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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天蓋のエリュシオン

伸ばした手の先に。

作者: 高瀬あずみ

天蓋のエリュシオン・シリーズ番外。

『断罪された悪役令嬢の身体を貰ったら、何故か義弟に押し倒されているのですが。』に出て来た悪役令嬢アダルジーザの救済話。なので、そちらを先にお読みください。

子供(絵麻)を失った母親の嘆きから始まりますので、苦手な方はご注意ください。


 娘が死んだ。たった十八で。

 高校三年生。近隣では知られた進学校に通って、

「大学受験、まさしく本番突入だね〜」

 なんて、呑気にしか聞こえないような発言をしながら笑っていた。それなのに。

 学校から、倒れて病院に搬送したという報せを受けて駆けつけたならば。まさかの癌発覚だった。しかももう、手の施しようがないと。

 ここ暫く、本人も怠いと口にはしていた。だがそれは、無理してレベルを上げた受験勉強のせいか、はたまた、急激に上がった気温や体に纏わりつくような湿度のせいかも、と軽く捉えていたのだ。まさか、癌だなんて思いも依らずに。


 緊急入院となった後、病魔は驚く程の勢いで娘の身体を蝕んで、あれ程溌剌としていたあの子を枯れ木のように痩せ衰えさせた。そうしてそのまま、倒れてから僅か二月でかえらぬ人となったのだ。


 正直、娘の死亡が確認された後の事はあまり覚えていない。機械的に身体が動いて、葬儀も済ませたようなのだが、我に返ったのは自宅で骨壺の入った箱を抱えている自分に気付いた時だった。

 まるで麻酔もなしに、身体と魂が引きちぎられたような痛みと虚しさ。喪失感。


 あの子を身ごもって、それから生まれてから育っていく日々が記憶の中でいくつもひらめく。

 愛しさと、その過程で浮かぶ煩わしさもあった。本気で腹をたてることもあったし、本気で成長を喜ぶこともあった。決して完全な良い子であったかというと、いくつも欠点がすぐ浮かぶような、そんな子ではあったけれど。十八年は短くはないが、長くもない。単純に愛と呼ぶには色々混ざってもいたが、それでも娘への感情に名前をつけるならば、やはり愛していたとしか言いようがない。


 後から後から止めようもない涙と共に後悔と喪失が押し寄せて。ふと横を見ると、まさしく滂沱の涙を流す夫がおり。彼の浮かべている表情も、その心の動きも、きっと今の私と鏡写しのように同じなのだろう。結婚して共に暮らして二十年近く。仕草や好みや考え方が似て来るところもあった。だから互いに縋るものを求めて抱き合って、泣き疲れて泥のように眠った。




 これは夢だと、どこかで思っていた。けれど夢にしては明るすぎ、妙に頭もすっきりしている。

 私は、私と夫はそこにいた。青空を無作為に切り取ったような空間に。足元から落ちそうな恐怖から夫と手を繋いで凌いでいると、ふいに目の前に娘がいた。まだ癌が発覚する前の、元気な姿で。


「えっと、お父さん、お母さん。まずはごめんなさい。こんなに簡単に死ぬとは思ってなかったというか。自分でもまったく予想外だったというか。死ぬつもりはまったく無かったし、すっごく痛いし苦しい思いもしたけど、今はもう大丈夫だから」


 娘は、絵麻は、生来の呑気な性格のまま話し出した。この子、こういう子だったわ、と少し呆れる。


「うん、もう苦しくないから。でもって、今流行りの異世界転生しました! あっちで快適に暮らしています。で、今日は二人に謝りたかったのと、あと、お願いがあって」


 この子のお願いは、いつも大変だったりしたと記憶が過る。重要なプリントを期日ぎりぎりに「忘れてたー。ごめん、お願い」とか渡してきたり。何度怒って説教しても、同じことを繰り返すのだ。


「本当は私が引き取るつもりだったんだけど、お父さんとお母さんの方が絶対向いてるし、頼れるかなって。あのね、この子、お願いしたいの」


 娘の手の中に何かがある。形はないのに、そこにあるとわかるものが。


「愛されたくて愛されたくて、でも誰も愛してくれなくて。傷ついてしまった子なの。でも、すっごく優しい子でね? 今、私が幸せなのも、この子のおかげなの。だけど、私じゃ上手くこの子を愛してあげる自信がなくて。そこで思い出したの。私、お父さんとお母さんからたっぷり愛情もらって育ったこと。だから、二人にお願いしたいの。この子を愛してもらえませんか?」


 絵麻の手からそっと、本当に優しく、繋いだままの私と夫の手の中に押し込まれる何か。


「この子は私じゃない。私の代わりじゃない。この子をこの子として愛してあげて? お願いよ? それでね、私も愛してるって、いつかその子に、ア……ザに伝えて」


 一人娘だからか、いつまでも親に甘えているようなところがある子だった。最終的には親が助けてくれると思っている節もあって。甘ったれで、怠惰で、でも物事の本質は見えている、私たちの娘。

 言いたいことは沢山あったのに、何ひとつとして言葉にならなくて。言いたいことを一方的に言って消えてしまった身勝手な娘に腹を立てる間もなく、短い再会は終わってしまった。





 目が覚めて、夫に夢の話をしたら、彼もまた同じ夢を見ていたのだと言う。

 どういうことかは、数か月後に判明した。

 まさかの私の妊娠発覚である。


 それからは、亡き娘のことで嘆いている場合ではなくなった。あまりにも長すぎる子育てのブランク。私たち夫婦は、まるで初めての子を持ったばかりの親のように、慌て、狼狽え、忙しい日々を送ることになる。

 ほぼ二十年近く経てば、出産や子育てへの世間の常識も道具も、考え方すらも変わる。比較的若いうちに絵麻を産んだ私だが、同年代の妊婦、それも初産という女性の多さにも驚いた。


 そうして、絵麻を失って約一年近く後、私たち夫婦の元に赤ん坊が生まれた。健康で、よく泣く元気な女の子。有紗(ありさ)と名付けることになったのは、夢の中で絵麻が呼んでいた名前らしきものに似ている音を選んだからだ。



 有紗はびっくりするくらい可愛らしい赤ちゃんで。絵麻を可愛いと思ったのは親バカフィルターもあったけれど、この子は誰に見せても絶賛される可愛さであった。何せ、赤ちゃんモデルにスカウトされたくらいだ。お断りしたが。育つにつれ、私と夫の良い所取りをしたのだと分かったものの、絵麻を失って嘆くばかりだった婚家と実家の両親たちも、一目でめろめろになったくらいだ。


 夫の娘ラブも激しく、

「こんなに可愛すぎると危ない」

 とか言い出して、自衛手段として幼いうちから合気道教室に通わせたくらいだ。昨今は物騒な話も多いので、私も送り迎えしつつ応援した。長じて大きな大会に選手として出るまでになるとは、その頃は夢にも思わなかったが。


 子供特有のいきなりの発熱などはあったが、それでも有紗は大きな病気などすることもなく、すくすく育ってくれた。絵麻のことがあったせいで、親である私たちが過保護になった部分もあるだろう。しかし、大きくなっても両親にべったりなのはどうかとも思いながら、やはり可愛くて。どこか図太くちゃっかりしていた絵麻と違って、有紗は繊細な子供だった。遅くに生まれたことで余計に心配もしたが、もうすぐ絵麻が逝ってしまった年齢を越えるまでになった。そろそろ親の役目も終わりかもしれない。


 私たち夫婦の間には娘がふたり。性格も違えば顔立ちも違う。けれどそれぞれに愛おしくて、生まれてきてくれたことに感謝しかない。





     ◇◆◇◆◇





 ごく小さい頃から、急に寂しくて哀しくて、どうしようもないくらいに胸が苦しくなることがあった。胸の奥に塞がらない傷があって、そこからじくじく痛むのだ。

 どこか別の場所で、似ているけれど別の名前で、何かがあったのではとぼんやり思っていた。


「有紗」

 そう呼んで惜しみなく愛情を注いでくれる両親がいて、甘やかしてくれる祖父母も健在で、少しずつその傷は塞がって行って、死んだ姉の歳を追い越してしまった今となっては、もう気のせいくらいにはなったが、それでも胸が塞がれる思いにかられた時に、ふと誰かに抱きしめられるような感覚に襲われる。


「お姉ちゃん?」

 私が産まれる前に死んだ姉。両親は姉の話を強請ると少し悲しそうで、でも愛おしそうに話してくれる。それを聞く度に私は思うのだ。

(知ってる。私は彼女を知っている)

 彼女が、絵麻が、私に今の幸せな日々を与えてくれたのだと。


「お姉ちゃん、私はもう大丈夫だよ?」

 日常のふとした瞬間に、あまりにも今が幸せで、泣きそうになるくらいには。

「今晩はね、お母さんの得意のコロッケなんだよ? 一緒に食べようね?」

 当たり前の日常をかみしめながら、今度は絶望したまま醒めない眠りになんかつかない。もう、私にはここに居場所があるから。

 愛する家族と幸せに暮らしていると、どうか彼女に伝わりますように。



二年以上前に書いた話の関連話です。実は、『断罪~』を書いたと同時に考えたネタでしたが、「今はこれ書けないな?」ということでお蔵入りしていました。で、ふと。「あ、今なら書けるわ」と思ったので書いてみました。


両親の夢に出て来た絵麻は、アダルジーザの身体を貰って数年後の絵麻です。両親には病気で倒れる前の姿で、自分の死後すぐの時間にアクセスしています。幽閉されているていで、実際は悠々自適生活を満喫する傍ら、自分の転生で得た力と、アダルジーザが本来持っていた力を使いこなすのに時間が必要でした。当初、アダルジーザの魂を自分で産む子供に取り入れようと考えていましたが、「自分よりもっと子育ての適任者がいるじゃん」と思ったので、力を自在に使えるようになって真っ先にしたことがこれ。親に先立つ不孝をした自覚もあったので、その埋め合わせの気持ちもあったようです。


絵麻の母は二十歳で絵麻を産んでいるので、「この年齢ならまだいける」と思いました。しかも初産じゃないしね。

親から見た我が子って、愛情だけじゃないよなあ、と。でもそこも含めて家族としての愛はあると。だから絵麻への評価が結構ひどい(笑) 有紗に対してはかなり甘い親になりました。


有紗は、両親が大好きです。相当な美女に育ちますし、やたらめったらモテますが、彼氏よりも親と過ごしたい。友人たちに「いくらなんでも親離れしなよ」と呆れられるほど。でもそんな有紗なので、目立つ容姿ですが女友だちも多いようです。現在、無事大学生に。アダルジーザだった頃の記憶はありませんが、男性不信の気があるのは、きっとコルネリオのせい。


活動報告は少し遅れてアップする予定。

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― 新着の感想 ―
 アダルジーザに対する救済でもあるけれど、絵麻の両親に対する救済でもあるのかな、と思いながら拝見しました。子どもは一人一人が別個の人格ですし、新しい子どもが生まれたからといって亡くなった子への思いや悲…
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