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もしかして、過去に戻った?

「やはり、過去に戻ったと考える方がいいわよね」


 腹筋力で上半身を起こした。


 愛用の丸テーブルの上に図書館から借りた本が積まれている。


 ドナルドソン男爵家が落ちる前から、本を買う余裕はなかった。だから、王立図書館に行っては借りていた。当時流行り出した小説という書物。その中でも、自分には縁のない恋愛物を借りて読むのが唯一の癒しだった。


 それだけ大好きだった読書も、年齢を重ねるごとに回数が減り、ついには本を借りることがなくなった。


 一番の理由は、メガネをかけていると小さな字を読むことが難しくなったから。もっとも、殺される前にはメガネを外しても読むことが難しくなっていたけれど。それだけではない。読書することじたいに疲れたからということも理由のひとつ。


 丸テーブルに近づくと、一番上の分厚い本を手に取り、パラパラとめくった。


「なんてこと。はっきり見えるわ」


 メガネのレンズ越しでも小さな字が鮮明に見える。


 メガネを外し、窓の外を見た。残念ながら、窓の外は見えにくい。


 近視も健在なのだ。過去に戻った説が正しければ、若いので老眼ではないのは当然のこと。


(って、メガネ?)


 このときになってやっと自分がメガネをしていることに気がついた。


 じつは、前の人生でメガネはしていなかった。メガネを購入するお金がなかったのもある。それよりも他他を優先していた。


 メガネは、ずいぶんとあとになってからだれかの使い古しを売ってもらった。


 度があっているわけではない。それでもなんとか生活や仕事に支障はなかった。


 というわけで、若いときにはメガネはしていなかった。


 だから、いつも眉間にシワをよせる勢いで目をすがめてものを見なければならない。


 みんなからおかしな目で見られるのは当然のこと。


 結局、性格もあいまって直接的間接的に誹謗中傷や陰口や虐めの対象にされた。「出来ない」代名詞にされ、「役立たず」として認定された。


 わたしは、それを受容した。それによってがんばって見返してやろうとか、努力して汚名を返上してやるとは思わなかった。


 すべてが面倒くさかった。そのままでいた方がラクだから。


 そして、小説の登場人物のように悲劇のキャラクターを気取っていた。かわいそうなヒロインになりきっていた。


 現実は、小説ではない。作家の描きだした世界とは違う現実世界では、かわいそうなヒロインはさらにみじめで哀れで悲惨なエンドを迎える。


 都合のいいように扱われ、使われ、罪悪の手先にされ、結局は殺されてしまうというバッドエンドを迎える。


「結局、わたしは元国王を毒殺する実行犯になった上に殺されてしまったのよ。というか、わたしが暗殺者に仕立て上げられたのよ」


 推測するまでもない。


 わたしは、閣下によって暗殺者という汚名を着せられたに違いない。


「毒が仕込まれているスープを運び、元国王に飲ませてしまった」


 もちろん、わたしは毒が仕込まれていることなど知らなかった。知る術もなかった。


 もっとも、知ったとしても無理矢理運ばされたに違いないけれど。あるいは、それを拒否した時点で殺されただろうけど。


「ということは、彼もわたしも死は免れられなかった」


 これもまた推測するまでもない。


 元国王アンドリューは、精神に齟齬をきたしたという理由で国王の座から退き、王領のどこかでひっそりと余生を送っているということになっていた。が、彼の存在は人々にすぐに忘れ去られた。このカニンガム王国の人たちの記憶からなくなってしまった。彼の存在は、見事なまでに消し去られた。


 わたし以外の人たちには。


 訂正。閣下とわたし以外の人たちには……。


 だから、たとえ元国王が毒殺されてもだれも気にすることはない。それどころか、気にも留めない。


「だけど、どうしてあのタイミングで?」


 だれも気にすることがない、気にも留めないことを狙っていたのかもしれない。たっぷりと時間をおいたのかもしれない。


 そのほんとうの理由を知りたくとも、いまとなっては知る術はない。


 なにせわたしは、殺されたのだから。


 殺されて、なぜか死に戻ってしまったのだから。


 




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