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1話「転生者」

 この世界では、俺は村人の子供だった。


 朝は、土の匂いとともに人の気配が動き出し、昼には太陽の下で汗を流し、夜になれば、早々に灯りが消える。


 それだけで日々が回っていく、小さな農村。


 母に抱かれ見た風景は、俺がこの世界に来る前、疲れ切った頭の片隅でぼんやりと願っていた「理想の暮らし」そのものだった。


 俺がこの世界に生まれ落ちてから、すでに一週間ほどの時が流れている。


「あら、起きてたのね」


 柔らかな声が、耳元で響く。

 視界に映るのは、ぼんやりとした逆光から、覗き込む優しい顔。


 母――シーラが、朝の家事を終えて俺の寝床やってきた。


「ん? もうそろそろお腹が空く頃かな?」


 そう言って、慣れた手つきで俺を抱き上げ、小さな体を確かめるように、優しく包み込む。


「早く、あなたの名前を呼びたいわ」


 ふと、そんな言葉が落ちてくる。


 ――名前?


 そういえば、俺はまだ一度も名前で呼ばれたことがなかった。


 呼ばれるのは決まって、「坊や」だとか、「私のかわいい赤ちゃん」だとか、そんな曖昧な呼び方ばかりだ。


(……まあ、まだ決まってないんだな)


 妙なところで冷静な自分に、少しだけ苦笑する。

 もっとも、この体は完全に赤ん坊だ。

 不満を口に出すことも、抗議することもできない。


 この体になってからというもの、体は思うように動かず自由が利かない。

 すぐに腹は減るし、すぐに眠くなる。

 なのに、その理由を言葉にすることすらできない。


 ただ、前の世界で万年寝不足だった反動か、必要以上に眠れることだけは、妙に充実していた。


 腹が減っても強く欲しがらない俺に対して、シーラが必要以上に胸を押し付けてくるのは、正直――嬉しくもあり、少し困ったものだが。


「いよいよ来週だな」


 低く落ち着いた声が、部屋に加わる。

 父――ロウだ。


 簡素な服に身を包み、外仕事の支度を整えながら、

 ちらりとこちらを見る。


「……こんな辺境の村から、勇者なんて出やしないさ」


 ロウはそう言って、不安そうな表情を浮かべるシーラを安心させるように言葉を続けた。


「選別が過ぎれば、またいつもの生活だ。偶然の産物が私たちの子のはずがないだろう」


「……そうね」


 ロウの気持ちを汲み取り、シーラが微笑む。

 だが――


「……でも、生まれたとき以外、ほとんど泣かなくなったのよね。この子」


 その言葉に、空気がわずかに張りつめるのが分かった。

 二人の間に漂う、ほんのわずかな恐れ。


「名前をつけてあげよう。選別のあとにな」


 ロウはシーラの肩を優しく支え、短いやり取りのあと、沈黙が落ちた。


 生まれたばかりの俺には、そのロウの言葉の意味も、そこに滲んだ不安の正体も、まだよく分からなかった。


 ただひとつ。

「選別」という言葉だけが、なぜか胸の奥に、妙な引っかかりを残していた。


 ◇


 翌週。

 王都の大広間は、息が詰まるほど広かった。


 磨き上げられた石造りの床は天井の光を反射して淡く輝き、見上げれば何本もの巨大な柱が天へと伸びている。


 田畑と木造家屋しか知らない俺の目には、すべてが現実感を失うほどの光景だった。


 正面には、王宮魔導士と思しき者たちがローブ姿で居並び、その脇を固めるように、重厚な鎧をまとった騎士たちが立っている。


 そして、その中央――

 まるでこの空間の主役であるかのように、

 水晶のような巨大な球体が、台座の上に鎮座していた。


(……でか)


 赤ん坊の視界でも、はっきり分かるほどの存在感。

 ただの石ころではない。

 見ているだけで、内側から覗き返されているような感覚がある。


「次」


 冷えた声が大広間に響いた。

 甲冑の女騎士に呼ばれ、我が赤子を抱いた夫婦が水晶の前へ進み出る。


 子供の頭に、小さな冠が載せられる。

 その瞬間、水晶が淡く輝いた。


 次の瞬間――

 空中に、ありえない光景が浮かび上がる。


 文字。

 記号。

 まるでデジタルデバイスの表示のような、半透明の光。


(……え?)


 さらに、その表示の横に、残念そうな表情をした女神のような映像が現れ、無情にも「✕」の印を示した。


 ――いや、ちょっと待て。


 田舎にいたから全然わからなかったけど

 この世界の技術レベル、急におかしくない?


 どういうことだよ、これ。

 魔法か?

 それとも、別の何か……?

 なんか現代より進んでるんだけど。

 

 オーロラビジョンのように宙に揺れる光を見つめながら、俺は理解が追いつかないまま、ただ呆然としていた。


 結果を見て悔しそうに肩を落とす家族。

 涙ぐみながら、安堵の息を吐く家族。


 そして――

 不安を隠しきれない表情で、俺を見る両親。


 俺の番だった。


 胸の奥が、ざわりと嫌な音を立てる。


「リーフェ村の、ロウとシーラの子です。よろしくお願いいたします」


 父ロウが名乗ると、女騎士は無言で水晶の前の椅子へと案内した。

 俺を抱いたシーラがその椅子に腰かける。


「こちらを」


 それだけの簡単な指示。

 父は渡された冠を受け取り、ゆっくりと俺の前へと立つ。


 小さな額に、そっと冠が置かれた。


 ――その瞬間。


 水晶が、異様な光を放った。


「……なっ」


 どよめきが、一気に大広間を満たす。


 光は、赤。

 青。

 緑。

 次々と色を変え、四散した光たちが、渦を巻くように混ざり合っていく。

やがて、煌めいたその光は一つに集まり……


 ――パンパカパーン!


 場違いなほど陽気な効果音が鳴り響いた。


(え、なに今の)


 そして最後に、

 ひときわ強い白い光がきらきらと弾ける。

 眩しさが引いたあと、

 空中のオーロラビジョンに浮かび上がった文字。



『転生者さん、いっらしゃーい』


 …


 ……


 ………


 ――はぁーーーーっ!?


 一瞬の静寂。

 次の瞬間、場内が爆発したようにざわめいた。


 歓喜。

 動揺。

 困惑。


 視線が、一斉に俺へと集まる。


 両親の様子を伺う。

 父は言葉を失って、その場に立ち尽くし、

 母は息を呑んだまま、俺を抱く力を強めた。


 俺は――

 赤ん坊の俺は、ただただ思考が追い付かず、無慈悲に晒されてしまった事実に青ざめていた。


 (……あ、これ)


 この世界で、一番知られちゃいけないやつ、

 バレたんじゃないか……?

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