第4夜 天使と堕天使
――子猫・・・子猫・・・迷い猫
――かの猫焦がれるヴァンパイア
――なれど所詮は禁の園
――待つは悲しき運命のみ
(あれ?・・・・なんか、歌詞が違うような気が・・・)
「ん・・・・」
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ・・・・」
俺は少しだけ期待していたのかも知れない。
目を覚ましたら、明るい光が窓から差し込み、母さんが怒鳴る声が聞こえて、いつものように学校に行って、帰って来たらケンタの散歩。
だけど、その期待はすぐに粉砕された。
相変わらず、制御はされていても鼻を衝く血の匂い。俺の部屋より数十倍も豪華な部屋。
そして、ヘムが傍らで微笑んでいた。
「ファウスト様に何かされましたか?」
「ああ・・・・って、はぁ!?」
「隠すのが下手ですね。――ファウスト様が血相を変えて走ってきたんですよ。『ヘム!篝が倒れた!』って怒鳴って。」
「ファウスト・・・・そうか・・・・」
まだ・・・唇が熱い・・・・。
「篝さん、顔、赤いですよ?」
「へ?・・・・」
「一体何されたんですか?教えてくださいよ。」
「ふぁ、ファウストに聞けよっ・・・」
「嫌ですよ。おもしろくないじゃないですか・・・」
翼をもがれた意味が、何となくわかった気がした。
「そういえば・・・・」
ヘムの表情が少しだけ暗くなった。
「帰りたい、って言ったそうですね。しかも、そのためにはロキにも会うと。」
「そんなに嫌な奴なのか?」
「ええ・・・・ものすごく。この世のものとは思えないほど。嘘つきで、女垂らしで、何を考えているのかわかりやしない。」
ここまで顔を歪ませたヘムを見るのは初めてだった。
いつもそれこそ皮肉にも、天使のようだったヘムが、今は全く違う。
「けどさ、俺、なんかわからなくなってきたんだ。」
「何がです?」
「俺自身は、帰りたい。でも、なんか・・・・・」
「帰りたくない理由が出来たってことですか・・・・どういう心境の変化です?」
「俺にもわかんないから言ってんだろ?」
「そうでしたね、すみません。・・・・・なら、探してみればいいじゃないですか。なぜ、変化したのか、その理由を。」
「お前は、どう思う?ヘム。」
「そうですね。やっぱり、ファウスト様に関連してるんじゃないですか?」
「げ〜。」
「いい反応です。」
(ヘムの奴・・・俺で遊んでないか?)
だけど、ヘムの言っている事はたぶん実行する価値がある。
この世界に来て俺があったのは、ファウスト、ヘム、そして歌う男。
なら、きっと理由はファウストだと思う。
だけど・・・・わからなかった。
――ここまで激しく求められる事なんて、なかったから。
***
「すみませんが・・・・これは、何ですか?」
俺の前に差し出されたこれまた綺麗な皿。
でも、乗っているものが乗っているものだ・・・・。
「安心して。ただの牛肉だから。」
「ファウスト、牛肉っていうのはいいと思うけど・・・・」
これ、焼いたの?
赤い。焼肉屋でまだ皿に乗っている状態の赤さだ。
「焼いてるだろう?充分。」
「・・・・・厨房に行ってもいいか?」
「僕がしてきましょうか?」
「いや、自分でする。」
そうだった。ファウストは吸血鬼。血なんて気にもしないんだよな。というか、どちらかといえばそっちが重要なのか?
その後、肉をしっかりと焼いてテーブルにつくと、ファウストもヘムも目を丸くして驚いていた。
「どんな風に焼いたらそんなに黒くなるんだ・・・・?」
「篝さん、焼きすぎでは?」
「普通だから。」
なんだか、全てに躊躇いがちになってきた。
食べ物も、飲み物も。何がはいっているのかわかりやしない。
「なぁ、ファウスト。」
「何かな?」
「うぐっ・・・・」
「ん?」
俺はここではじめて自分の異変に気付いた。
ファウストの目を見られない。先ほどの出来事が脳裏を過ぎり、まともではいられない。
「ま、町に連れて行って欲しいんだ。」
「構わないよ。じゃあ、明日にでも行こうか。」
「いい・・・のか?」
「町だろう?止める理由はないからね。」
ファウストが口角を吊り上げて笑った。
それだけで心臓が跳ね上がり、牛肉が喉に詰まりそうになった。
「どうしたんだい?顔が赤いよ?」
「な、何でも・・・ない・・・・」
(だから顔を近づけるなっ!)
俺は目を逸らしながら言った。とてもじゃないが近すぎる。
俺とファウストの距離は現在10センチ。ファウストの長い髪が俺の顔にかかる。
「ファウスト様。お行儀が悪いですよ?」
「ヘム、邪魔しないでくれよ。」
「何が邪魔なもんですか。篝さん、嫌がっているでしょう?」
「そうなのか?」
「うん、うん、うん。」
俺は必死に首を縦に振った。ヘムに感謝だ。
「残念。」
ファウストはすっと自分の席に戻った。
俺の頭の中は困惑していた。
なんとなく、ここにいることを楽しいと感じ始めている。
だけど、ここは俺のいるべき場所じゃない。
どうしたら・・・・・・。




