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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

桜のいただき

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 化石燃料。いうまでもなく、地球上の重要な資源のひとつだが、みんなはあとどれくらい持つと考えているだろう?

 先生が子供だった数十年前から、すでに燃料は残り数十年しかもたないといわれていた。それがいま、こうしてみんなも恩恵にあずかれているわけで当時の注意は嘘だったのではないか、などと思っている。

 地球とて、果てしない世界が広がっているように思えても面積、体積に限りがあるんだ。当然、そこに眠る資源も限られるし、再生が追い付かなければいずれ枯渇もしよう。そのための延命措置として、燃料が尽きるぞ! といい続けて皆を節約に走らせたなら、その目論見は上手くいったといえるかもね。


 しかし、地球の資源がなくなった世界で、別の惑星なりに資源をとりにいく話などは今も昔もたびたび見られる。作る側にせよ、楽しむ側にせよ、それらの事象への不安なり関心なりはあるわけだ。

 ひょっとしたら、こうしている今にも資源の尽きたことが通達されるかもしれない。けれど、そうならないとしたらまだ地球にストックがあるのか、あるいは補充が追い付いているのか?

 先生は長らく前者ばかりと思っていたが、ことによると後者の可能性も否定できないんじゃないかと思ったんだ。

 そのきっかけとなる話、聞いてみないか?


 先生の地元の山には、ときおり「桜のいただき」が現れるとされる。

 秋から冬の寒い時期に、高山のいただきに雪が積もった、白い姿を見た人は多いんじゃないかと思う。

 あれがすっかり、桜色になるときがある。それが桜のいただきと呼ばれる現象だ。

 これは時期を問わずに発生しうる。そのうえ雪のように、いったん積もったら消えるまでに時間がかかるものとも異なり、何日も続くときもあれば、気が付いたときにはぱっと消えてしまうこともある。


 この桜のいただきは古くより、天や神からもたらされる恵みだと伝えられている。

 この降り積もった桜らしきものは、火にくべれば勢いを増し、水に浸せばたちどころに冷やしきる。木にあてればつやをまし、鉄にあてればその剛命を三年伸ばす、と教えられるような万能の燃料らしいんだ。

 ただし、燃料と評したように限りがある。長く使えるときもあれば一度使うどころか、触れただけでボロボロと崩れ、使い物にならないときもあるとか。

 自分の住まう山の近くに桜のいただきが現れると、人々は我先にと足を運び、使い物になるだろう桜たちを集めて、家々へ持ち帰った。いつまで取っておけるか分からないこの恵みを人々は率先して使うよう心掛け、これはそのまま普段使われていく他の物資たちの温存につながったという。


 こうも便利なものであるし、はじめてかかわったそのときから、人々はこの桜を自らの手で作れないものか、いろいろと試みたらしい。

 とはいえ、どのような物質でできているのか見当もつかない代物で、一部の性能ですら代替することおぼつかない。食べることも可能で、そうするとひとかじりで、2日間は少なくとも空腹感を覚えることがなくなるほどだったとか。かといって、いつ消えるかも分からないものを将来の飢きん対策に使うのは、ちょっと度胸がいる。

 自給ができないとなれば、せめて桜のいただきがどのようにもたらされるかを知っておいた方がいい。時期や法則性が知れたのならば、それだけでも十分な利となるだろう。

 そう考えた地域の各村たちは、桜のいただきを探る代表者をそれぞれ出し、振り分けた各山の頂上付近に山小屋を用意。そこで通年、寝泊りをしてもらうように指示をしたんだ。

 山から離れることを許されないぶん、もし桜のいただきがあれば役得として、ひとりで扱える分だけ好きに扱っていい、という条件付きだったという。

 が、これもやがてあまり良い方法とは言えないことが判明してしまった。


 桜のいただきを探るべく配された者たち。仮に隣同士であったとしても、行き来が楽かどうかは地形による。

 とある双子山と称される、いただきといただきの間に小さな谷をひとつ構えるのみのその地形は、ほかの山々に比べて短時間で行き来が容易な地点だった。この双子のいただきには互いに気心知れた村人同士が住み、山暮らしの中での支えになっていたという。

 そうしてあるとき。双子山に住まう片割れが、夜中にふと目を覚ましてみると、明り取りの窓の外を、桜の花びららしきものが散ったのが見えた。

 時季は夏。桃色の桜の姿など今日の昼にも存在せず。もしや桜のいただきが来たのかと、村人は飛び上がって外をのぞいてみた。


 花びらたちは、自分のところへ積もるのではなかった。風に吹かれて、双子山のもう片割れの住む小屋あたりへ積もり出していたんだ。

 今まさに積もりはじめといったところで、桜の所在は遠目に見る小屋の屋根と、その周辺あたりに限られている。観察を続けていたら、ひょっとすると桜のいただきの正体を探れるかもしれない、と彼は小屋からずっと向こうを見張っていたそうだ。

 彼の予想は、すぐにおおよそ当たってはいたものの、容易に認めたくはないものとなって目の前に現れる。


 どこよりか運ばれ、積もっていく花びらたち。

 それがいくらか増したあと、にわかに小屋が隆起したように村人には見えた。

 しかし、桜の積もる周囲の地面もろとも、小屋がどんどんと高度を上げているのだと、やがては判断がついた。

 周囲の地面とともに、ぐんぐんと背を伸ばし続けた小屋は村人の立つ、双子山の片割れの高さを圧倒。いよいよ雲の中へ消えた直後、雲全体が稲光が走るように一瞬強く輝いた。

 そののち、はらはらと大量の桜の花びらが舞い散ってきたのだとか。


 これの積もるところ、すなわち桜のいただきとなったわけだが村人にとってはもはやおののきしかない。無我夢中で山を下って、皆へことの仔細を語った。

 これまで恩恵にあずかり続けてきたこともあり、彼の言は最初、容易には受け入れられなかったそうだ。しかし、時を経て幾多もの同じ報告がされたことで、ついに桜のいただきに頼ることはすっぱりなくなってしまったという。

 小屋ごと、雲の中へ引っ張りこまれたであろうかの者は、戻ってはこなかった。雲の向こうに連れ去られたか、あるいは桜となり万能の燃料と化したのか。

 桜のいただきそのものも、久しく確認されてはいないが、またどこかで形を変えて、この世界存続の燃料を提供し続けているのかもしれない。

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