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死に戻りに疲れた傾国王子、生存ルートを模索する  作者: 沓子


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王子様の贈り物




 宝飾店で品物の入った紙袋を受け取り、ツェーレンはご機嫌だった。彼が嬉しそうだとアレスターの心が満たされる。

 気づけばしっかりデートしてしまった事実に、帰宅後になってからアレスターは動揺していた。

 初恋の人。彼しか好きになった事もない。アレスターの唯一で無二。絶対に逃す気はない。多少のブラックな手を使おうと。

 そのツェーレンとの、初デート。

 奇跡的にガーシュにもカズサにも邪魔されず、ふたりきり───。

「大丈夫。すべて見守っていましたから」

「!?」



 デートを味わい返していたのに台無しのガーシュのひと言。

「が、が、ガーシュ! 覗き見か!?」

「当たり前だ、護衛も撒きやがって」

「なあなあ脈アリじゃないか? ご機嫌だったよな!? ツェリは僕を好きなんでは? あんなに世界一綺麗で可愛い人が僕をあ、あ、愛しているのでは!? 奇跡だ、奇跡だよガーシュ。初恋は実らないってジンクスも運命の前には平伏すんだよ僕とツェリが出逢ったのは今から十五年六カ月と18日前。あの場所に祭壇を作ろう最高の画家を呼んでツェリの姿を再現しよういいね」

 ガーシュはツェーレンと関わり始めてからの主人のアホさが割と好きだ。




「あ、あとこれ! どうせ見てたんだろっ。僕らには二切れあればいいから残りはカズサと処分すれば!?」

 そう言ってホールケーキを出す主人に、ガーシュは昔を思い出す。

 六十年振りの寝起き、まだ眠気がまとわりつくガーシュにカブトムシの抜け殻と死んだ蝶をさも大事そうに差し出した幼い少年。

『ガーシュが仕えてくれるって聞いた。あのね、宝物あげるからぼくのお嫁さん探して。消えちゃったんだ、ぼくのなのに』



「成長されましたね」

「そうかな? まあね」

「虫の抜け殻や死骸でなく賄賂にケーキを持ってくる辺りですよ」

「いやいや、今あげたら嫌がらせになるからね! 子どもの善意怖いね!?」

「嬉しかったですよ、ほら。ちゃんと持っています」

「価値が上がりまくってる!?」

 嬉しかったのだ、本当に。

 少年がどれだけそれを大事にしていたか、込められた思いが伝わってきた。それに、アレスターは知らないが本当に貴重なものだった。初代が持ち込んだ異世界の標本から、のちに遺伝子操作で甦らせた虫なのだから。

 この世界でグレイシアの温室にのみ存在する。

 だから美しい琥珀を手ずから掘り出し、魔法で中に閉じ込めた。

 特に青い蝶には美しさを損わない色の琥珀が必要で、なかなか苦労した。苦労が楽しいと感じたのは久しぶりだった。





 広間に使用人を集め、ツェーレンが一人ずつ名前を呼び土産を手渡した。女性たちにはハンカチの花を選んだ理由まで添えて。

 涙ぐむマルタには仕舞い込まず使って欲しいと言い添える。彼女はこれまで下賜された品々を鍵付き箱に入れ、宝物にしているのだ。シェルダンは騎士らしくキリッとして受け取ったが嬉しさは隠し切れていない。

「私どもまでこんな……。勿体無いことです、殿下」

「もう王子じゃないし名前で呼んでくれ。あなたの差配には頭が下がるよ、シーラ」

 侍女頭には少しだけ豪華にレース付きだ。白絹の生地に白い絹糸でカサブランカの刺繍があり、僅かな印影を銀糸で表している洒落た意匠だ。

 凛とした彼女によく似合う。



 みんなが嬉しそうでツェーレンはくすぐったい気持ちになる。今までの嫁ぎ先では、使用人とはあまり親しく出来なかった。夫が妬くからだ。

 グレイシアの使用人たちも、眩いほど美しく優しい新妻に早くも心酔している。他家の使用人に自慢してまわりたいくらいだ。

 贈り物はもちろん嬉しいが、添えられた言葉と労いに震えがくる程の喜びを覚えた。

 ただでさえその美貌で虜にする上、人の琴線に触れる言葉を紡ぐ。ツェーレンは天然の人誑しだ。



 最後にアレスターが大量の高級焼き菓子詰め合わせを代表してガーシュに渡すと、皆の喜びが驚愕へと変わる。

「あの坊ちゃまが」

「アレスター様が!?」

「何かの試験薬入りでは……」

「ま、孫ができるんです旦那様、、、お願いします、お赦しを──」

「結婚したかったなあ……」

 なんだこの反応。人がせっかく───、あっ、人体実験したなそう言えば。二回ほど。

 自業自得を味わう当主。人徳は母の腹に置いて来た。



「大丈夫だよみんな。アレスはそんなのしない。心配なら俺が試食するよ。ガーシュ、何種類? 4? じゃあ四つ食べるから見ててな」

 慌ててツェーレンを止めた使用人たちは、全員一斉で菓子を口にした。大事な奥様に万が一でも何かあってはいけない。

 普通に美味しいだけの菓子だったが、味わう心境ではなかった。

 あとはみんなで分けるようにとガーシュが指示をし、アレスターやツェーレンに感謝のお辞儀をしつつ使用人は解散していく。




 次はこれだとツェーレンはカズサに小さな箱を渡す。

「もらって頂けますか」

「え、僕? うわあ嬉しい。開けるよ」

「どうぞ」



 艶やかな黒真珠の髪留めに目を見張るカズサ。鮮やかなイエローダイヤがアクセントに映えている。


「イェルレヒトでしか採れないやつだよね! このダイヤ、俺の眼みたい」

「使い回しで申し訳ないんですが、嫁入り道具のネックレスで作りました。特産ですが黒真珠は俺には似合わないので」

「ありがとう、大事にするよ」

「どういたしまして。これをご両親とノエル義兄様、義姉様に渡してもらえますか」

「分かっ、───、え、待ったこれ……」

 箱を受け取ったカズサが何かに気づき、預かった箱ともらった髪留めを交互に見て驚いたように動きを止める。



 義父とノエルには黒真珠が並ぶネクタイピン。義母には大きな一粒の周りを小さめサファイアで囲んだネックレス、義姉には両側にアクアマリンをあしらった。



 使われているのはどれも一粒で立派な家が買える、希少性の高い一級品の黒真珠だ。

「ガーシュにはピアス。穴空いてるよな」

「───ありがとう、ございます」

 珍しくもぎこちないガーシュはちらりとカズサと視線を交わす。

 アレスターは腕組みでそのやり取りを見つめていた。



「ツェーレン様、これは何か付与を?」

「俺のちっぽけな付与だけど、国の特産だからか真珠にはうまく乗るんだ。気休め程度にだけど、全部に幸運を祈ってあ、る……?」

 何故呆れたような視線が集まっているのか分からず三人を見渡す。



「───ツェリ。それ付与じゃない」

「ああ、まじない程度だよな」

「祝福が付いてる。聖魔法使えたの」

 アレスは何を言っている?



「聖魔法? 俺、魔力あまりないよ」

「通常の聖魔法は魔力だけど、最上級は神気を使うんだ。神気は体外に出ないと測れないし使える人間はごく僅か。具体的には聖女だよ」

「聖女の神気!? ガーシュ、長命種ってそういう特殊なもん着けて大丈夫なのか!?」

「「そこじゃないだろ……」」

 兄弟が仲良く声を揃えた。




 既にピアスを着けているガーシュだが異変は見られない。

「平気ですよ。私、神気は好物です」

「ならいいんだ、似合うよ」

「私の事より早くそれを。拗ねまくりです」

「あ、うん。───アレス?」



 僕だけ無いのか、といじけ気分のアレスターに小箱が差し出された。

「これ……」

「アレスには世話になってるし、ゆ、友情の証っていうか」



 プラチナの台座にいくつもの黒真珠とオニキスが映える、美しいブローチだった。



「ローブに付けたらどうかな。急がないでいいって店には言ったけどなんか慌てて絶対二時間で全て仕上げます! って」

 グレイシアに店に来られたらそうだろうとツェーレン以外は思った。

 最もアレスターはそれどころじゃない。



 明らかに祝福が大きい。ツェーレンの手で撫でられているような温かな心地良さがアレスターを包む。涙が滲みそうな幸福感。

 ───アレスターのための。



「……カズサ、ガーシュ。それ返せ」

「やだね。一番大きな祝福もらってる癖に」

「まずツェーレン様にお礼でしょう。全く、そんな礼儀知らずに育てた覚えはありませんよ」

「! ツ、ツェリ、ほんと嬉しい。ありがとう! 大事にするよ」

「お世話になってるし、友達記念に」

 照れながら微笑むツェーレン。アレスターはほんの少しだけ、かれを人形にしてしまった夫の気持ちが分かった。同時に、友達記念の一言が心を抉る。



「じ、じゃあまた夕食で!」

 頬を赤らめたツェーレンが去ると、三人は顔を見合わせた。



「教会か、面倒。こと聖女となると奴らうるさいからなあ……」

「私の見たところ、神気の質では初代様の友人であられた大聖女と同等です」

 ピアスを触りながらガーシュが断言する。保護魔法をかけたので輝きは半永久的だ。

「マジかー、だよねえ。持ってるだけで心地よく護られてるの分かる。大抵の危険は回避

できるよ」

「黙らせるのどうすればいい? さすがに信徒までは無理だけど聖職者ならなんとかなる」

 弟の呟きに込められた不穏な響きにカズサが動きを止める。



「何するつもり」

「来月の聖餐祭がいいか。聖堂を全部同時に倒壊させる。天罰に見えるだろう」

 呟きを耳にしたカズサとガーシュは目で会話する。



 あっこいつヤバい。おい教育係どういう躾してんだ。教会まだ何もしてないんだぞ。

 教育は担当してません。入学して3か月で飛び級卒業を許した関係者へどうぞ。一番必要な倫理観を育てるべきでした。



 

「僕からツェリを奪おうとする教会なんか滅びろ」

「ツェリ様が知れば悲しむでしょうね」

「……そっか、ツェリは優しいからなあ……、石ころみたいな連中にも情け深いんだ」



 普通の聖職者は石ころだそうで。グレイシア、どんな育て方してます?

 知らないよ! 独立早かったからガーシュのが知ってんじゃないの!? 



「対症療法にしなよ。なんかあれば一つ潰してみせれば? 人的被害なしだよ、ツェリが悲しむからね」

「───あのさあカズサにガーシュ、さっきから僕の妻をツェリと呼んでるよね。二人にその呼び方を許した覚えはないよ」



 うわ! 王侯貴族みたいなコト言い出した。誰だこいつ。

 あんたも高位貴族です。

 お前もだよ!



「許せないのは前の夫たちだけど……。ひとまず不能にしてあるがどうしようかな。襲いかけた兵士の絞り込みは済んだ。どうやって始末しよう。とりあえず薄汚いイチモツは腐らせたがこんな汚物の血は要らないよな一族郎党纏めて燃やすか」

「ガーシュ、俺こいつ知らないんだが。誰だこれは」

「───」



「アレス! 今日のご飯ハンバーグとカニコロッケとメンチカツだって! 俺二人前食べる!! 食事前に乗馬したい! 腹減らしたいから」

 軽快な足音と共に満面の笑みでツェーレンがやって来ると、それまでの空気が霧散した。



「アジフライとエビフライ、トンカツもありますよ。ビュッフェだそうですのでお好きなだけどうぞ」

「!! あれ楽しいよな。筋トレもしてくるよ」

「ご飯類も色々あるみたいだよ。炊き込みご飯とカレーとオムライスと。スープも色々」

「ほんとに? じゃ前に教わったのできるな、大人様ランチ、全種のせいっちゃう? カラアゲもあるかな、ポテサラも」

 にっこにこで夕食を待ち望むツェーレンをアレスターがガン見している。自分の弟ながらかなり気色悪い。

 家に濃いストーカーがいるのにツェーレンは全く気にしていない。この義弟ならアレスとうまくやれるかも、とカズサは感嘆していた。




『ツェーレン様が種類を召し上がりたいそうなので、フライは小さく仕上げるように。からあげポテサラ追加で』

 ガーシュはさっと厨房に念話を飛ばす。

 救いを求めるかのごとく、二人でツェーレンに話しかけているとアレスターが割って入る。何故かカタコトだ。



「馬、僕も。僕もたくさん食べたい。今からなら丘まで行くと夕焼けがキレイ」

「行こう! すっごい見たい」

「二人乗りする?」

「運動にならないからダメだな」

 しょぼぼーんとするアレスターをジト目でカズサとガーシュが眺める。



 えっとついさっき一族郎党燃やすって言った奴だよな汚物は消毒だヒャッハーって。

 おまえの血の繋がった弟ですが何か。



「ツェリ、ソース間違えないでね」

「うん。でもエビフライはレモンとウスターがいい」

「いいけどさー、じゃあおろしポン酢は何にかける?」

「カツとカラアゲ! あじ、へん? だっけ。カツの二枚目は特製ソースがいい。ドレッシングは人参の! あ、エビフライも後でタルタル使うよ」

「僕の分を盛るのツェリにお願いしていい? ツェリ特製大人様ランチが食べたい」

「ディナーだけどな」



 どこから見てもバカップルが浮き浮きと乗馬服に着替えに向かっていく。

 何人もの命が救われた。さすが聖女、と二人は安堵した。

「あれ、本当になんなの」

「───」




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