快感……
そのような状況だから、夜勤もしなければならなかった。それこそ、朝早くから夜遅くまで王宮にいた。とはいえ、それだけの長時間バリバリきびきびとこなしていたわけではない。「役立たず」にふさわしく、長時間王宮にいただけである。長時間いただけではない。みんなが休みたい日や急に欠勤した場合なども代わりに出勤した。もっとも、気弱で断れないわたしにみんながおしつけてきたということも多かったけれど。
とはいえ、休日出勤や夜勤の場合は、さまざまな手当てがつくばかりか食事をさせてくれる。だから都合がよかった。
みんなは、そんなわたしを直接的間接的にこう呼んでいた。
「お給金泥棒」とか、「ムダ飯食い」と。
なんと言われようと思われようと、借金を返す為に働かねばならない。もちろん、食べる為にも働かなくてはならない。もっとも、働く為には食べなければならないのだけれど。
とにかく、王宮での勤務はその両方をかなえてくれる。
上位貴族の屋敷や街の宿屋などでも住み込みの仕事はある。が、やはり王宮の方が給金はいい。一日でもはやく借金を返済するには、すこしでも給金がいい方がいいにきまっている。それにもしも王宮を解雇されたとしても、王宮での勤務はつぎの職探しに有利になる。
たとえ虐められようとも、あるいは蔑まれたり嘲笑されようと、とにかくなにがなんでも王宮で働き続けなければならない。
これが落ちぶれ男爵令嬢の実態。
ということで、働けども働けども貯まるわけはない。しかもお父様の飲み代がかさみ、借金は増える一方。
そのような中で、葡萄酒を購入して屋敷にストックしておけるわけはない。
そうしたくても出来ないけれど、たとえ出来たとしてもするつもりはない。
とくに生まれかわった二度目の人生のわたしは、ぜったいにしたくない。
「お父様。お父様になにを言ってもきく耳はもたないでしょう? だから、わたしはいっさいなにも申し上げません。ですから、お父様は一刻もはやく自滅なさってくださいな」
陰気なメガネ面にせいいっぱいの笑みを浮かべ、そう叩きつけてやった。
自分でも驚くべきことに、いまの台詞は自然と口から飛び出していた。
あたらしいわたしは、小説に出てくる「悪っぽいご令嬢」のごとく態度も口も悪っぽく出来るらしい。
お父様は、わたしの豹変ぶりに驚きすぎて見事なまでに口をあんぐり開け、かたまってしまっている。
「それでは、借金返済のクソの役にも立たないでしょうけれど身を粉にして働いてまいります。ごきげんよう」
そのお父様の様子を見、すこしだけスッキリした。
そして、そのまま居間を出て行った。
(わたし、やれば出来るじゃない)
いまだかつてないなにかが心を満たす。
(もしかして、これが快感というものかしら?)
意気揚々と小さくてボロボロの屋敷を出て行った。