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 傷の手当ては続いた。手当てを受けながら俺は少年の目をじっくりと観察した。一重瞼だ、しかしながら目の輪郭は綺麗なアーモンドの形で、その中に存在するのは大きな瞳であった。鼻筋は通り、口角はわずかに上がっている。きっと何日も風呂に入っていないから肌も髪も薄汚れているのだ、磨いたら宝石のようになったりするのか。

「今、高校生か」

 俺の質問に少年は笑った。

「学校行ってるように見えるわけか。そりゃ光栄だな」

「働いてるんだな。何の仕事してるのか」

 何でもいいだろ、と少年は笑う。ほら、と言って俺をうつ伏せにし、背中の傷を撫で始めた。

 消毒液のひりひりとした痛みに耐えるため目を閉じると俺の意識は少年の指の動きに集中し始めた。器用な指だ。消毒液を浸透させると同時に痛みを吸い取っていくように思える。痛みに慣れてきただけなのかもしれないけれど。


 窓の外から入り込んでくる乾いた風やそれに巻かれるように流れてくるテレビの音などに包まれながら俺はいつの間にかとろとろと眠っていたようだ。

「良かったな、指は無事だったか」

との声でふっと目が覚めた。

「綺麗な指してんな」

 少年の指が俺の指にゆったりと絡みついてくるのが分かった。人間の体温が自分に染み込んでくるのを感じ、妙な心地よさを覚えながら俺はぼやく。

「お世辞を言ったって報酬はアップしねえぞ」

 背中の後ろで少年がふっと笑った。

「純粋に褒めたんだ」

 声も笑った。


 犬が吠えている。窓の外に広がる空は真っ赤に焦げていた。俺は身を起こしそのへんに放ってあったTシャツを拾い上げた。

「しかし不用心な奴だな」

 少年が笑っている。

「ここまで危機感のない奴だとは思わなかった。あまりにも無防備だ。おまえの父ちゃんなんか厳格の極みだろ。なんであの父ちゃんからおまえのようなのが生まれるんだ」

 Tシャツを着ながら俺は目を動かして少年を見やる。

「俺おまえのこと知ってるよ。北高のエースだ」

 床にあぐらをかいた少年は唇を横に引っ張って笑っていた。

「エグい球を投げる奴だ。誰にも打たれない」

 その細い右腕で彼は球を投げる真似をしてみせた。ただの真似事ではあるが、フォームがいいな、などと俺は思った。

「野球、好きなのか」

「まあね」

 少年は投球の真似事を繰り返す。

「危ないとこだったな、指を怪我したら大変だった。物騒な世の中だな、夜道に気をつけろよ」

「レギュラー落ちの三年どもだ。俺にレギュラーの座を奪われて嫉妬してんだよ」

「余裕だな」

「慣れてるからな」

 俺は頬のあたりの傷を撫で、それから、

「名前、聞いてなかった」

 少年の目を見てそう尋ねた。するとその目はふわりと笑った。

「名前、ね。忘却の彼方か」

 少年はそう言った。


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