チキン料理はお好きですか?(仮)
この作品は他の方とリレー小説を書くために全員それぞれ書くファーストシーンのお試し版です。
長編として未完成ですが、短編としてお楽しみいただけます。
ーーー何か望みはある?
ーーー望み?
ーーー願い事だよ。
ーーー・・・んーとね、チキンの丸焼きが食べたいの!
ーーー・・・・・・なぜチキンの丸焼き?
ーーーさっきパーティーに参加したんだけどね、スパイスを効かせた美味しそうなチキンの丸焼きがあったんだけど、誰も食べないの。
ああいう場にあるのって飾りに等しいんだって、勿体無いよね。食べたかったのに!
ーーーあー、じゃあいつでもチキン料理が出せるようにしてあげよう。
ーーー?
ーーー今度は長生きして幸せになってね。
ーーー??
「うぅー、あの時世界征服って答えてたらっ、何かもっと今の状況に役立つ能力貰えたかなっ?」
太陽の光を弾いて輝く若葉色のポニーテールを跳ねさせながら、可愛らしい容姿の少女が息を弾ませて走りながら呟いた。
蜂蜜色の瞳は潤んでいて、息もだいぶ荒い。
「ブツブツ言ってないでさっさと走れ!」
数歩後ろを走る茶髪碧眼の少年が背後に気を配りながら怒鳴る。
「だって、ケンちゃん、もうそろそろ限界だもん」
さらに目を潤ませて少女ーーーテンネが振り返れば、勇者たる少年ーーーケンタがうっと言葉に詰まった。
遠くないところから木々を薙ぎ倒しながら進む大きな獣の足音が聞こえる。だんだんと大きくなってくる音と揺れに、ケンタははっとする。
「チッ。テンネ、お前は先に行け」
背中に背負った剣を鞘から抜き取り、立ち止まったケンタは覚悟を決めて構えた。
「ケンちゃんは?」
「あれを仕留める」
釣られて立ち止まったテンネが問えば、ケンタは振り向かずにきっぱり言い切る。
「ーーー分かった」
コクリと頷いて隣に立ったテンネに、ケンタは眉間に皺を寄せる。
「おいーーー」
「行かないよ」
何か言いかけたケンタの言葉を遮り、テンネはヘラっと笑って見せた。
「ケンちゃんを置いて行くわけないじゃん」
「・・・・・・はあ、片付けたら何か美味しいもんでも食いに行こうか」
「本当に?やったー!」
美味しいものと聞いてぱっと顔を輝かせるテンネ。
そんなテンネを優しい眼差しで見つめるケンタ。
ほのぼのとした穏やかな空気が流れる。
ズズーンッ
しかしそれは重々しい足音を響かせた大きなモンスターが現れた事によって一瞬で拭い去られた。
二人の表情は瞬時にして引き締まり、モンスターと対峙する。
黒い棘みたいな凹凸を背負った、高さ五メートル程の鈍色のモンスターは二人を見下ろし、舌なめずりして口許を歪ませた。
「任せて、ケンちゃん」
モンスターを睨み据え、自信満々に胸を叩いたテンネは一つ息を吐き、精霊術の召喚呪文を唱え始める。
ーーー世界の源を司る精霊よ!我、テンネ・コアークの願いにより、我が前に立ち塞がる敵を排除すべし従属を召喚する!!
「召喚って、ちょっ待ってーーー」
慌ててやめさせようと焦りに満ちた声をあげるケンタ。
だが、集まる空気によって起こされた突風がその声を掻き消した。
渦を巻く風の中心が光を放ち、そして召喚された何かの影が姿を現す。
「・・・・・・テンネ」
多くの木々が無惨な姿で地面に伏している中、辛うじて原型を留める一本の大木に凭れかかったケンタが一際低い声で隣の少女の名を呼べば、テンネはビクッと肩を揺らした。
「お前、自分が何を・・・いや、あれしか召喚できないのは自覚しているよな」
「・・・・・・えへっ」
「笑って誤魔化そうたって、そうは行かないからな!」
「いや、今日は何だか行けそうな気がしたんだよ?」
「何となくかよ」
「女の勘だよ」
「なら尚更当てにならねぇな」
「ちょっと、それどういう意味!?」
「お前に女の勘とか、二十年早い」
「そんなことないもんっ、私もう十六だよ?立派なレディじゃん」
「あー、はいはい」
「何その投げやりな返事、ちょー失礼!」
「つーか、お前呪文唱えなくたって召喚出来るだろ」
「・・・雰囲気から入れば何か違うものが召喚できるかなって」
「変わんなかったけどな」
「うぐっ」
「今日もチキンの唐揚げか」
「違うよ、チキンのステーキだったよ」
「即あれの口内に消えたからよく見えなかった。まぁ、どっちにしろチキンでしかねぇけどな」
数メートル先に倒れてピクリとも動かないモンスターをケンタが視線で示す。
「時間稼ぎにすらならなかったじゃねぇーか」
「そ、そんなことない!食べてる間5、いや3秒の足止めにはなったはず」
「呪文唱える時間と合わせるとプラマイゼロだろ」
「・・・・・・」
スッパリ容赦無く切り捨てられ、テンネは不貞腐れたように黙り込んでそっぽ向いた。
「ちょっと、たかが勇者の癖になにお嬢様に文句言ってんの?」
「たかが勇者って、それ結構名誉ある立場のはずなんだけど」
反射的にツッコミを入れてから、ケンタは勢いよく声の方を振り向いた。
いつの間に現れたのか、美しいとしか言いようのないほど顔立ちが整った男が、テンネの顔についた土埃を拭いたり、乱れた髪を梳かしたりと、甲斐甲斐しく世話していた。
「お前っ、何でいんだよっ!」
傍らの剣を掴み直ちに戦闘状態になったケンタとは裏腹に、漆黒の長い髪を後ろで一つに纏めた男は紅玉の瞳に冷ややかな光を浮かべてケンタを一瞥したのち、別人かと思うほどの甘ったるい笑みをテンネに向ける。
「お嬢様、搾りたてのオレンジジュースは如何ですか?ミントも少し入ってますので、より一層さっぱりと爽やかな仕上がりになっております。身体を動かした後によろしいかと」
「え?うん。ありがとう」
ケンタの緊迫した声でようやく男の存在を認識したテンネは驚きに目を丸め、勧められるがままに飲み物を受け取った。
「テンネ!」
咎めるように呼びかけ、ケンタは眉を顰める。
「俺も気付かなかったけど、何で触れられたお前も気づかないんだよ」
力の抜けた呟きに、テンネは小さく首を傾げる。
「あんまりにも違和感なく自然に居たから・・・・・・」
「お気になさらずに、お嬢様。主を煩わせないため違和感を感じさせないよう寄り添うのが優秀な執事の役目ですから」
「ヤン・・・・・・っ」
優しく微笑みかける男ーーーヤンの言葉に、テンネは感動してヤンの目を見つめ返す。
「いやいやいや、お前もう執事じゃないだろ。テンネも騙されるな、こいつは今敵なんだぞ!」
「そうだったっ!」
「チッ」
我に帰って一歩後ずさるテンネ。
ヤンと呼ばれた元執事は忌々しげに舌打ちを一つ漏らした。テンネに気付かれないよう、ケンタを睨みつけながら小さく。
「そう言えばお嬢様」
何処からともなく綺麗に包装された包みを取り出し、ヤンはそれをテンネに差し出す。
「胸元が少々空いていらっしゃいます。大変眼福ではありますが、それをそこのむっつりケダモノ勇者も見ているかと思うとあの目ん玉を括り出して家畜の餌にしたくてしょうがない。ああ、お嬢様のお目を汚したくないので、もちろんやりませんよ?ええ、今はまだ。なので着替えていただけないでしょうか?そういう格好は出来れば二人っきりの時にでもーーー」
「え・・・・・・っっっ、きゅわぁぁあぁぁ!!」
胸元と言われて下に視線を落とせばパックリと胸の前の布が裂けており、動く度に隙間から下着が見え隠れしていた。おそらく先ほどの戦闘でモンスターの爪を間一髪で避けた時に切り裂かれたのだろう。
一拍ほど惚けてから、テンネは悲鳴を上げてヤンから差し出された包みを掴み、少し離れた草の茂みに飛び込んだ。
もちろんヤンの後半の物騒且つ欲の混じった下心丸出しのセリフは耳に入っていない。
そんなテンネを、確信犯じみた笑みを浮かべたヤンが見送る。
「誰がむっつりケダモノ勇者だ、この変態!」
聞き捨てならないとばかりに声をあげたケンタ。
ヤンは何の感情も伺わせない無表情でケンタの方を振り向く。
その瞳はゾッとするほど冷たく、ケンタは我知らずのうちに身震いした。
手に持ったままの剣の柄を強く握り締め、警戒する。
だがそれは意味を為さず、気が付けばケンタはぶっ飛ばされて地面に背中を着いた。
「あまりお嬢様に馴れ馴れしくしないでくれる?目障りなんだよ」
「ぐっーーー」
ヤンに喉元を容赦無く踏まれ、ケンタは苦しげに呻く。
「幼馴染みだからって図々しい。昔から気に入らなかったんだよね。あの子に最も近いのは俺のはずなのに、周りをうろちょろして」
どうにかヤンの脚を退かそうと四苦八苦していたケンタは、言われた言葉に違和感を覚えてもがくのも忘れてヤンを見上げる。
一筋の光もない深い闇をたたえた瞳がこちらを見下ろしていて、気を抜けば飲み込まれてしまいそうだ。
「もう誰にも奪わせない。あの子は俺のものだよ。今度こそはーーーっ」
言葉を切ってパッと脚を退かし、ヤンはスーと離れていった。
突然の事にケンタは目を白黒させたが、すぐに謎は解けた。
真新しい服に着替えたテンネが文句を言いながら草むらの中から出てきたのだ。
「二人のバカっ、スケベ、変態!何ですぐに教えてくれなかったわけ・・・・・・?」
ニコニコといつもの笑顔を浮かべるヤンと地面に倒れているケンタを見比べ、テンネはキョトンとする。
「ケンちゃん、何してるの?」
「ケンタ殿は地面が好きなようで、先ほど唐突に『地面最高ー!』と叫んで自ら地面に倒れ込んだのです」
「そ、そうなんだ」
「んなーーーげほっ、ごほっ、けほけほっ」
白々しくさらりと言ってのけたヤンの言葉を信じ、テンネはやや引き気味にケンタを見やる。
ーーーんな訳あるか!!
ケンタは即座に否定するも、圧迫されていた喉に急に空気が入ったため、言葉にならずに無様に咳き込んでしまった。
「そんなことより、私の城にいらっしゃいませんか、お嬢様?」
極自然な仕草でテンネの手を持ち上げ、ヤンはキスを一つ落とす。
「美味しいものを沢山用意しております。お嬢様の好きなイノー豚のステーキはもちろんのこと、甘味魚の姿煮、コッケー鳥の香草焼き、ベリー果のパイ、アップル瓜のシャーベット。何でも好きなものを用意致しますよ?」
滅多に食べられない数々の珍味に、テンネはゴクリと唾を飲む。
「さあ、参りましょう」
腕を引かれるがままに進みそうになり、テンネは寸でのところで踏み止まった。
「はっ、危なかったわ」
ヤンの手の中から自分の手を取り戻し、テンネは首を横に振る。
「ダメよ、これからはぐれた仲間たちを探しに行かなきゃ。それに、あなたは今敵よ、ヤンーーーいえ、魔王!」
「・・・・・・・・・そうですか、残念です」
力強く自分を睨むテンネを愛しそうに見つめ、ヤンは手に残るテンネの温もりを閉じ込めるように拳を握る。逃さないために。
「いいでしょう。どちらにしろ貴女は私の城を目指しているのですから、もう少しくらい待ちましょうーーーーーー今まで待った年月に比べれば大したことはない」
最後に小さく呟き、ヤンは名残惜しく踵を返す。
「勇者、テンネを守れ。無事に私のところまで連れて来るんだよ」
視線一つ寄越さずに命令され、漸くまともに呼吸できるようになったケンタは顔を引きつらせながらも言い返す。
「言われなくたって守るさ、だが魔王城を目指すのはお前を倒すためだ!」
「できるものならね」
クスリと笑って、魔王ヤンの姿は景色に溶け込んで消えた。
まるで最初からいなかったかのように。
後に残ったのはモンスターの亡骸と勇者とその幼馴染の少女だけ。