十二回目の結婚
「またなのか」
「またですよ……」
目の前の兄が呆れた目を向けてくるが、ツェーレンは負けじと睨み返す。自分は悪くないのだから。
「何回目だ?」
改めて数えて我ながらうんざりした。
「ーー11回です。今が12回目の巻き戻し」
始まりは東の隣国だった。是非にと請われ王弟に輿入れした一ヶ月後、不義の濡れ衣でツェーレンは縛り首となったのだ。
いや普通はまず幽閉とかじゃね? と思う間もないスピード極刑。可愛さ余って憎さ百倍とばかりに激怒した夫が暴走した。
苦しさで意識が薄れ、ああ死ぬのか……と
思いきや目覚めたら婚約を決める前に戻っていた。
異母兄スタディラス・ギリム王太子が、何故かループの記憶を共にしていたのでかなり救われはした。
だが結婚自体を諦めてはくれない。
「もう目ぼしい相手はいない。身分的に問題なく性癖がアレな奴ならいくらでもいるが……ツェーレンお前、そういった輩に好かれるようだな。ほぼ全ての変態から釣書が来ている」
これまで嫁いだ先は国外の王弟、王子、自国の公爵家、侯爵家、伯爵家、騎士団長子息、宰相子息、神官長子息等々。
申し入れは山ほどあるが適切な人物となると限られる。兄からはハーレムは論外、後添えは一考すると告げられている。
「しかしまあ、毎度よくも違った死に方をするな。飽きないだろう」
一見完璧なこの兄はややサイコパスみがあるとループの中で知った。
前々回は最悪だった。美しい妻を永遠のものにしたいと人形にされたのだ。巻き戻り後にあの伯爵はヤバいと見張りを提言したが、お前だからそうなると取り合ってもらえない。兄の友人で求心力があり、派閥の取りまとめをしている男に瑕疵はつけられないのだろう。金輪際関わりたくはない。
刺殺に毒殺撲殺爆殺、獄死、刑死。バルコニーから墜落死、海に落とされ溺死。焼死。
そして人形死? 自害もある。
たいてい夫が犯人だが、夫を好きな令嬢の場合も一度あった。
最早殺されのプロと言っていい。サスペンス小説の被害者詰め合わせだ。
「発想を変える」
「と言うと」
「これらはお前への執着が招いている。お前を好いている者は止めた。むしろ苦手そうな奴に押し付ける」
「……それでも横恋慕は防げないし、もう結婚しなくていいと思うんです。この先の国内外の動向や各貴族家の立ち位置の情報など教えますので、引き換えに離宮にでも引きこもりたいのですが…」
慎ましく野菜を育てたり馬の世話をしたりして過ごせないものか。
兄の手伝いをするにやぶさかではないが、人目に触れるとまた色んな問題が起きる。もう一生仮面でも被るか。
兄とて様々な記憶は保持しているが、実際に嫁入りし内から見たツェーレンにしか分からない事だってある筈。それと引き換えに自発的幽閉ライフを───。
「公布は済ませた。頑張れよ」
(こ、このクソ兄貴が! 意見聞くふりしやがって!! 父上から俺の件を丸投げされてるからって調子に乗るなよな!)
「ああ、さっき言ってた知識については報告書をもらおう。明後日までに」
爽やかな笑顔でギリムが命じた。
ちくしょう、腹黒兄貴め。あれ? 結局俺の旦那様、誰なんだ。
「言い忘れてたが相手は西の大国、「名も無き国」の魔術師団長アレスター・グレイシア・フォックスだ。結婚など絶対したくないらしい」
「だからどうしてそう結婚させたがる」
「第三王子にかかる経費削減が建前。縁談を断り続けるのが面倒。あの伯爵家はヤバいぞ。あらゆる富と知識の宝庫だ。繋がりが欲しいと思っていた。──継承争いでうるさい、お前の母を黙らせたいしな」
本音はやはりこれか。ツェーレンは興味がないのに母、ヴィーダ第二妃は諦めておらず、継承権を放棄させてくれない。もう正妃の子である兄が王太子なのに。
第二王子のリカードはさっさと権利を捨て辺境伯家に婿入りした。あれは脳筋だから、魔物狩りしたさに行ったと思われる。
「ツェーレンが頑張って真実の愛を育めば、状況が変わるかもな」
「政略婚じゃ無理です」
口元だけ笑みを形作ったギリムの眼は笑っていなかった。
兄を安心させる為にも、ツェーレンは相手を恋愛的に好きになるつもりはない。
そもそも男の彼が何故妻になるのか、釣書が男からばかりなのは何でか。
全ては初代建国王の逸話による。
式もしない婚約期間なしと言えば周りから散々文句が出たが、兄も俺も式はこりごりだ。
今までで初めて、相手を全く知らず嫁ぐ事となる。釣書すら見ていない。
どのくらい保つかと今から憂鬱だ。
魔術師はよく知らない。変人ばかりだから寄っちゃいけません!の教え通りにしてきた。悪ガキ令息が奴等に悪戯し、一か月鼻毛が伸び放題になる魔法で仕返しされたのを見たからな。コワイコワイ。
そんな訳でごくカジュアルに遥々隣国までやって来た。
この国には名前がない。建国時に降りた神託が〝名付ければ魔王を産み出す国となる〟
だったので、命名出来なかったのだ。しかもそのお告げは滅多にないことに世界中に下ろされていた。もし強硬に名前をつけていたら、攻め込まれ滅ぼされていた筈だ。
他国からは便宜上、ネームレスと呼ばれている。
目的の邸には門番がいない。なんだこれ。
『人がいない場合、このボタンを押してください』だって。
面白そう、よし。
「殿下、私が」
護衛騎士シェルダンに取られてしまう。
一国の王子の輿入れ規模ではないし、貴族のそれですらない。騎士と侍女一人ずつ、馬車は2台。二人の馭者は荷物を下ろしたら一台に乗り国に帰る。
先方の性格からして派手なのは嫌がるだろうとの配慮もある。何度も行列やり過ぎて飽きたし、着いて来た者が俺の巻き添えになるかもしれないので大人数は困る。というかなった事がある。
家具や身の回り品を持ち込む代わりに、また、盛大な式を挙げる代わりにと口座にたくさんお金を入れてもらった。これであちらの国で必需品を賄うのだ。輸送費バカにならん。
繰り返すうちに兄も俺も合理主義に流れた。
ボタンを押せば、『どちら様〜? おお、ものすごい美形ー』と間延びした軽い声がボタンの付いた四角いものから流れてきた。
こっちが見えてる?
「どーも。イェルレヒトから嫁に来ました」
俺も軽く返す。騎士シェルダンと侍女マルタは不敬が気に障るのだろう、ピキッと音がしそうに顔を顰めてる。まあ嫁を迎えようという感じは全くないしな。
変わった家なので予め、何も気にしないよう言い聞かせているが大丈夫かな。
『少し待ってくださいー』
「ガーシュ! 離せ、僕は承諾してないっ」
後ろにいるのが俺の旦那様だな。
「離したら転移で逃げるよね」
「くっ……、これは僕の作った魔封じの縄か! さすが僕、抜群の効き具合っ」
旦那様はぐるぐる巻きに縛られて罪人みたいに引っ立てられていた。驚かない、驚かないぞ。
ガーシュと呼ばれた青年が旦那様をこちらに向けて突き出す。やっぱり罪人っぽい。
もさもさの黒髪をひと縛りにし、前髪で顔半分が隠れている。鼻筋は整っているし顔の形も良く、割と男前なのではないか。
「アレグレ、物凄い美人さんじゃんか〜眩しくて眩しいー」
「ようこそひと休みして帰ってくれ王子様、それとその呼び名は止めろガーシュ」
「え、帰らないが?」
こちらも後がないんだよ。
押し掛け嫁になってしまった。取り付く島もないが、帰る訳にはいかん! ギリム兄曰く、これがダメならどこぞの好色王の十三人目の妻になるしかない。ハーレムダメじゃなかったのかよと文句つけたら再婚だし問題ないだと。そんだけ離婚してるって問題では。 殺されず離縁ならいいだろだって? 兄貴ホントに弟可愛い??
「ちゃんとコレ読んでたー? 王命だよ。断れないから」
ケタケタ笑いながらガーシュと呼ばれた青年が紙をふりかざしている。玉璽らしき印が見えたから勅命書かな。
「いつもは王命なんか紙飛行機か焚き付けにしてるだろ!」
王命無視って許されるのか? 紙飛行機って。
「ノエル様がね、この王子様は〝面白い“から決めたってさ。てか既に夫婦だよ」
ノエル。たしかグレイシアの嫡男か。
王より兄の意見が尊重されるんだ……。
しかし面白さを期待されてもなあ。芸はないぞ? どうやらこの一族、国の王より立場が上っぽい。爵位の問題じゃないんだろうな。
「今日から伴侶です。よろしく」
ようやく縄を解かれ再度俺の前に突き出される旦那様。必殺王子スマイルで挨拶をすれば、旦那様は腕で顔を隠してよろけている。
「う、うわ、綺羅綺羅しいイケメン……!目が潰れる……イケメンは爆ぜろ、リア充爆発しろ」
うん、変人。なんか分からない単語もあるけど褒められてはいない。爆発しろとか呪いかけられてる?
十二回目ともなると恥じらいもない。閨事も散々こなしたし。
相手ががっつくので受け身ばかりだが。
「悪いが俺も兄に逆らえない。別に無理しなくていいよ、男がダメなんだ? 愛人でも作って適当にして」
「あ、愛じ!? ふざけろ……、これだから爛れたリア充は……滅びろ…滅せよ…」
うん、呪われてる。基本ぶつぶつと独り言で、たぶん呪文唱えてる。
「呪われろ……、ん? 呪い……、」
そういや呪殺はまだだな。はぁ、先が思いやられる。
急に真面目な雰囲気で顎に手をあてじっと俺を見るアレスター。前髪で分からないがたぶん見てる。俺を通した何かをって感じ。
「その気になりました?」
軽く冗談を言ってみれば、華麗なバックステップで数メートル飛び退る俺の夫。後頭部を柱にぶつけ悶絶していた。
ガーシュはそんなあるじを介抱するでなく腹を抱え笑っている。端正で上品な顔立ちに似合わないが、すこぶる楽しげだ。
従者ってこんなんだっけ。
俺とマルタ夫婦は無事に屋敷に入れてもらい部屋を与えられ、夕食を饗された。
ふわとろ卵のオムライスビーフシチューがけ、という魅力しかないメニューだ。これがまたものすごく美味い。オムライスは俺の国や他国でも食べたが、レベルが違う。
「オムライスは我がグレイシア発祥です」
心を読んだかのようにガーシュの説明が入る。ていうか給仕してるな。彼の役職が解らない。
コース料理でないのを謝罪されたが、俺はこういう飾らない美味しい食事が好きだ。この邸での日常的な形だというので、楽しみができた。
パーティーや茶会を開く場合は違うらしいが、通常の食事は使用人と同じ内容だと言うのも気に入った。旦那様と俺だけ肉がゴロゴロなのと、デザートつきなのが違うだけ。
テーブルにつくのは旦那様と俺だけだった。
「お替わりは? トマトソースがけクリームコロッケ乗せにもできますよ」
それはもはや別料理! 小さいサイズでお願いします。
お腹がパンパンになりました。
初夜、寝室に放り込まれた夫はソファでミノムシと化していた。結界張ってないか? 絶対に貞操を守らんとする強い意思だ。襲わないよ!
「おやすみ、旦那様」
腹一杯だし疲れたし、風呂にも入りゆっくり休ませてもらった。また明日。