいや」
クロスフィードはアレクヴァンディの言葉に首を振る。
「クライド殿は毎年レイヴン殿にも招待状を送っているんだが、レイヴン殿は私が知る限りでは一度も参加してはいない。そんなレイヴン殿だから、見兼ねた父が毎年礼服を問答無用で送りつけているという訳だ」
「クロスを使って、か」
「そういう事だ」
察しのいいアレクヴァンディに、クロスフィードは笑みを返す。
我が子のように可愛がっている友人の子から直接手渡しされてしまえば、受け取らざるを得ない。というのが、父であるツヴァイスウェードの策略、もとい考えだった。
そんなツヴァイスウェードの思惑を知りながらも、クロスフィードが届けに来たという事で、レイヴンリーズは渋々ながらに毎年礼服を受け取っているのだ。
袖を通された試しはないが。
「な? 仲良いだろう?」
「……俺は今、聞いてしまった事この上なく後悔している」
この話を知った事実がレイヴンリーズに知れたら、おそらくアレクヴァンディに何らかの災難が降りかかる事は言うまでもないだろう。
頑張って隠し通してもらいたい。
そんな話をしながら歩みを進め、もうすぐ裏門が見えてくるだろうというところまで来た時、不意にアレクヴァンディから恐ろしい願いを告げられた。
「なあ、アイリスに会ってやってくれないか?」
何を言い出すのかと目を瞠ると、クロスフィードは意図せず体が小刻みに震え出す。
「君は私を生贄に……っ!?」
「……お前の気持ちはよく分かる。分かるが、誤解を招くような言い方はやめてくれ」
恐怖に慄いているクロスフィードの様子に深い溜息を付いているアレクヴァンディは、そうじゃなくて、と言葉を告げてくる。
「アイツ、お前が来ないから拗ねてんだよ。ほら、アイリスってお前以外に友達いないから」
今さらりと衝撃の事実が告げられたような気がするが、全力で気のせいだという事にした。
「ゆ、友人などではないだろう。アレは主人と下僕の関係だ!」
「否定はしない」
「全力で否定して欲しいんだが!」
最早涙目のクロスフィードである。
下僕、というところは是非否定してもらいたかった。
「大体私がアイリスに会ったのは三回だけなんだぞ? 友人というのなら君の方がそれに当てはまるだろう?」
「いや、俺に対しては本当に小間使いのような扱いだしな……」
「……私と似た境遇の人間がいるだけでも救われるよ」
そうしてどちらともなく深くため息を吐いた。
「なんて言うか、アイツは友達のなんたるかを分かってないんだ。だから上から目線の俺様気質が抜けないんだと思う訳よ」
「王子なのだから仕方ないと思うが……」
「それでも友達は必要だろ? 王子なら尚更だ」
そう言って力ない笑みを浮かべるアレクヴァンディの様子に、何を言わんとしているのかをクロスフィードは察した。
アイリスフィアはたった一人の王子だ。次期国王という身であれば、王子である内に周りの人脈を整えておいた方がいいのだ。
本来であれば、王宮に学友などを集い、幼い頃から人脈形成をしていくのが最も有効的な手段ではあるが、アイリスフィアは幼少の頃から病弱だったためにそれも難しかっただろう。
確かにアイリスフィアは王子という身分であるため、何もしなくても周りに人が集まってくるのは当然の事だ。しかし本当の意味での信頼関係を持つ者が傍にいないと、アイリスフィアは孤独の王になってしまう。
時に諌め、時に導く誰かが、アイリスフィアには必要なのだ。
「私ではダメだ」
クロスフィードは少々視線を落として口を開く。
「伯爵家の人間は、もう王家の人間には近づけない」
それはクロスフィードが望む望まないに関係なく突き付けられる現実だった。
先日、アイリスフィアに会うための申請を体よく断られてしまった事がいい例だ。たとえアイリスフィアが友としてクロスフィードを欲し、それをクロスフィードが受け入れたとしても、それを周りの者たちは決して許しはしないだろう。
国王を暗殺したアインヴァークの甥という身では、アイリスフィアの傍に近付く事すら難しいのだ。
「それは世間体の話だろう? そうじゃなくて、お前自身はどうなんだって話を聞きたいんだが」
「私自身……」
家の事や世間体の事などを差し引いた時、自分自身はアイリスフィアの事をどう思うだろうかと、少々考えてみる。
嫌味しか言えない性格の悪い意地悪王子。それ以外に浮かばなかった。
「アイリスは、出来れば友人関係を築きたくない人種である事は確かだ」
「……そうだよな」
疲れたようなため息を付いているアレクヴァンディに、クロスフィードは、でも、と付け加える。
「そこまで悪い奴ではないと思っている。まあ、大いに利用されている最中でこんな事を言うのは、自分でもおかしいと思うけどね」
夜会の帰り、馬車の中での会話を思い出すと、アイリスフィアはちゃんと自分が悪いと思えば謝る事が出来るような人間だった。王族として臣下に頭を下げる行為は好ましくないとされている中で、アイリスフィアは『悪かった』とクロスフィードに謝罪の言葉を口にしたのだ。
嫌味ばかりを口にし、意地の悪い事を強要し、相手を利用するような王子が、だ。
それを思うと、良き友に恵まれさえすれば、アイリスフィアはきっと良き王になってくれるのではないかとクロスフィードは思った。
「アイリスは、結構お前の事を気に入ってんだよ」
不意にそんな事を告げられ、クロスフィードは少々目を瞠る。
何処をどう見たら気に入られていると思えるのだろうかと、思い切り首を傾げた。
「この五日間のアイツをお前は知らいないからな」
そう言って何かを思い出すように苦笑をしているアレクヴァンディは、五日間のアイリスフィアの様子を語って行く。
「アイツ二言目には、クロは、クロが、と煩いの何の。俺が小屋に行くとあからさまに落胆しやがるし。クロスはどんだけアイリスと打ち解けたんだと思ってたら、こんな噂が広まるしな。アイリスはきっと、こうなった事を申し訳ないと思ってんだよ」
アレクヴァンディの言葉に、そんな馬鹿な、という考えしか浮かばないクロスフィードは、アイリスフィアが自分の名を連呼している事実に寒気を感じていた。
「公爵邸の夜会に王子の同伴者として参加したばかりか、レイラキア嬢より先に踊ったんぞ? それが後々どういう事に繋がるかくらいアイリスだって知っていたはずだ。私を利用したのは明白だ」
「その事なんだが……」
少々言い淀みながら、アレクヴァンディは言葉を続けていく。
「アイツはそういう事、全く考えてなかったと思うぞ? こうなったのも不測の事態というか……」
「嘘だ。王子であるアイリスフィアが分からないわけ――」
「王子だから分からないんだ、きっと」
「……っ」
今までアイリスフィアが何をしようと誰も諌める者がいなかったとしたら。
その後の事態を他人が処理していたとしたら。
そう考えると、考えなしの行動をすると言われても納得できる。
自分のした事がどういう結果を生むのかを知らなければ、人は過ちを繰り返してしまう。
「俺も最初はアイリスがクロスを使って世継ぎ問題から逃げようとしてるんだと思ってたんだが、その事をアイリスに聞いてみたら驚いた顔してたんだ。だから本人は全くその意図はなかったんじゃないか? 俺の時もアイリスと一緒にいるところを見た誰かが勝手に想像して噂になっちまったってだけだしな。だからその、言い難いんだが……」
「……言われなくても分かる」
アイリスフィアがクロスフィードを利用しようと考えていなかったとしたら、女装させ同伴者として夜会に連れて行ったその行為は本当にただの嫌がらせだったという事になる。
もし本当にそうだったとするならば、呆れてものも言えなかった。
アイリスフィアがそんな事では国の未来が危ぶまれる。
「……アイリスはあの小屋にいるのか?」
「ああ。たぶんな」
苦笑を向けられ、クロスフィードは観念するようにその足を王宮へと向ける。
アイリスフィアの性格上、恐らく会った瞬間に嫌味の嵐だろう事は言われるまでもなかった。
しかし気が重いながらもそれを選ぶ自分が、クロスフィードは不思議でならなかった。
「アレクもついて来てくれると助かる」
「へいへい」
クロスフィードは、結局こうなるのかと肩を落として深い溜息を吐いた。
◆◆◆◆◆
王宮の庭がとても美しいというのはこの国では有名な話だった。
余程腕の良い庭師がいるのだと言われているが、その実、王宮を歩いていても庭師に遭遇する事は滅多にない。それはそうするように庭師たちが言い付けられているからなのか、それとも庭師の人数が余程少数であるのか、理由は様々考えられる。
しかし庭師の姿を見ないと言っても、王宮の庭は常に美しく整えられており、乱れたところなど一切ないのだ。
植木は綺麗に切り揃えられ、花壇には季節の花が可憐に咲き誇っている。
王宮の庭を常に美しく保っている王宮庭師の評価はとても高いと言える。
アレクヴァンディと共に王宮側へとやって来たクロスフィードは、なるべく人に会わないような道順を辿ってアイリスフィアがいるであろう小屋を目指していた。
「なあ、アレク」
「何だ?」
クロスフィードは庭を歩いている際、気になった事をアレクヴァンディに尋ねてみた。
「さっき通り過ぎた花壇はなんで何も植えられてなかったんだろうな? あ、ほらあそこも」
視線の先にある花壇も先ほど見た花壇同様何も植えられてはいなかった。
王宮の庭は常に美しく整えられているという話は、王宮に滅多に足を踏み入れないクロスフィードも知っている。
花壇には季節の花が常に咲いているはずなのだが、目の前の花壇には何も植えられていなかった。
「ああ、それは……」
渋面な顔つきになるアレクヴァンディの様子にどうしたのかと首を傾げたクロスフィードだったが、不意に焦げ臭いにおいが鼻に付き、眉根を寄せた。
「何か焦げ臭くないか?」
「ん? ああ、そうだな……」
どうやらアレクヴァンディも焦げ臭いは感じているようで、眉根を寄せていた。クロスフィードも何の臭いだろうかと首を傾げながらも足を進めていくと、建物を曲がってすぐの場所でそれは起きていた。
「うわわわわ! 花壇が燃えてる!?」
クロスフィードの視線の先には、煌々と燃え盛る炎が見えていた。その炎は花壇の花を焼きつくす勢いで燃え上がっている。
焦げ臭いにおいの原因はこれだったのかと頭の隅で思いながらも、クロスフィードはいつになく慌てふためいていた。
「そ、そうだ! 火を消さないと! 風か!? 風で吹き飛ばせばいいのか!?」
動揺しながら慌てて魔法で風を起こそうとすると、今度はアレクヴァンディが慌てはじめた。
「待て待て待て! 風なんか起こしたら周りに燃え移るだろうが! この場合は水だろう!」
「そ、そうだな、すまないっ」
咄嗟に腕を掴んでくるアレクヴァンディの言葉にハッとしたクロスフィードは、急いで燃え盛る花壇の真上に魔法で水球を作り出し、それを花壇に落とす事で炎の勢いを弱めていった。
そうして二人で大量の水を花壇にかける事で火はすぐに消えた。しかしその花壇に植えられてあった花はそのほとんどが黒焦げになってしまっており、無残な燃えカスとなっていた。
「誰がこんな事を……ん?」
クロスフィードは花壇の隅の方に半分ほど形を残している花を見つけた。すぐに花壇の隅に寄りそれに目をやると、目の前の花壇に植えられていた花が何であったのかを知り、目を瞠った。
「アレク。この花壇の花は『アイリスフィア』だったようだ」
「ん? ああ、本当だな。……まさかこの花まで燃やすとは」
アレクヴァンディが何事かを呟いていたが、クロスフィードはその事を気にしている余裕などなかった。
目の前の花壇にはアイリスフィアの花が植えられていた。その花壇が燃やされたという事は、これは何かの警告なのか。それとも王子に害を及ぼそうとしている者の仕業か。何も植えられていなかった花壇があったという事は、以前からこのような事が起こっていたのか。
考えれば考えるほど最悪な事態が想定されてしまう事に、クロスフィードは苦い顔つきになった。
「アレク。早くアイリスの許に行こう。このままではアイリスが危険かもしれない」
「いや、それはないと思うが……。むしろアイツだけが無事だというか……」
「それはどういう――」
何か知っているような口ぶりのアレクヴァンディにクロスフィードが問いかけようとした時、不意に背後から知った声が聞こえてきた。
「おい、クロ。俺のところには顔を出さずにこんなところでアレクとのんびり雑談とはいいご身分だな」
声の主へと振り向くと、そこには凶悪な笑みを湛えたアイリスフィアの姿があった。
何やら怒っているようにも見えるアイリスフィアの様子に構う事なくクロスフィードは声を上げる。
「アイリス!」
そう名前を呼びながらアイリスフィアの許に駆けていくと、クロスフィードは安堵の息を吐いた。
「良かった。無事だったんだな。もしアイリスに何かあったら、私はきっと自分を許せなかったよ……」
アイリスフィアの両腕をガシッと掴んでその無事を確認しているクロスフィードは、その勢いに押されて目を瞠っているアイリスフィアの事など全く気付いてはいなかった。
「無事でよかった……」
「よ、よく分からんが、俺は無事だ。安心しろ」
何が何だかさっぱり分からないながらも言葉を返してくるアイリスフィアに、クロスフィードは微笑みながら、そうか、と短く返した。
「こんな事が起こっているなら、もっと早くにアイリスの許に来るべきだった。すまなかった」
「え、ああ、分かればいいんだ。これからはちゃんと俺の許に来いよ」
「ああ、分かったよ。出来るだけアイリスの傍にいよう。私もそれなりには剣を扱える。アイリスの盾になるくらいなら私にも出来るはずだ」
「お前はそこまで俺の事を……。悪かった。その、俺はお前に酷い事を……」
「いいんだ、アイリス。私はアイリスの役に立てるならそれでいい」
「クロスフィード……」
アイリスフィアが狙われているのだと思っているクロスフィードは、アイリスフィアに何かあっては大変だと思っていた。
対して、アイリスフィアは五日間顔を出さなかったクロスフィードがその事を反省しているのだと思っている。
そんな二人の会話が奇跡的に成立している事に、アレクヴァンディだけはため息を吐いていた。
「クロス、ちょっと」
「?」
手招きをするアレクヴァンディに、クロスフィードは首を傾げながらも近付いた。するとアレクヴァンディが内緒話をするように顔を寄せて小さな声で話しはじめる。
「いいか、よく聞け。花壇を燃やした犯人は既に分かってる。そいつがアイリスに危害を加えない事も保証済みだ。アイリスも犯人を知っている」
「そうなのか!? じゃあ犯人は誰――」
「今は犯人が誰かというのは重要じゃない。今重要なのは、アイリスがお前の言葉で機嫌を直したって事だ。会話の内容は食い違ってたけどな」
「あ……」
クロスフィードはそこでようやく先ほどの会話の内容に込められたそれぞれの思いの違いを悟った。
「いいか。このまま訂正はするな。その方が俺もお前も平和だ」
「わ、分かった」
本当にそれでいいのだろうかという思いが浮かんだが、クロスフィードは決して嘘を吐いた訳ではないので、アレクヴァンディが言うようにこのまま話を逸らしていった方が平和的解決に繋がるだろう思った。現にアイリスフィアの雰囲気は先ほどの凶悪さが綺麗さっぱり消えている。その事もあり、クロスフィードは会話の訂正はせず、そのままにしておく事に決めた。
「何をこそこそと話してるんだ?」
アイリスフィアからそんな言葉をかけられたので、クロスフィードとアレクヴァンディは瞬時に王子の方へと向き直った。
「い、いや、別に何も。な、アレク」
「あ、ああ。何でもない」
互いの平穏がかかっているとなれば、協力は惜しまない二人である。
「ところで、さっきそこの花壇が燃えていたんだ。アレクと消火したが、建物にも近い場所での火事は危険だ」
「花壇が? あの女、また……っ」
忌々しそうに顔を歪めているアイリスフィアに、クロスフィードは眉根を寄せる。
「犯人は女性なのか?」
「ああ。花壇を燃やした犯人はレイラだ」
「レイラキア嬢が!?」
思いもしなかった人物の名前が出た事に、クロスフィードは驚きの声を上げた。
「待ってくれ。それは本当か?」
「事実だ」
夜会でのレイラキアの姿を知っているクロスフィードはそのあまりの落差に衝撃を受けていた。
夜会でのレイラキアは周りの事を考えて行動していたように見えていたが、実際は花壇を燃やし、それを放置するような非常識な人物だったのだろうか。
そんな事を考えながら、クロスフィードは未だ半信半疑だった。
「どうしてレイラキア嬢はこんな事をするんだ?」
「俺の目の色が青紫だからだよ」
クロスフィードの質問に答えたのはアレクヴァンディだった。
しかしクロスフィードはアレクヴァンディの回答に首を傾げた。
「何故アレクの瞳の色が関係あるんだ?」
「俺がアイリスの恋人だって噂が流れてたからな。レイラキア嬢は俺の事が目障りなんだよ」
「だからって花壇の花を燃やすのか!?」
「燃やしてんだよ、あの令嬢は。ここに来るまでに何も植えられてなかった花壇がいくつかあっただろう? その花壇に植えてあった花は、青色や紫色の花だったんだ。俺の目と似たような色の」
「そんな事を……」
にわかには信じられないという思いがあるものの、アイリスフィアとアレクヴァンディが嘘を吐いているとはとても思えなかった。
アレクヴァンディの話では、レイラキアの奇行は使用人の間では有名だという事だった。しかしその噂は広がらないように圧力がかけられているのか、貴族たちにはあまり知られていないらしい。大方レイラキア本人が圧力をかけているのだろうという事だったが、そこまでして花壇の花を燃やしているのかと思うと呆れてものも言えなかった。
しかし本当に嫉妬深い人物であるのなら、レイラキアがその対象とする者は既にアレクヴァンディではなくなっている可能性が高い。
「あの花壇の花は『アイリスフィア』だった。という事は、今回の件は私が原因という事か……」
「何故お前が原因になるんだ」
「何故って、レイラキア嬢がアレクに嫉妬するほどに嫉妬深い方だというなら、次の対象は『花の君』のはずだろう? その『花の君』は私だ」
そう返すと、アイリスフィアはハッとしたような顔をしたかと思うと、すぐに視線を落として眉根を寄せいていた。
クロスフィードはあの夜会で『アイリスフィア』の髪飾りを付けていたのだ。もしレイラキアが『花の君』に嫉妬しているとすれば、その花を標的にした事にも頷ける。
「対象が私になってしまうと被害が増えてしまう」
「お前の髪は薄い藤色だからな……」
アレクヴァンディの言葉にクロスフィードは力なく頷く。
クロスフィードの瞳はアレクヴァンディと同じ青紫色だ。その点は不幸中の幸いと言っていいだろう。しかしアレクヴァンディの髪色は薄い茶色であるためその色の花はなかったが、クロスフィードの髪色である藤色の花はあるのだ。
「止めさせないと」
「無理だな」
即答で返してくるアイリスフィアに何故だというように視線を返せば、彼はそのまま言葉を続けていく。
「俺も何度か止めろと言ったが、レイラは聞く耳を持たなかった。あの女は王宮の庭がどれだけ大切にされているのか分かろうともしない。それを説いても理解しない。アレは頭の悪い女だ」
忌々しいと言わんばかりの声音でそう告げるアイリスフィアの言葉に、クロスフィードは、それでも、と口を開く。
「それでもこんな事は止めさせないといけない。私のせいで王宮の庭が壊されるなど堪えられない」
「別にお前のせいでは……」
「たとえ私自身が燃やしている訳ではないといっても、原因は私だろう? それを黙って見過ごす事は出来ないよ」
アイリスフィアが言っても聞かなかったというのに、クロスフィードが何かを言えばそれこそ悪化してしまう可能性があった。しかしそれが分かっていても、クロスフィードは自分が原因で王宮の庭の景観が壊される事が許せなかった。
「まだ近くに居るかもしれないから、偵察に行ってくる」
「偵察?」
不思議そうに聞き返してくるアイリスフィアに、クロスフィードは至って真面目に答えを返す。
「私はまだレイラキア嬢が花壇の花を燃やしているところを見た事がない。本当にそんな事をしているというのなら全力で止めたいところではあるが、策もなしに突っ込んで行っては逆に悪化する原因を作ってしまうかもしれないからな。私はほら、伯爵家の人間だし」
そう言って肩を竦めて見せると、アイリスフィアとアレクヴァンディが揃って視線を落してしまった。
そうして一気に沈み込んでしまった場の空気に、クロスフィードは慌てた。
「と、とにかく私が言いたいのは、如何に平和的に解決するかという事を考える為には敵を知る必要があると言いたかっただけで……」
「お前、敵って……」
「こ、言葉の文だからつっこまないで欲しい……」
アレクヴァンディのツッコミに力なく返すクロスフィードは、一つ息を吐くと再び言葉を告げる。
「まあそんな訳で、ちょっと行ってくる」
「俺も行く」
「じゃあ俺も」
続けざまに同行の意思を告げてくる二人の男に、クロスフィードは何でという視線を送る。するとそれぞれから言葉が返ってくる。
「レイラの奇行は俺も止めたい。それに偵察と言うのは面白そうだしな」
「遊びに行くわけじゃないんだが……」
「まあ、いいじゃねえか。俺もこの件は何とかして収めたいと思ってたんだ。俺も原因の一人な訳だし、協力する」
若干アイリスフィアの動機は不純な気がするが、二人ともレイラキアの奇行は止めたいと思っている事は分かった。
「分かった。だが今回は偵察だけだから、そのつもりで頼む。じゃあ行こうか」
そうして、三人はレイラキアを探すため、その場を移動した。