第5夜 深紅の瞳
外は相変わらず暗闇に一筋の赤い光が差し込まれているだけだった。
でも、俺の体内時計が、今は夜だ、と知らせていた。
何度も気を失っていたというのに、情けないにもほどがある。
「・・・・あっ・・・・!!」
静まり返った屋敷の中で、艶のある1つの声が響いた。
この声の主は・・・・
「ヘム?」
俺はどうにも気になり、眠たく重い体を起して、鼻を摘みながら屋敷の中を探索した。
一つの部屋に、明かりが灯っていた。
同時に、その部屋からはヘムの声が聞こえた。
「・・・もう・・・・立ってられな・・・・」
「・・・・。」
もう1人いるようだが、そいつは全く喋られない。
俺はそっと扉を開けた。
「な、何やって・・・」
部屋の中には、信じられない光景が広がっていた。
ぐったりと力をなくし、抱きかかえられているヘムと・・・・・ファウスト。
ヘムの首筋には2つの穴が穿たれ、赤い液体があふれ出している。
一方ファウストの口元は赤く染まり、2本の牙が覗いていた。
そして、その瞳は深紅に染まっていた。
「おや?・・・・篝・・・?」
「篝・・・・さ、ん・・・・・」
俺は恐怖感のあまり、その場から逃げ出し、廊下を走った。
いつもより、スピードが出ない。足が震えて、思うように走れない。
「君も・・・私に血をくれるのかい?」
一瞬にして俺の目の前に現れたファウストは、器用に下を使い、口元の血を舐めとった。
動きの一つ一つが妖艶で、恐怖感をさらに高めた。
俺は震えが全身に回り、床に這いつくばった。
我ながら、かっこいい姿とは思えない。
ファウストが俺の前にかがむ。
俺はばっと顔を逸らし、ファウストを避けた。
だがファウストは俺の顎をつかみ、すぐ近くまで顔を近づけた。
「君の血は・・・とてもおいしかった・・・・。」
前に1度、血を舐めとられた事があったことを、俺はリアルに思い出した。
はぁ、と熱い吐息が首筋にかかる。
(もうだめだっ・・・!)
俺がぎゅっと瞳を閉じた瞬間、体がふわりと浮かんだ。
「忠告しただろ?迷い猫。」
「あ、あんたは・・・・」
京紫色の髪は肩まで伸び、耳には金色の翼が輝いている。
血のように赤い緋色の瞳。
黒いフードを被った男は、ひょいと俺を持ち上げ、笑った。
(助かった・・・・)
「迷い猫って・・・もしかして・・・・・」
「そう。お前さんに歌ってやったのは、このオレ様よ。」
「あ、ありがとう。」
「いいってことさ。人間のお客人。」
この男もまた、ファウストとは違った美しさを持っていた。
お貴族様タイプのファウストとは違い、この男はホスト系だ。
「貴様・・・・」
「いきなり人間を襲うなんてのは、尋常じゃねぇよな?レンドル公爵?」
「ロキ!!」
ヘムの声が暗闇から響いた。
(ロキ?そうか、こいつが・・・)
「ん?ヘイムダルじゃねぇか。元気だったか?」
「僕に気安く話しかけるなっ!」
「冷たいねぇ。」
ふぅっとため息をつきながらヘムを見やるロキ。
今の状況では、こいつらがどんな関係なのかは、想像もつかない。
「その子を返してくれないか?」
ファウストが腰に響くような声で、低く言った。
「いいともさ。そのかわり・・・・喰うなよ?いますぐには。」
「滅相もない事を言う。さっさとどこかへいきたまえ。」
「・・・これだから貴族は・・・。――じゃあな。迷い猫。」
「お、おいっ!まだ話が・・・!」
「嫌われ者は退散だ。」
ロキは天井にスゥッと消えていった。
だけど、俺はもう少し話していたかった。
あいつが死神なら、俺を元の世界に連れ帰ることができるかも知れない。
「すまないね。嫌な思いをさせてしまって。」
「お前・・・俺を喰おうとしたんだぞ!?すまない、ですまかよ!」
「篝さん、落ち着いて・・・」
「これが落ち着けるかっ!この匂いはお前が元凶なのか!?ファウスト!」
一度は、いい奴だと思ったのに。
一度は、意識してしまったというのに。
裏切られた。
そんな気持ちが俺の中を駆け巡った。
帰りたくない?そう考えた自分がバカらしく思えて仕方なかった。
「吸血鬼だからって、何してもいいと・・・・は・・・・・ならな・・・・」
急激な眠気が襲った。
(ダメだ・・・ここで負けるわけには・・・!)
そんな思いも虚しく、俺はその場に崩れ落ちた。
ヘムが睡眠香を振っているのにも気付かずに、そのまま。
***
「うわっ!遅刻だ!」
「お、おはようございます。」
「あ、ヘム!はよっ・・・・ってか母さん、何で起してくれないんだよ!?遅刻じゃねぇか!」
「ち、チコク・・・?」
「って・・・・・あれ?」
朝・・・・なのに、辺りが暗い。
ここで俺は現実に引き戻された。
(そうだ・・・ここは・・・・)
「こっちだったんだ・・・・」
俺は肩をがっくりと落とした。
その瞬間、頭がズキンと痛んだ。
まるでハンマーで殴られたかのような、鈍い痛み。
「ん・・・・俺・・・・・」
「どうかしましたか?」
昨晩、何か・・・そう、大切な何かがあった気がする。
だけど何も・・・・・・・・思い出せない。
「なぁ、ヘム、昨日の夜・・・」
「さ、朝食ですよ。朝食。」
「あ・・・俺、自分の分は自分でやります・・・」
「そうですか?僕、作りますよ?」
「結構です・・・。」
心なし話をスルーされた気がしたが、きっと気のせいだろう。
それにしても・・・・
(頭・・・痛ぇ・・・・)
「おはよう。篝。」
「はよ・・・ファウスト・・・・」
俺は欠伸しながら言った。
(あれ・・・?)
どうしてなのか、理由は見当もつかないが、体が震える。
ファウストと目が合うと、体が動かなくなる。
「今日は、町に行くんだったね。」
「そうだったな。」
「おやおや、随分といい加減だね。君が行きたいと言い出したのに。」
「なんか、変なんだ。記憶が没落したみたいな、変な感覚。」
「体調が悪いなら今日でなくでも構わないよ?」
「大丈夫、大丈夫。ヘム、お前も行くだろ?」
「えぇ、ご一緒させていただきます。」
そうだった。
その『死神』とやらに会いに行くんだ。
・・・・死神?
ズキッと頭痛が走る。
だいぶ、ここの悪臭にも慣れてきたところだというのに、今度は頭痛か。
と、己に悪態をついてみるが、全く効果は見られなかった。




