アンドロイド・イン・ザ・ティータイム
西暦2345年。アンドロイドの完成形が世の中に出回って、人のすべき事は何でもやってくれるようになった。おかげで売れない小説家の僕の日常は、ささやかながらも優雅に流れていく——はずだった。
*
食器が割れる音に、大抵の人は驚くものだ。しかし毎日聞いていれば、慣れてしまうものである。今朝もまたキッチンから、食器の割れる派手な音が聞こえた。行ってみると、蒼い薔薇が優美に描かれた、薄手の白いティーカップが、見事に割れていた。
「また割ったの、サナ。これで何個めかな?」
「‥‥」
僕の質問に、ハウスキーピング・アンドロイド、サナは、むっつりと黙り込んだ。人間味溢れるアンドロイドが人気とのことだが、主人の質問に答えないなんて、人間味がありすぎるのも困ったものだ。スミレ色のエプロンをつけた姿は、まるで人間の十八歳で、なかなか可愛いんだけどね。
「だから、絶対割れない、合金のカップにしろって云ったのよ。あたしは家事なんか全然出来ないんだから」
おまけに開き直るときたものだ。僕はやれやれと首を振った。
「サーナ。僕が、朝のティータイムをどれだけ大事にしているか、知っているね。紅茶の良い薫りは、目醒めたばかりの僕の脳を、優しく刺激するよ」
「だったら、紅茶フレーバーのタブレットを噛めばいいでしょ」
「それだけじゃない。磨き上げられた銀のポットに映る、朝の日差しに微笑み」
「今日は雨よ」
「なら、雨の音に耳を澄ませよう」
「ここはタワーの最上階で、窓は完全防音よ。それとも、この土砂降りのなか、窓を開けてお茶をするの?」
「‥‥閉めたままで、結構」
「でしょうね」
「まあとにかく。クリエイティブな一日を始めるためには、優雅なティータイムが欠かせないんだ。だから、食器にだってこだわりたい。薄いティーカップの華奢な持ち手に雅を感じる感性が、作家には必要なんだよ」
「またそんなこと。口ばっかりで、連載のひとつもないくせに」
可愛い顔して、なんて辛辣なアンドロイドだろう。涙が出そうになるじゃないか。
「ああ、割れた破片は危ないから、さわらないで。後片付けは僕がやるから」
ティーカップの破片を集めようとしたサナを、慌てて止めた。アンドロイドとはいえ女の子。危険な仕事は男が率先してやるものだ。偶然にも手と手が触れて、彼女は、ぱっと赤くなった。
「向こうに座って待っておいで。たまには僕が用意しよう。とびきりおいしいお茶を入れてあげるよ」
僕が微笑むと、サナは再びむっつり黙り込んだ。だがこのむっつりは、照れているむっつりだ。彼女はどうやら主人である僕のことが好きなようで——恋愛感情でって意味だよ——微笑みかけると本気で照れる。
その様子は可愛らしく、まあ幾つか問題はあるけれど、人間味溢れるアンドロイドがいいという人の気持ちも分かるなぁと思うのだ。
サナに一杯、僕に一杯、ポットに一杯の紅茶の葉を入れ、三分蒸らす。かろうじて無事なティーカップにお茶を注ぐと、テーブルについたサナの前に置いた。
「さあ、どうぞ」
「‥‥おいしい。さすがね」
サナは、あきらめたような溜息をついた。僕の顔を見て、もう一度溜息をつく。
うーん、これは本気で好かれてしまったかな。ま、アンドロイドとはいえ、女性に好かれるのは、嬉しいものだ。
「お褒めにあずかり、光栄です」
茶目っ気を混ぜて微笑むと、頭部のカバーをぱちんとひらいた。淹れたての紅茶を丁寧に注ぐ。
うん、良い薫りだ。
*
新型アンドロイド発売しました。最大の特徴は、豊かな感情回路。会話がとても豊富です。また、貴女がどんなに拗ねても怒っても、すべて受け入れ、優しく微笑みかけてくれます。ルックスはカスタマイズ可能。モニター調査では、長身で文科系タイプのアンドロイドが一番人気でした。
注意:感情回路が非常に複雑なため、いくつかバグを起こします。自分を人間、主人をアンドロイドと勘違いする場合がございます。あしからず。
~fin~