3. サンタの時間 -1
すっかり4人で昼食を取ることが日常となった桜井・相田・山崎・若林だが、今日は珍しく若林が話題を振った。
「今週の金曜日、夕食に招待したいんだが空いてないか?」
「!」
3人が揃って絶句した。
「お前が、料理でおもてなし?」
桜井は幽霊を見るような目で若林を見た。
「まさか。ようやくオレのバトラーが来日したから紹介したい」
若林の言葉を聞いて、またもや3人は絶句した。
「わざわざ呼び寄せたのか?」
相田が呆れて言った。
「ああ。最初からそのつもりだった。彼以上にデキるバトラーはいない。常に完璧な仕事をする。付き合いも長くてオレのことならなんでも知っているから安心だ。ただ、日本語を覚えてからでないと嫌だと言ったんで、しばらく待つ羽目になった」
「俺、空いてるよ……っていうか行きたい!」
山崎が楽しそうに返事をする。
「俺も行こうかな」
「じゃぁ、俺も」
3人のYESの返事をもらい、若林は満足そうに笑みを浮かべた。
約束の金曜日。
若林の住むマンションの前で3人は落ち合う。
山崎と桜井は初めて訪れることになる。エントランスに入りながら、ふたりはひそひそと会話する。
「これって潤弥のマンション並に良いとこだよな」
「いや、俺んとこより高級だと思う」
「俺もエントランスまでで、中に入ったことないんだよな」
そう言いながら相田は若林の部屋番号を呼び出しシステムに入力した。
「はい」
「こんにちは。桜井と山崎と相田です」
「お待ちしておりました。お入りください」
インターホン越しの丁寧な対応の後、オートロックの扉が開き始める。3人はぞろぞろと中に入って行った。
若林の部屋の前に着くと、申し分ないタイミングで扉が開く。3人を出迎えたのは美しい金髪をした青年だった。
黒いスーツを着ている様子からバトラーだということは一目で分かる。身長190センチメートルの長身にスラリと伸びた手足。端正な顔立ちは、きりりとした眉、長く厚い睫毛、ガラスのように透き通った美しい碧い眼と高い鼻梁で構成されている。完全に海外モデル級の容姿を持つ目の前の男は、高い気品を放ち、慈愛に満ちた空気を纏っている。凛とした態度や無駄のない流れるような動きは有能さを示す一部分にすぎない。
とにかく全てが素晴らしい。このような人物に、皆出会ったことがなかった。
「どうぞ、唯昂がお待ちです」
言葉と共に向けられる穏やかな微笑みは、思わず見惚れるくらいに華麗で、3人は息を飲んだ。
「あの、これ俺たち3人から……」
相田が代表して大きな花束を差し出した。
「これはこれは。お気遣いありがとうございます。唯昂は花が大好きなので喜びます」
青年の穏やかな微笑みは輝く笑顔に変わり、3人はその笑顔に釘付けになった。
青年に促され、緊張気味に一同が部屋に入ると、若林がリビングで出迎えた。読んでいた新聞を畳みながら「ようこそ」と声をかける。
部屋はまるで異国だった。調度品は全てヨーロッパ製のものを使い、壁も床も天井も全てリフォームされている。古い屋敷の一室のような木を基調とした室内は、靴で生活しても違和感がないだろう。イギリスの若林の部屋を再現しているのではないかと思うくらい部屋と住人が馴染んでいた。装飾品自体はあまりなく、壁に掛けられた絵画と至る所に飾られている花が印象的である。リップサービスではなく、本当に若林は花が好きなようだ。
「唯昂、こちらの花束を頂きました。すぐに活けますね」
青年が報告すると、若林は困った顔をした。
「手土産は何もいらないと言っただろう」
「偶然、綺麗な花を見つけたから」
相田は屈託ない笑顔を向けた。
相田の言葉と笑顔に抗議する気が失せ、若林は3人に向かって「ありがとう」と礼を言った。
「彼はデイビッド・ウィンザー。オレの専属バトラーだ」
「初めまして。以後、お見知りおきを」
若林に紹介されてウィンザーは深くお辞儀をした。 「彼は相田力……」
今度はウィンザーに相田・桜井・山崎を紹介し、それぞれ握手を交わす。
「デイブは日本語を覚えたところだから、無理なときは英語になる。その点だけ許してほしい」
若林が主人らしく振る舞う。
「問題ない。なんなら全部英語でもいいけど?」
桜井が提案すると、山崎がすかさず待ったをかける。 「いや、潤弥と力は大丈夫だろうけど俺は無理だから!」
慌てふためく山崎を見てくすくすと笑いながら若林は言った。
「心配いらない、翼。デイブは頭がいい。大抵のことは話せる」
「……良かった」
若林の言葉を聞いて山崎は胸を撫で下ろした。
「デイブ、いつから始められる?」
「準備は整っています。いつでも」
「じゃ、早速始めようか」
若林の合図で皆がダイニングテーブルの席に着く。
テーブルの上にはすでにカトラリーが並び、一目でコース料理であることが分かる。
苦手意識を持った山崎はチラリとふたりを見やるが、桜井も相田も平然として座っている。普段の食事のようで違和感を覚える余地は全くない。こういうとき、山崎は家柄や家庭教育の差を感じていた。最近では若林が加わって拍車がかかっている。
大人達からたくさんのことを求められ、それを体得している3人を見て、山崎は自慢の友達だと尊敬した。
ウィンザーが提供する料理は素人とは思えない程の腕前で、全てが美しく、そして美味しかった。
食事中の話題は半分以上がウィンザーに関することで、皆の関心の高さがうかがえた。
「若林がわざわざ呼び寄せた気持ちが分かるな。全く隙のない完璧さがすげぇ。お前は頭と運動神経と顔はいいが、チビだし性格が悪いから完璧には程遠い」
「一言余計だぞ。確かにデイブは素晴らしい。その代わり、デイブに出会う人間ほとんどがデイブに惚れるから、アプローチがもの凄い。デイブはオレのものなのに、皆お構いなしだ。それが悩みの種だな」
「そりゃ、放っておかないだろうな」
桜井が納得する。
「その点においては、日本では比較的マシになるとは思うんだが」
「高嶺の花過ぎて誰も近付けないんじゃないか」
若林と会話する桜井の横で相田は脱力した目元でウィンザーを見ていた。
「ああ、まじかっけぇ」
「力が面食いだとは知らなかったな」
惚れ惚れとしてウィンザーを眺める相田を見て、桜井が意外そうに言った。
「なぜそうなる? 潤弥と翼は彼をカッコいいと思わないのか」
相田は心外だとばかりに反論する。
「思うに決まってるだろ」
「思わないわけないじゃないか」
桜井と山崎が即答する。
だったら同じじゃないか、と相田が思っていると山崎が続けた。
「ただ、ウィンザーさんを見る力の目がエロい」
「はぁー? そんな目で見てないし!」
翼の的を射たストレートな言い回しに桜井と若林が大笑いする。
ただ一人、相田だけが不服そうに膨れっ面をしていた。
食後のコーヒーを配しながら、ウィンザーは朗らかに話しかける。
「もうすぐクリスマスですが、皆様のご予定はおありで?」
「ウィンザーさんは? ウィンザーさんは何か予定はあるんですか?」
相田が透かさず身を乗り出してウィンザーに質問をする。
「さぁ、どうでしょう。私の予定は唯昂次第ですから」
「じゃあ、唯昂の予定は?」
ウィンザーの言葉を受けて、すぐさま若林に視線を移す相田。
「力、必死過ぎて笑える」
「こんな力は珍しいからな」
いつになく積極的な相田を見て、山崎と桜井が小声で話しながらクスクスと笑っている。
「特に予定はないから、デイブには休みを取らせようと思っている」
「ま、まじ? そ、それならウィンザーさん、俺とデートしてもらえませんか?」
若林の返事に輝かしい笑顔を浮かべながら、相田はウィンザーを誘った。
「うわっ、目がキラキラ輝いてるし!」
「力のあの屈託のない人懐っこい笑顔って反則だよな」
相田の無邪気な言動は、長い付き合いの山崎や桜井でさえも心を鷲掴みにする。
普段は落ち着いていてあまり物事に動じない相田だけに、そのギャップは大きい。そんな意外性は相田の魅力のひとつでもある。一同は思わず笑みを零した。
「唯昂……」
ウィンザーはどう判断すべきが迷い、視線を若林に向けた。
「行ってやれ。こんな必死な力は珍しい」
「別に必死になんかなってねーし!」
間髪入れず若林の発言に反論すると、相田はキッと若林を睨み付けた。
(いや、十分必死だろ)
(自覚はないのか)
(それを必死と言わず何を必死と言うんだ)
桜井、山崎、若林が同じことを胸の内で思いながら相田を見ていると、「ふふふ」とウィンザーが華麗に笑った。
「いいですよ。唯昂の許可も下りたことですから」
「ほ、ほんとですか? やったぁ!」
相田の笑顔が最高潮に達する。
「笑顔が眩しすぎる」
「ここで断ったら罪悪感で死ねる」
これ以上にない幸福感を溢れさせて喜ぶ相田を、山崎と桜井は温かい目で見守っていた。
まだ興奮がおさまらない相田を横目に、桜井はふと気怠そうに言葉を溢す。
「クリスマスか……」
手元のコーヒーカップに視線を落とす桜井の顔は「忘れていた」と雄弁に語っている。
「その様子じゃ、何もないようだな」
桜井の態度に気付いていた若林は薄ら笑いを浮かべながら桜井を見つめる。
(なんか腹立つ!)
「悪いか」
桜井は喧嘩腰で若林に言った。
「クリスチャンじゃないお前が、浮かれて世間の波に乗ってクリスマスを過ごすとは思っていない。予想通りの答えだと思っているだけだ」
「くそ! お前は俺を馬鹿にしてるのか、褒めてるのかどっちなんだ!」
「お前に対して評価を下すほどの興味はない」
「なんだと! だったら二度と話しかけてくるな!」
「ったく! ふたりともうるさい!」
桜井と若林がお決まりのやりとりになってきて、山崎はうんざりしながら叱咤した。
「悪い……」
桜井と若林が一気に鎮静する。
「じゃあ、翼は? 何か予定はあるのか?」
桜井が落ち着きを取り戻していつもの口調で話しかける。
「なければ俺と……」
「あるよ」
桜井が全てを言い終える前に、素早く山崎が返事をする。
その返事の早さと内容は一同に衝撃を与えた。
クリスマスに会う相手など恋人と相場が決まっている。3人は一斉に身を乗り出した。
「翼……いつの間に!」
「予定って何の予定だ」
「誰と、誰とクリスマス・イブなんて日を過ごすんだ」
騒がしい空気が一気に充満する。
「犬飼だけど?」
山崎は平然と答える。
「い、犬飼ぃ?」
桜井が混乱しかかった驚きの表情を見せる。
「まじなのか?」 相田も驚きが隠せない。
ただひとり、若林だけは冷静な態度を崩さなかった。
「ああ、レレックスの優男か。翼が犬飼を好く理由は分かり易い」
若林は意味深長な笑みを浮かべた。
山崎がその笑みに敏感に反応する。
「理由?」
「実は憧れの存在だったんだろう?」
山崎は驚いた。
若林は確実に國井創彩と犬飼が同一人物であることを知っている。
「翼は、犬飼の仕事ができるところ、経済的に自立しているところ、そして紳士的に深い愛情を一心に傾けるところが気に入っているんだろう?」
若林の語る内容は全て正しかった。
山崎は返す言葉を失う。
「それ、どういう意味なんだ。憧れとか仕事とか経済的自立とか……犬飼って何者?」
相田と桜井は、山崎と若林の会話が全く理解できていない。相田は説明を求めた。
「本当は誰にも言わないって約束してるから、絶対秘密にしてくれ……」
前置きをして山崎は犬飼の小説家としての一面を打ち明けた。
「まじか! 創彩って翼が好きな作家だよな? ありえねぇ。高校生が書く作品じゃねぇだろ」
桜井は頭を抱えて驚いた。
「頭が良い、顔も良い、運動は普通にできて、仕事がすこぶるできる紳士って、レベル高いな……そりゃ惚れるな」
相田は犬飼の人格を改めて思い出し、納得する。
「ま、普通に人として惚れるよね」
山崎が楽しそうに言葉を返す。
「犬飼の気持ちを知っていて、クリスマスを過ごすっていうことは付き合う気なのか?」
若林は静かに問いかけた。
(それ、俺がめちゃくちゃ聞きたかったこと!)
若林の発言に、桜井が心の中で激しく反応する。
「別にそんなんじゃなくって、ただ遊ぶのがイブなだけだけど?」
山崎は深く考えていないようで、単に犬飼と出かける程度にしか思っていない様子が口調から読み取れた。
「犬飼はそうは思っていない気がするが……」
透かさず若林が意見する。
桜井と相田が小さく頷く。ふたりとも同意見だった。
「そうかなぁ?」
「そうかなぁって……お前、犬飼に正式に告られたんだよな?」
山崎の無自覚さに驚き、相田は思わず確認を取った。
「ああ、された。でも知らない奴からいきなり付き合ってくださいって言われても困るから『お友達から』っていう流れだけど?」
「そ、そういうことになってんのか?」
(俺はてっきり断ったのかと……)
相田は初めて聞かされる犬飼との関係にただ驚きを示すのみだったが、桜井は不安な心情を隠し切れず、困惑の表情を浮かべていた。
to be continued.
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