酒場で
冒険者の始まりの町『コーラロンド』。
そこは名前よりも始まりの町と呼ばれることが多いほど、多くの若い冒険者が旅を始める最初の町。
その由来は今から400年ほどの昔にある。
この世界を征服し、あらゆる魔物の頂点にいた存在。――魔王。魔王は着々と人々の平和な日々を壊し、多くの国や町を潰し、わずか数ヶ月で世界を魔物と恐怖で満たしたのだった。そんな時代、魔王を倒し世界に平和を取り戻すため、後に勇者と言われる青年が現れた。その青年は世界中を旅し、多くの人々を、時には魔物までもを救い、たった一人で魔王の居城へと攻め込んだ。‥‥だが、彼は帰って来なかった。さらに魔王の生死も不明。しかし、魔王が現れた時から狂暴化し町を襲っていた魔物達は鎮静化し、世界に平和が訪れ、皆が青年を勇気ある者『勇者』だと讃えた。
そんな伝説に残る勇者が生まれ旅立ったのがこの町だった。
以来、このコーラロンドからは多くの強者を夢見る者達が旅立っていった。
そんな町の酒場に、一人の老剣士がいた。カウンターに座るその老剣士は、さらりとした白髪と鋭い眼光に、歳を感じさせない精悍な顔立ち。身体を銀の鎧で包み、腰には黒鉄から削り出したかのような、分厚く幅広い黒い剣が差してあった。
「店主よ。ローズ・ケリーの10年物を」
昼でも多くの冒険者達で賑わうその酒場。その喧騒の中でもハッキリと聞こえる、渋い深みのある声で店の主に注文をした。
「騎士さん、すまないね。5年物までしか内じゃあ置いてないよ」
「……では5年物を頂こう」
「悪いね」
そう言って店主は、後ろの棚から酒瓶を取り出し、グラスへと静かに注いでいく。
「ああそれと、私は騎士ではないよ」
それに店主は、老剣士の前へとグラスを置きながら、少し驚いたように聞き返す。
「そうなのかい?確かにここらじゃ見ない鎧だが、大分立派な鎧のようだし……」
「なに、確かに見立ては立派だがね。中身は老いぼれだ。それに今の時間に酒場に騎士がくるかね?」
「ハハッ、そりゃそうだ!」
店主は、あまりに立派な雰囲気で気付かなかったと、それに二人で笑い合った。
「まぁ、確かに1年ほど前までは騎士をしていたがね。若いのに任せて辞めてしまったよ」
「ほお、やっぱり。……しかしその歳まで、騎士だったってぇと、だいぶお偉いさんなんじゃありませんか?」
店主は、よくよく考えると目の前にいるこの老剣士はかなり偉い身分なのではないかと、額に冷や汗がつたい、すぐさま態度を変える。身体に緊張で力が入ったのが、自分でもわかった。
それに老剣士はいやいやと首を横に振りながら、グラスを傾け喉を潤す。
「もう息子に家督を譲ってね。今はこれから旅を始めるしがない冒険者さ。だから気にせずそんなに畏まらないでくれ。……さぁ店主も一杯やろう。私の奢りだ」
優しげな笑みを浮かべ言われたその言葉に、店主は身体の力が抜け、ほっと心の中で胸を撫で下ろす。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って店主は、自らコップを出して酒を注いだ。
「しかしその歳から冒険者ですか。オレより10か20は上のように見えますが、よくやりますねぇ」
冒険者は皆若い時から始めるもの。この老剣士のような年齢から始めるの者はまずいない。
「昔からやりたくてね。息子には反対されたが、年甲斐もなく押し切って出てきてしまったよ」
「息子さんは心配で夜も眠れてないかもしれませんねぇ」
「まさか」
言いながら老剣士は恥ずかしそうに笑った。
「それで、旅は一人で?」
「いや、まだ決めていない。現場からしばらく遠ざかっていたのでね、町の周りで軽く動いてから決めるよ」
「まぁ、それがいいかもしれませんね」
なのでこの町にはしばらく居る、と言う老剣士に、店主は笑顔でその間はご贔屓にと返す。
「…しかし、コーラロンドには昨日始めて来たんだが…。始まり町として有名だが、それほど大きくはないのだな」
「ああ…。この町は人はそれなりに入って来ますがね、その分出て行くんでなかなか大きくなりようがないんですよ。まぁ豊かにはなりますがね」
「なるほどな……と、そろそろ行くよ」
そう言って老剣士はグラスの酒を飲み干す。
「最近は魔物が狂暴と聞きますからね。気をつけて下さい」
「ありがとう。酒も美味しかった。いくらだ?」
老剣士が立ち上がって訪ねると、店主は軽くニヤニヤとしながら首を横に振った。
「御老体の冒険者になったお祝いに。それにまだ数日は来てくれるんでしょう?」
「フッ、ありがたく貰っておこう。それではまた明日来させてもらおう」
そう言って、老剣士は隣に置いてあった荷物を取り、扉へと歩きだす。その背中に店主が声をかけた。
「そういやあ、名前はなんて言うんです?」
「ゼルフだ」
老剣士――ゼルフは、酒場を後にした。