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第2夜 妖しの世界

「おや、起きたようだね。」


その透き通るような、色香を漂わせる美声は男である俺でさえも聞き惚れてしまいそうだった。

カッ、カッと規則正しくヒールの音が刻まれていく。

俺は重たい体を少しだけ起して、男の方を見た。


「なっ・・・・・」


言葉を失うほど、美しい男だった。


薄竜胆色ドーンミストの髪は後ろで結いであったが、腰の辺りまである。少し乱れて前髪が垂れ、その隙間から浅梔子色ペールアプリットの美しい瞳がのぞいていた。

体型はすらっとした長身で、優雅な腰つき。そしてやっぱり18世紀のレース付きの服。でも、典型的な日本人タイプの俺より、断然似合っていた。むしろ、この男のためにこの服が作られたのではないかと思うほど。

「君が何人目だったかな。誤って・・・こっちに迷い込んでしてしまう子は。」

「だ、誰だよ・・・お前・・・・・」

「ファウスト・ヴォルテール・レンドル。君は?」

「ここ・・・どこだよ・・・・・」

「おいおい、私の問いに答えてくれないかね?話が進まないだろう?」

「人のことさらっておいて、よくもそんな口を・・・!!」

「さらう?人聞きの悪い・・・・」

ファウスト、と名乗った男は俺に少しずつ近づき、鋭利な爪で服を引き裂いた。

爪が少しあたって胸の辺りが少し切れて痛い。

じんわりと血が滲む。

「助けてあげたのだよ?あのままあそこを彷徨っていれば、ギルダム公爵のところへ連れて行かれて、今ごろ皿の上だったろうね。」

そして、ファウストは俺の胸に顔を近づけ、その血を舐めた。

ぞく、といいようのない感覚が俺のなかを突き抜ける。

「何しやがっ・・・・」

「あんまり抵抗すると・・・・食べちゃうよ?」

ぐっと俺の瞳を捕らえたファウストの瞳の色は、浅梔子色ペールアプリコットから真っ赤な濃蘇芳色ワインへ変わっていた。

底光るファウストの瞳を見て抱く気持ちは、美しいを通り越して、恐怖を覚える。


『拒めば 貴族の腹の中』


俺の脳裏にあの歌が浮かぶ。

(こいつ・・・・まさか・・・・・本当に・・・・?)

人間じゃないのかもしれない、そんな感情を抱いたのは生まれてから初めてだった。

「ファウスト様、いけませんよ。お客人なのでしょう?」

「ヘム・・・・お前は見つけるのが少々早すぎないか?」

「ファウスト様のお考えになる事を、ヘムは手に取るようにわかります。」

またも扉から声が聞こえてきた。

今度はまだ若い、俺よりも若い少年のアルトボイス。

鬱金色カナリーの髪は肩まで伸び、ウェーブがかかっている。

瞳の色は柔らかい若竹色パステルグリーンで、彼の性格をその瞳が物語っていた。

ヘム、と呼ばれたその少年は、指に鍵を引っ掛けていた。

そしてその鍵で、俺の足と腕についていた枷を外した。

「痛かったでしょう?枷も・・・・この傷も・・・」

「あ、ああ・・・・・」

少年が触れると、見る見るうちに痛みはひき、傷は治ってしまった。


俺は確信した。


こいつらは人間ではない、と。



アルトボイスの少年は、俺に微笑みかけた。

「僕は、ヘイムダル・クライスレッド・ラスィング。ヘムとおよびください。」

「ここは・・・・・?」

「ああ、そうでしたね。ここは、レンドル公爵の屋敷です。すみません、こんなかび臭いところに閉じ込めてしまって。」

「いや、まぁ・・・・」

俺はなんとコメントしていいものなのか、全くわからなかった。

自分がどうしてここに来ているのか、そもそもここはどんなところなのか。何もかもが不明。ただわかったことは、この恐ろしく美しい男は、そのレンドル公爵の血縁の者だということだけ。最も、そのレンドル公爵ですら、俺は知らないのだが。

「以前にここに迷い込んだ人間は、鼻を衝かれてしまってね。精神が狂ってしまったのだよ。だから、仕方なくここへ。すまなかったね。」

恐怖心からか、肩が一瞬びくついた。

「ほら、ファウスト様。お客人が怖がっていらっしゃるじゃないですか。全く、何度言ったらわかるんですか?」

「仕方ないだろう?私の趣味なのだから。」

はぁ、とヘムはため息をつき、一拍置いてから問うた。

「・・・・・そうそう、あなたのお名前は?」

「・・・・蒼李 篝。」

「美しい名前だね。」

あまり一般的な名前ではなくて、昔からいろいろといわれてきた俺だったが、美しいといわれたのは生まれてこの方初めてだ。少々、戸惑いを隠せなかった。

そして、俺は扉の前まで案内された。

「少しつらいかも知れませんが、我慢してくださいね。」

ゆっくりと扉が開かれる。

「っ!!」

ひどかった。

とても豪勢な装飾品が溢れかえっている廊下が見えているのだが、扉から流れてくるにおいは、ひどかった。鼻を衝かれて精神が狂う、確かにそうだと思うほど。

血なまぐさい。まるで大量出血の患者が50人ほどいるくらいに、血の匂いが充満していた。

「ううっ・・・・」

凄まじい嘔吐感が襲う。

「顔色が悪いよ?大丈夫?」

俺は首をふるふると振った。口を開くのも恐ろしい。

「ファウスト様、急ぎましょう。このままだと、同じことの繰り返しです。」

「そうだね。」

肩に手を添えられて向かった先の部屋は、少しだけ居心地がよかった。

血の匂いが押さえられている。俺は何度も深呼吸をした。

「何なんだよ・・・ここは・・・・お前らは・・・・・何者・・・・!?」

「ここはダークブラッドタウン。略して、DBタウン。魔が蔓延りし世界。」

「ま、魔?」

「ここには、あなたのような人間はいません。一人として。」

「このDBタウンに暮らすのは、吸血鬼、死神、精霊・・・・などの種族だけだよ。」

背中に冷たいものが走った。


――日が沈んだら、絶対に足を踏み入れるな――


いつの時代の誰が残した言葉なのかは知らないが、この言葉は真実だったようだ。


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