枕元呪詛
新しく始めました。
ふんわり設定ですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
設定の都合上「連載」としていますが、1話完結でお楽しみいただけます。
都から離れた程良く賑わう小都市、綾杜。秋の収穫を迎えて市が開かれ、屋台が並ぶ。握り飯や甘味の香りとともに、お面や紙細工の人形が街を彩る。
俺は、相棒の東智とともにお使いに来ていた。こいつは、さっきから甘味を扱う屋台という屋台を覗いては、味見と称して食っている。ひょろ長い身体のどこに入るか不思議で仕方ない。
「東智、お前、お嬢のお使いをいいわけに食いすぎだぞ」
「ええ? だって、どうせ買うなら美味しい方がいいでしょ? 西智も食べる?」
東智がわざと驚いたような顔した後、ニヤリとして持っていた団子を突き出す。いつもこいつに遊ばれている俺は、面白くないと思いつつも歩き回って小腹が空いていた。
「……食う」
「もう、素直じゃないなあ。欲しいなら欲しいと言えばいいのに。これ食べて、背が伸びるといいね」
「背は関係ねえ! ――んぐっ」
身長が低いことを気にしている俺は、つい反射的に声を上げる。東智は、そんな俺の口めがけて容赦なく団子を突っ込んできた。くそ、ムカつく!
「うーん、やっぱりヤマ婆の栗蜜かなあ」
口いっぱいの団子と格闘している俺を無視して、東智がヤマ婆の店に向かう。通りすがりの娘たちが、口元を手で隠しながら、クスクス笑っている。俺は、恥ずかしさと苛立ちをごまかすように東智の後を追いかけた。
その後、ヤマ婆の店で無事に目的のおやつを手に入れた俺たちは、屋敷に戻りながら市の雰囲気を楽しんだ。途中、仕事前の遊女が何人か東智に声をかけてきたが、俺をチラリと見ると残念そうに離れていった。解せぬ。
「西智には、まだ早かったねえ」
東智が俺を見てニヤニヤ笑う。お前はこの前十七になったばかりだろう。俺と二つしか違わねえのに、何言ってんだ。全く、こいつはいちいち俺に絡む。かまってちゃんかよ。ちなみに、俺の方が年下だが、何か?
通りを曲がり、主が使用する紙を購入するため文房屋に寄る。商品を受け取って代金を支払っていると、背後で話し声がした。
「ねえ聞いた? “枕元呪詛”の話」
振り返ると、町娘らしき二人がひそひそと話している。
「夜な夜な枕元で“うらめしや”って。もう何日も続いてるそうじゃないか」
「この前、とうとう倒れたって……」
「どこで怨みを買ったのかねえ」
「呪われるなんて怖いねぇ」
どこにでも噂好きな奴らはいるんだな。ただ、呪いという言葉に引っかかる。俺と東智は目を合わせた。これは、主に報告が必要かな。
まずは、お使いの品を持って帰ろう。俺は、東智と別れ屋敷に急ぐ。
屋敷に戻ると、女中のチヨがお嬢のおやつを待っていた。「遅いですよ!」なんて文句を言って受け取る。寄り道をしていたのは、俺のせいではないのに当たられるのは理不尽じゃないか? 悔しいから、東智の分のおやつを減らしておこう。
「主、ただいま戻りました」
「ああ、お帰り。ご苦労だったね」
戻ったことを主に報告する。合わせて、呪いの噂も報告しておく。
すると、表門の方が俄に騒がしくなった。
「黒持っ、黒持殿っ! 黒持どのは居られるかっ!」
荒い息とともに大きな足音が廊下に響く。その後ろでチヨが「お待ちください! お待ちください!」と必死に呼び止めている。足音は迷うことなくこちらに向かってきた。
「黒持殿! おお、ここに居られたか!」
「これは、三好殿。どうなされた?」
「助けてくれ! 息子が、息子が呪われたのだ!」
三好と名乗る白髪混じりの陽に焼けた男は、主と同じ役人だ。その割に書類仕事が苦手で、何かと理由をつけては主に仕事を押し付け、農民に混じって田畑を耕しているらしい。主よりも年上のために断りにくいと、主がよく愚痴をこぼしていた。うん、一発、殴っとくか?
三好殿の話では、七日前ほどから息子の枕元で毎夜呪詛が吐かれるようになったらしい。本人に聞いても心当たりはなく、怯えて部屋から出られず仕事を休んでいるそうだ。街の噂はこいつかよ。
「寺にも相談したが、掛け合ってももらえず……」
「そうでしたか。それで、私に何を?」
「そこでだ、黒持殿は、都に伝手はないか?」
「都、ですか?」
どうやら、街の寺ではどうにもならないから、都の陰陽師を呼び寄せたいらしい。残念だが、正規の陰陽師は公人だから、一介の役人の依頼なんて受けねえよ。来るとするならモグリの陰陽師だが、奴らの対価はとんでもない高額だから、三好殿では難しいだろうな。
「申し訳ないですが、私ではお役に立てないかと……」
主の返事に三好殿が絶望の表情をする。確か、この家の息子は一人しかいないから無理もない。
「ちなみに、ご子息のまわりで最近変わったことは?」
「変わったというか……。とりえのない放蕩息子だが、ようやく嫁入りが決まったところだ」
「それは、めでたい」
「しかし、こうなっては……」
三好殿が悔しそうに眉間に皺を寄せて項垂れる。膝の上で衣を掴む手が震えている。
主が視線を俺に向けてわずかに頷く。あー、はい、わかりました。やりますよ。
主は、机の引き出しから「気休めですが」と言って、一枚の札を三好殿に渡した。三好殿は「かたじけない」と受け取り、立ち上がる。俺は三好殿を表門まで案内し、来た時とは打って変わって静かに小さくなった背中を見送った。
すると、ちょうど東智が帰ってきた。
「あれ? わざわざ、お出迎え? そんなに俺のことが待ち遠しかった?」
「うぜえ」
「ふふ、照れなくてもいいんだよ。――って、危ないな?」
ニヤつく東智の腹を殴ろうとしたが、うまく躱された。ちっ、避けんなよ。
「それよりも『仕事』だ」
「あー、了解?」
俺は、雑用を済ませた後、夕飯を食いながら東智と持っている情報のすり合わせをした。もちろん、主への報告も欠かさない。屋敷に住む者たちが眠りにつくのを見計らって、俺たちは外に出た。
綾杜の夜は早い。昼間の喧騒が嘘のように静かだ。時折吹く風が、少しひんやりする。山が近いこともあり、収穫を終えればこの辺りの季節は一気に進む。空気の冷たさが、それを教えてくれていた。
風に揺れる葉の音に隠れて、屋敷に忍び込む。役人の家とはいえど、見張りを雇えるほど裕福でもない。忍び込むのに造作もなかった。俺と東智は無言で庭木の集まる一角に身を潜めた。
東智から聞いた息子の部屋は、裏門に近い場所だった。主からもらった札の効果で、今日は静かに眠れているだろう。
「この辺りかな」
東智が微かに呟いて見つめる先は、一本の木の根元。他の場所と土の色がわずかに異なる。ずいぶんと分かりやすい。東智が音を立てないように土を掘ると、一体の藁人形が出てきた。人形についた土を払う。胴にはしっかりと細い釘が撃ち込まれていた。胴を開くと、数本の髪と呪符。当たりのようだ。
「わりと、ちゃんとしたやつだね」
藁人形をブラブラ揺らしながら東智が少し思案気だ。俺も、そんな事できる奴が、この街にいるなんて聞いたことがない。どこから手に入れたか調べたほうがいいな。ちぇ、仕事が増えちまった。
「そのまま返すと、後が追えなくなるかなあ」
東智が小さい声でぶつぶつ言っている。
呪いは自分の命を削って行う行為だから、呪いが強ければ強いほど生命力を使う。東智が言っているのは、呪った持ち主から購入元をたどれるかの心配だろう。
「呪詛吐くだけで実害がないなら、返されたって知れてるだろ」
「それもそうか」
東智は納得したのか、懐から何も書かれていない一枚の紙片を出す。それを藁人形に被せ短い言を紡いだ。
白い紙がじわじわと黒くなる。藁人形に入っていた呪符に込められた思念が、被せた紙片に吸い出される。そして、思念を吸い取った紙片は龍に形を変え、元の持ち主のもとへ飛んでいく――――はずだった。
龍は勢いよく空に昇った後、何故か俺たちに向かって急降下してきた。
「え!?」
東智が急な展開に動揺している。俺は東智の前に飛び出し、持っていた両手剣で龍の攻撃を受けた。
「……っ、ばかやろうっ! 呆けてどうするっ!」
本来、追い返しの術は“元の持ち主”に戻るだけのはずだ。なのに、紙は俺たちを持ち主だと誤認している。疑問はあるが、今はコイツをどうにかするしかない。
「っは……屋敷の連中が出てくる前に、場所を変えよう」
我に返った東智が、冷静に状況判断する。俺たちは、龍を弾き返した隙を狙って屋敷を離れた。
龍の攻撃を避けながら、俺たちは街から離れ、開けた場所に龍を誘導する。
「ちゃんとついてきてるな」
「はあ、まさか自分の飼い犬に噛まれるとは思わなかったよ」
東智が「犬ではないから、飼い龍か?」なんてふざけているが、随分とご立腹らしい。そりゃ、自分のものに手を出されたんだからそうだよな。開けた場所で、龍と距離をとって向き直る。
「全く、誰が飼い主なのか、躾し直してあげるよ」
東智が鎖鎌を構えた。俺も剣を構える。
さあ、反撃だ。
口を開けて向かってくる龍を片方の剣で受け止める。片手を取られたところを横から龍の尾が襲う。間一髪のところで東智の鎌が龍の尾を捉えた。俺が剣ごと龍の体を捻る。バランスを崩した隙を見逃すことなく、東智の鎖鎌が龍を縛り上げた。
その時、龍の喉元に何かが引っかかっているのに気がついた。俺は直感で自分の懐から紙片を出して言を放つ。
「虎っ」
紙片は空中で白い虎に変わり、そのまま龍の喉元に噛みついた。龍が苦しそうに悶える。暴れる龍にしがみつき、白虎が龍の喉を食いちぎった。肉をちぎられた龍はその形を保てず、細い光に形を変える。
光は、俺たちに向かうことはなく、三好の屋敷の方に飛んでいった。今度こそ、元の持ち主のところに行ったようだ。俺は白虎から龍に引っかかっていた物を受け取る。それは、折れた針だった。
「コレが原因か」
「僕の龍に随分と舐めたことをしてくれる。何処のどいつか知らないけど、余程痛い目にあいたいらしいね」
東智がひどく冷めた目で俺の手の中の針を摘む。そして、自分の掌に乗せると、青白い炎が上がった。針は炎に炙られて跡形もなく消えた。
長い夜が終わった。
「少しは反省してください」
昼前まで眠っていた俺は、遅い飯を食べた後、お嬢の部屋に呼ばれた。そして今、お嬢の前で正座をさせられている。俺の右横には主が、その隣には東智が同じように正座させられている。
「なぜ、私に何の相談もなかったのですか。最初から私に任せてくだされば、わざわざ東智と西智を出向かせることもなかったのですよ?」
「まさか、ああなるとは思ってなかったんだよ」
主が困ったような顔をして、言い訳をする。確かに予測できなかったことはあるが、その言い訳はお嬢には通用しないことを俺は知っている。
お嬢は、公にはしていない陰陽師だ。その力は主よりも強大なのだが、政ごとに利用されるのを避けるために、主によって隠されている。表向きは、病弱と言っているが全くの嘘だ。昨日買った栗蜜も美味そうに三つも食って、チヨに怒られていた。
ちなみに、主が三好殿に渡した札は、慢性睡眠不足の主のためにお嬢が作成したものだ。
三好殿の息子を呪っていたのは、同じ屋敷にいた女中だった。
どうやら、息子との夫婦の約束を信じていたのに、自分ではない女の嫁入りで、許せなくなったらしい。出入りの商人に仕返しを唆されて藁人形を買ったことを女中仲間に話していた。聞けば息子の方は、あちこちで同じことを囁いて遊んでいたようだ。どうしょうもないクズだな。女中は、呪い返しで正気を保てなくなり、治療院へ入ることになった。
三好殿は、今回の件で息子の性根を鍛え直すらしい。どこまでやれるかは分からんが、是非頑張ってもらいたい。
「で、結局アレは、何?」
正直、三好殿の息子や女中のことは、どうでもよかった。俺が気になったのは、東智が燃やした曲がった針だ。
「外法だよ」
「外法……」
お嬢のかわりに、隣で正座をしていた主が疲れた顔で答えた。
外法とは、モグリの陰陽師が集まってできた反社会組織だ。目的のためなら、手段を選ばない連中。今回の呪いが、奴らにとってどんな狙いなのかは分からんが。
「女中は知らずに買ったようだ。売った商人は随分前にここを離れている」
つまりお手上げってことか。思わず舌打ちが出て、お嬢に窘められた。
「それはそうと西智、あなた、この間のお使いの途中で団子を食べたそうね?」
「へ?」
「東智から聞いたわ。お使いを言い訳に、いろいろ食べたそうじゃない?」
「そうなのか? 主である私には何もなかったが?」
「は?」
ちょっと待て。それをやったのは俺じゃねえ。確かに団子は食べたが。主も矛先が変わったからといって、お嬢と一緒になって俺に詰め寄らないでくれませんかね!?
「ということで、西智は、今日からしばらくおやつ抜きね」
「な!? ちがっ」
「言い訳はしない」
東智の方を見ると、ニヤニヤしている。コイツ、俺を嵌めやがったな! 東智が俺に近づいて、小声で耳打ちする。
「おやつの恨みは怖いんだよ」
ちくしょう!




