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元国王アレックス・リチャードソン

 この日、いつものように厨房の裏口からパンとスープを受け取った。


 それらをのせたトレイを胸に抱えて物見の塔に向って歩きだしたとき、ある人物がわたしの前に立ちはだかった。


 その人物が、わたしをこの秘密の任務に抜擢したのである。


「やあ、ナオ。いまから行くのか?」

「閣下、ご挨拶申し上げます」


 きちんと挨拶をしたいところだけれど、厨房の外に出てしまっている為トレイを置く場所がない。仕方なく、頭を下げるにとどめた。


「はい。いまから届けてまいります」

「毎日欠かさずよくやっているようだな。今夜は、わたしも付き合おう」


 閣下に促され、歩き始めた。


 もちろん、肩を並べるわけにはいかない。二歩うしろにさがった位置からついていく。


 そのとき、木々の間に彼の護衛がふたり立っているのに気がついた。


 黒いスーツを着用し、厨房の窓から漏れるわずかな灯りの中でも人相があまりよくないことがわかる。


「彼の様子は? あいかわらずだろう?」


 閣下に問われ、ハッとした。


「お食事を運ぶだけですが、ドジばかりしているものですから苦言を呈されます」

「だろうな」


 閣下は、笑声を上げた。


 その笑声が不気味かつ不吉な響きを帯びているようにきこえ、背筋に冷たいものが走った。


「彼は、ずっとそうだ。ナオ。きみもまだ若い時分から、ずいぶんとひどいことを言われたりされたりしただろう?」

「そのようなことは……。先程も申し上げました通り、わたしは失敗ばかりしています。叱られたり注意されたりするのは当然です」


 としか言いようがない。


 ほんとうは、無茶苦茶腹が立っている。ムカついている。


 が、わたしの身分や立場では、嫌味を言われようが暴言を吐かれようが文句や愚痴を言えるわけがない。


 それに、彼は他の多くの人たちとは違う。なにかが違う。


 同じ嫌味や暴言なのに、彼のは他の人たちとは違うのである。


 そのときにはムッとしたり腹が立っても、すぐに忘れてしまえる。


 もしかしたら、彼から言われることに慣れすぎて、感覚が麻痺しているだけかもしれない。


 それでもやはり、とにかく他の人たちとは違っている。


 閣下とはそれきり会話もなく、朽ち果てた「物見の塔」の入り口に到着した。


 ここには、月と星々の灯りとが降り注いでいる。


「ここで待っている。はやく持って行くがいい。きっと、彼は腹を空かせているだろうから」


 閣下に促された。


 その言い方に違和感を覚えた。というか、彼がわたしの前に現れたことじたいが違和感しかない。


(閣下は一度も姿を現したことがなかったのに、どうしていまこのタイミングで現れたのかしら?)


 閣下の黒いスーツの護衛たちは、すぐ近くにある大木の影からジッとこちらを見つめている。


 閣下も含めてすべてが違和感だらけだし、不吉でしかない。


「はい、閣下。食事を運んでまいります」


 頭を軽く下げると、閣下が物見の塔の扉を開けてくれた。


 扉の軋む音も、いまではいい音色にきこえる。


 塔の内部に足を踏み入れ、その奥の部屋へと向かう。


 塔の上部は崩れていて、唯一残っている一階のほとんども天井にあたる部分や壁がボロボロになっている。


 奥にある一部屋だけが、まともに残っている。


 彼は、そこですごしているのである。


 訂正。彼は、そこに幽閉されている。


 元国王アレックス・リチャードソンは、そのボロボロの部屋で長年閉じ込められている。

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