第7夜〜残酷な死神
そして、ついに夜がやってきた。
町の場所がそのまま動く、言葉の通りだった.
俺たちが通り抜けた町中は暗闇に包まれている。
代わりに、あのダークテキーラストリートには鈍い光が灯っていた。
妖しい
そんな言葉が、1番似合う。
ヘムには、まるで合成写真のように、似合っていなかった。
「バー、エリザベス・・・だったか?」
「そうだよ。最も、本当にいるかは別だけど。」
「は?」
「彼は神出鬼没だからね。死神のくせに。」
似通った店ばかりが立ち並んでいるため、1度迷えば出るのは相当難しそうだ。
その中で、俺は必死に「エリザベス」の文字を探した。
「あ、あれか?」
「・・・・そうみたいですね。」
ヘムの声がいつもより心なしか低い。
嫌いな相手を目前にすると、こうも変わるものだろうか。
・・・カラン、コロン・・・
中にはむさい親父ばかりが転がっていた。
入るなり、じろりと睨まれる。
「ん?」
よく見てみると、奥のほうに1人だけ、若い男がいた。
両脇に女をはべらせて、笑いながら酒をあおっている。
黒いコートに京紫色の髪に金翼の耳飾り、緋色の瞳。
(あれ・・・どこかで会ったような・・・・・?)
すると、向こうが俺たちに気付いて、ひらひらと手を振った。
「あいつか?」
「そうだよ。」
俺たちは奥に進んだ。
ヘムの顔色が見る見る悪くなっていく。
「大丈夫か?」
「はい、ちょっと、お酒は苦手なものですから。」
ぞく、っと背筋に冷たいものが走った。
「よぉ、迷い猫。」
「迷い猫って・・・・あんた、あの歌の・・・?」
「前に言っただろうがよ。」
「前?って・・・どういう・・・・?」
「――そうか。なるほど、そういうことか。貴族様はやることが違うねぇ。」
俺にはさっぱり意味がわからなかった。
ヘムは憎しみの籠もった目で睨みつけているし、ファウストは何ともせず、薄ら笑いを浮べていた。
「それで?俺に何か用か?」
「俺を・・・元の世界へ戻して欲しいんだ。」
「そりゃあ、妥当な策だな。・・・こんなところにいたら、何れは喰われるし。見ろ、周りの目を。」
周りの親父どもは相変わらず睨みつけている。
俺は何となく肩をすくめた。
「ロキ、早くしてくれないか?」
ファウストがさらりと言った。感情のない、冷たい言葉だった。
「出来るといえば、できる。ただ・・・・」
「ただ?」
「ちょっとばかし、寿命が延びちまうけど。」
「ちょっとって・・・どのくらいだ?」
「200年くらいは、そのままだ。」
「に、200年!?」
俺は突然のカミングアウトに驚き、顎が外れるかと思った。
ちょっと=200年なんて、そんな計算成り立つわけがない。
「それと・・・・」
「まだあるのか!?」
「向こうの光は強い。龍の鱗で瞳を覆わないと、目玉を焦がすぞ?」
唯一ここから戻ってきたものが目玉を焦がしてしまった理由が、今ようやく理解できた。
ということは、恐ろしい言葉とはこの世界の事か・・・?
自殺してしまったのも、なんとなくわからなくもない。
「少し・・・・考えさせてくれ。」
(ごめん、ケンタ。)
俺たちは、エリザベスを出て、馬車に乗り、あの不気味な森を抜けて、屋敷へ戻った。
この世界の恐怖が、今になって身にしみた。
「あぁ・・・・月が・・・赤い・・・・」
俺は、絶望のあまり現実から逃げようとしていた。
ここにいれば喰われ、帰れば200年も生き、目は焦げる。
あの後ファウストに聞いた話だが、目を焦がさないための「龍の鱗」は、龍自体が絶滅しているため、入手はきわめて困難らしい。
「浦島太郎の方がましだよな。」
本気でそう思った。
***
時は流れ、翌日の夜。
今日は、レンドル家で行われる盛大なパーティ。
招かれるのは、5公5侯7伯8子10男爵。
月に一度、公爵家が舞踏会を催す決まりがあるのだとか。
そして、なぜか俺もその舞踏会に出ることになってしまった。
『私の連れだというから、気にせず食事をしていてくれ。』
とのファウストのお達しだが、どうせ出されるメニューは赤い肉だろう?
逆に、気にせず俺を部屋に放っておいてほしかった。
数十分前によそよそしくメイドらしい人が入ってきて、俺を着替えさせた。
歴史の時に習ったルイ〜世が身につけているような煌びやかで豪勢で、ふりふりの服。
現代日本人の俺には、牢屋にいたときの服よりさらに似合わない。
・・・コンコン・・・
「あ、どうぞ。」
「どうだい?――うん、なかなか似合うじゃないか。」
ファウストは、さらに美が引き立っていた。
いっそ、かぼちゃパンツも着こなせそうだ。
美しいラインが秀でて、俺は一瞬言葉を失った。
「・・・お前の方が似合ってるよ。」
「おや、嬉しいことを言ってくれるね。」
ヘムもパーティに出るらしく、まだ準備中だそうだ。
つまり、この部屋にいるのは現在、ファウストと俺の2人きり。
「そうそう、篝。その服にどうして襟があまりないのか、わかるかい?」
「わかるわけないだろ。」
ファウストは耳元で囁く。
「首から血をいただきやすくするためだよ。」
「なっ・・・なっ・・・・」
ファウストはにこっと笑った。
だが、瞳は真剣そのもの。絶対、この言葉に嘘偽りはない。
自然と、そう思えてしまう。
ファウストは俺の首筋にそっと、冷えた指先をあてがった。
「ここに、牙が2本、突き刺さる。」
ファウストの口が、ゆっくりと開く。
そこには、人間では考えられないほど鋭利に牙が覗いていた。
俺は息を飲んだ。
鼓動が早くなっていっているのがわかる。
「私以外に・・・咬まれてはいけないよ?いいね?」
「あ、ああ・・・・・。」
「いい子だ。」
「ファウスト様、篝さん、そろそろ皆様がそろい始めてますよー?」
一瞬の沈黙は、ヘムの言葉によってすぐに流れていった。
「今行くよ。」
俺は小さく安堵の息をついた。
そしてファウストは俺の手を小さく引いて、行くよ、と促した。
――恐怖の舞踏会の始まりだ。




