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情報が繋がる事によりややこしくなる現状

 セルネイと共に王家の隠し通路から庭に出たクロスフィードは、全力でこの通路の事は忘れようと決意した。

 セルネイ曰く、この通路は王家の人間しか知らない通路なのだそうで、公爵すらも隠し通路の存在は知っていても、何処にあるのかまでは知らないらしい。

 そんな国家の最重要機密をあっさり教えられてしまったクロスフィードは、いろんな意味で身の危険を感じて身震いした。


 しかしながら一番疑問に思うのは、どうしてこの王宮庭師が隠し通路の存在を的確に知っているのかという事実だった。


「それじゃあ気を付けて帰るんだよ」

「あの、セルネイさん」


 セルネイに詰所まで連れて来てもらったクロスフィードは、踵を返そうとしていた王宮庭師を呼び止めた。


「セルネイさんは二十年前の事件に関して何かご存じなんですか?」


 クロスフィードは真っ直ぐにセルネイを見つめながらそう訊いてみた。


 クロスフィードは先程の話が少しばかり気にいなっていた。

 セルネイは言葉を濁していたが、おそらくこの王宮庭師は何かを知っている。しかしそれを教える気はないようで、セルネイが質問の答えを返してくる事はなかった。


「僕なんかより、君の両親に話を聞いた方が早いと思うよ」

「それは……」


 セルネイが言うように両親に話を聞いた方が早い事くらいクロスフィードだって分かっている。クロスフィードも両親に伯父の話を訊いてみた事がない訳ではないのだ。しかし伯父の話をすると決まって両親が悲しそうな顔をするので、今では話題に出す事すら止めている。

 両親と同じように当時を知っている騎士団長二人にも訊いた事はあったが、二人はいつも話をはぐらかすばかりで、何も教えてはくれなかった。


「あの事件を覆すのは難しい」


 クロスフィードが黙りこんでいると、セルネイから声が聞こえてくる。


「だから今は、目の前にある事から片付けていきなさい」

「セルネイさん……」


 やはりこの王宮庭師も話す気はないのだという事を改めて知ったクロスフィードは、セルネイが言うように目の前にある問題から片付けて行こうと気持ちを切り替える。


「変な事を訊いてすみませんでした」

「ううん。こっちこそ、ごめんね」


 謝罪の言葉を口にするセルネイの不思議な色合いの瞳が少しばかり翳った事を認めると、この庭師もまた、二十年前の事件に関して何か思うところがあるのだろうと察した。


「それじゃあ、もう行くね。気を付けて帰るんだよ」

「はい」


 じゃあね、と手を振りながら去っていくセルネイを見送っていたクロスフィードは、謎だらけの王宮庭師の事を少しばかり考えながら詰所へと足を向けた。


 王子の親代わりだったと言っていた王宮庭師が、まさか国王陛下とその王妃までもを名前で呼んでいた事実には、顔には出さなかったが、クロスフィードは内心では驚いていた。

 亡くなっているとはいえ、国でも最高位にいた二人を呼び捨てる事は憚られるというのに、セルネイはそんな事を全く気にする事なく二人の名前を口にしていた。それを考えると、セルネイは余程王家に近しい人間なのだろうかという考えが浮かんでくる。もしそうであるのなら、セルネイからしても二十年前の事件は辛いモノだっただろう事が窺えた。

 一体どういった立ち位置の人間であるのかは分からないが、セルネイに対しても二十年前の事件の話を振るのはやめようとクロスフィードは思った。


 そうして考え事をしながら裏門への道を歩いていると、途中で知り合い騎士二人を見つけた。


「おう。もう用は済んだのか?」


 そう声をかけてきたのはエダンマキナだった。

 隣にはアレクヴァンディがいる訳だが、彼はどこか疲れたような顔をしており、ただ視線を向けてくるだけだった。


 別れた後、何があったのかは訊かないでおこう。


「ええ、まあ。だからもう帰ろうかと思って」

「そうか。じゃあな」


 あっさりと別れの挨拶を済ますエダンマキナに、無駄話が嫌いというよりは雑談が面倒なだけなのだろうとクロスフィードは思いはじめていた。


 そんな性格でよく噂にもなっていないような情報を手に入れられたものだと感心するが、隣にいるアレクヴァンディを見るに、人を使って情報を集めているのだろうかと思わずにはいられない。


「そうだ。少しアレクに話があるので、彼を借りてもいいですか?」

「クロスありがとう! お前は神様だ!」

「え!?」


 物凄い喜びようのアレクヴァンディが飛び付かんばかりに纏わりついてくる。その様子を舌打ちしそうな表情で見ているエダンマキナを認めてしまうと、クロスフィードは目の前の騎士が故意にアレクヴァンディを使っているのだと悟ってしまった。


「俺は別に構わねえよ。アンタが帰るってんなら、俺ももう帰るし」

「あれ? 夕方までこっちにいるんじゃないんですか?」

「そのつもりだったが、こっちの用事も早く済んだんでな。これでアンタを待たなくてもよくなった」


 その言葉に、クロスフィードは少々目を瞠る。

 約束を律義に守ろうとしてくれたのかと思うと、面倒くさそうにしているからと言って不義理な事をするような人ではない事が分かる。

 子供の頃は約束と称して苛められた経験もあったので、クロスフィードはエダンマキナのそんな親切さが嬉しかった。


「そういえば、エダンさんの情報って偏りがあったりしますか? それとも多種多様?」

「ん? どうだろうな。とりあえず多種多様で」

「とりあえずですか……」


 エダンマキナは一度だけならタダで情報をくれると言っていた。そうであるなら、その一回を今使わせてもらおうとクロスフィードは考えた。


「じゃあ一つ訊いてもいいですか?」

「構わねえよ」


 何が聞きたいんだというように視線を向けてくるエダンマキナに、クロスフィードは一度周りに誰もいない事を確認すると、口を開く。


「実は王子直属の騎士になった方の事を聞きたいのですが……」


 このままではアイリスフィアもファイスレイドの懐柔は難しそうであるし、クロスフィードとしてもあまりめぼしい情報が手に入らない以上、何とか策を講じなければならなかった。そのため卑怯な手だとは分かっているが、直属の騎士が張り付いてから僅か二日で高熱を出してしまった王子のためにも、ここは自分が悪者になろうとクロスフィードは決意した。


「今回王子の騎士になった奴というと、子爵家の三男の事か?」

「そうです」


 肯定を返したクロスフィードは訊いた理由を問われるかと思っていたが、予想に反して、エダンマキナは何故か面白いとでも言うように口元を歪めていた。


「昨日の今日でもうその事を知ったか。なかなか情報通なんだな、アンタ」


 エダンマキナは感心するようにそんな言葉を告げてくるが、クロスフィードには目の前の騎士が何を言っているのか良く分からなかった。

 しかし浮かんだ疑問は敢えて口には出さないでおく。


「その話をするなら、アレクには席を外してもらった方がいい。アンタがいいってんなら話は別だが、アレクがとばっちりを受ける事に関してまでは面倒見れねえぞ」

「俺は速やかに消えようと思う」


 エダンマキナの言葉に、アレクヴァンディは素早く回れ右をする。それを目の当たりにしたクロスフィードは、咄嗟に逃げようとする騎士の腕を掴んだ。


「別に何があるって訳じゃない。というかアレクにはこのまま聞いていて貰わないと」

「分かってはいるが、嫌な予感しかしない……」


 小さな声でそんな会話を繰り広げていると、背後からエダンマキナの声が聞こえる。


「で、どうすんだ? 俺はどっちでも構わねえから、早く決めてくれ」


 その言葉にクロスフィードは一度アレクヴァンディに視線を向ける。するとアレクヴァンディからは盛大なため息と共に、分かった、という声が聞こえてきた。


「すみません。何か情報があるなら教えてください」


 そう言ってエダンマキナに向き直ると、目の前の騎士の視線はアレクヴァンディに向けられていた。


「お前も災難だな」

「……どういう意味かは知りたくない」


 そんな会話を交わす二人を見つめながら、クロスフィードは重要機密を知りたいと言った訳ではないのにというような事を考えていた。


「まあいいか。えーっと、子爵家の三男の話だったな。やっぱ気になるよな、縁談相手の恋人ってんなら」

「え……?」


 クロスフィードは一瞬何の事を言っているのだと思ったが、次の瞬間、エダンマキナからとんでもない情報が飛んで来た事実に気が付いた。


 エダンマキナの言う『縁談相手』というのは、昨日話していたスヴェレラ商会会長の娘の事だ。そして彼は、その娘の恋人が王子直属の近衛騎士になったファイスレイドだと言っている。


 とんでもないところで話の繋がりが見えた事実にクロスフィードはかなり驚いていたが、更に驚いている人物がもう一人いた。


「何!? 縁談だと!? クロス、お前、一体どういう事だよ!?」


 アレクヴァンディはクロスフィードに縁談話が来ている事に驚いているようだった。その様子に、クロスフィードは一気に脱力する。


「縁談話くらい私にだってあるんだが……」

「ええ!?」


 いくら伯爵家といえど、縁談話に縁がない訳ではない。しかしアレクヴァンディはどういう訳かそんなバカなというように驚いている。大変失礼だ。


 しかし思えばアレクヴァンディには女である事が知られているので、女として縁談話が来ているのだと勘違いしているのかもしれないとクロスフィードは考えた。


「まあ縁談の申し込みがあると言っても、爵位を持たない貴族からとか、商家や実業家の娘さん(・・・)ばかりだからね。いろいろと思惑あっての縁談ばかりだよ」


 そう告げると、ようやく相手が男ではなく女であると気付いたようで、そうか、とアレクヴァンディは納得していた。


「話を戻しますが、彼が彼女の恋人という話は事実なのですか?」


 クロスフィードは至って冷静にエダンマキナに訊いてみる。内心では予想だにしなかった話の展開に驚いてはいるものの、それを悟られてしまえば話を打ち切られてしまう可能性がある。そのため、クロスフィードは動揺を隠しながら答えを待った。


「まあ互いに好きあっているのは確かだな。それを当主が承知しているのかは俺も知らん。ただ、伯爵家の跡取り息子と子爵家を継がない三男坊。当主がどちらを選ぶかは火を見るより明らかだろう」

「……爵位を欲しているなら、私を選ぶでしょうね」


 ファイスレイドは三男という事で家を継ぐ事はない。次男がいない今、長男に何かあったら三男であるファイスレイドが家を継ぐ事になるのだろうが、それは可能性に過ぎない。それを考えると、確実に家を継ぐであろうクロスフィードと婚姻を結んだほうが、難なく爵位を手に入れる事ができる。

 イグルマティウス侯爵が論外だとすると、会長が選ぶのはやはり伯爵家だろう。


「うーん。いまいち話が見えないが、要は、クロスんとこにきた縁談話の相手と恋仲にあるのがファイスレイドって事か?」

「そういう事になるな」


 アレクヴァンディの言葉に答えながら、クロスフィードは自分の存在が邪魔者以外の何者でもない事を知った。


 知らないところで想い合う二人の障害となっていた事実には、衝撃と共に申し訳ない気持ちが浮かんでくる。


「アンタんとこの領地は農業が盛んだしな。そういった事も含めて狙われてんじゃね?」

「その可能性は否定できません……」


 さらりと不吉な言葉を口にするエダンマキナに、クロスフィードはやめてくれというようにため息を吐いた。


「まあ情報としてやれるもんって言ったら、子爵家の三男は色恋沙汰に関しては破滅的に奥手だという事くらいか」

「それは誰だって予想できるだろう」

「まあ堅物で有名な三男坊が女の扱いに慣れてるって言われた方が驚きだわな」


 そんな二人の会話を聞きつつ、クロスフィードも口を開く。


「彼が奥手だというなら、どうやって知り合ったんでしょうね? 家同士が懇意にしているのでしょうか?」

「その情報はタダではやれんな」

「……やっぱりその辺りの話も知っているんですね」


 どれだけ細かに情報を持っているのだろうかと思うと、目の前の騎士がとても恐ろしく見えた。

 伯爵家の事も事細かに知られているのかと考えると、嫌な汗が出てくる。


「どういった情報をお望みなんですか? 答えられるかは分かりませんけど……」


 そう告げてみると、エダンマキナからやはり直球の言葉が返ってくる。


「今一番知りたいのは『花の君』に関しての情報だな」


 あっさりと告げられたその言葉に、クロスフィードとアレクヴァンディは同時に顔を引き攣らせる。


「彼女に関しての情報は俺でも一切掴めない。彼女、絶対に素人じゃねえな」


 その正体は刺客でも間者でも裏稼業でもなく、ただの貧乏貴族の娘である。


「まあ冷静に考えれば、公爵邸の夜会に王子の同伴者として参加した強者だ。普通の令嬢にそんな命懸けの役目が務まる訳がないわな」


 全く以ってその通りであるところが痛い。


「何か知ってたら教えてもらいたいんだが」

「知りません」


 クロスフィードは間髪入れずに即答した。


 『花の君』が『クロスフィード』である事実は、口が裂けようが、人類が滅亡しようが、世界が滅びようが、知られるわけにはいかない。

 特に豊富な情報を持っている目の前の男には。


「そうか。それは残念だ」


 全く残念そうには見えない様子のエダンマキナの様子に、今回ばかりは彼の諦めの早さに救われた。


「まあ、大した情報やれたわけじゃなかったからな。貸しという事で情報を提供してやってもいいが?」

「貸し、ですか……」

「止めとけ! ロクな事にはならないから!」


 アレクヴァンディから勢いよく制止の声が聞こえてくる。

 クロスフィードとしてもファイスレイドの想い人が誰かという事を知れただけで十分な収穫だったため、貸しを作ってまで情報を貰おうとは思っていなかった。


「そこまでは遠慮して――」

「あの町には子爵家の次男がやってる店がある。そこで知り合ったみたいだぞ」


 断ろうとした矢先、被せるように言葉を告げられてしまったクロスフィードは、すぐには状況を把握する事が出来なかった。


「あーあ……」


 アレクヴァンディから憐れみの視線を注がれると、ようやく事態の理不尽さに気付く。


「これで貸し一つな」


 ニヤリと不敵な笑みを向けてくるエダンマキナの様子に、クロスフィードは開いた口が塞がらなかった。


 この騎士はこういった事はしないものだと思っていたが、なかなかに姑息な側面も持っているらしい。

 いっそこの場で『花の君』は自分だと言って借りを返してやりたいが、それができない事が今は悔しい。


「酷いです……」

「世の中そんなもんだ」


 諭すようにそんな事を言うエダンマキナに、アンタが言うな、と声を大にして言ってやりたい気分だった。


「私に貸しを作ったところで得する事などありませんよ?」

「それは俺が決める事だ。アンタが気にする事はない」

「貸しを作られたので気にします……」


 はあ、と盛大なため息を吐くと、エダンマキナから笑い声が聞こえた。


「そう気を落すな。アンタの事は気に入ってんだ。悪いようにはしないさ」

「信じられません……」


 たった今嵌められたばかりだというのに、どうやって信じろというのか。


 クロスフィードは疲労感が増す事態に、最早これ以上落せないというくらいまで肩を落としてため息を吐いた。


「まあ、俺が納得するような情報を今この場でくれるってんなら、貸しは無しにしてやるが?」

「情報と言われても……」


 突然そんな事を言われても、クロスフィードには咄嗟に有効的な情報など見つからなかった。

 何かないかと頭の中にある情報を探っていると、無情な言葉が告げられる。


「じゃあこれは貸しという事で」


 してやったりというような顔でそんな事を言うエダンマキナを認めると、今日はとことん策に嵌ってしまう日らしいと思いながら、クロスフィードはいろいろと諦めた。


「まあ無理難題を吹っ掛けようとは思ってないから安心しろ。俺としてもアンタに嫌われるとやりづらくなるからな」

「もう嫌いになりそうです……」


 そんな事を呟いてみるが、目の前の騎士は全く気にもしていたい様子だった。


「じゃあ俺そろそろ帰るわ」


 そう言ってエダンマキナが踵を返す。


「また情報が欲しくなったら訪ねて来い。じゃあな」


 そんな別れの挨拶を告げるエダンマキナは、そのままあっさり背を向けて行ってしまった。


 それを見送りながら、クロスフィードは隣に並び立つ騎士に呟く。


「彼がどうやって情報を仕入れているのか思い知った気がする……」

「アイツ、人を使う事に関しては天才なんだ……」


 そんな会話を交わしながら去っていく騎士の背中を見つめる二人は、互いに盛大なため息を吐いた。


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