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7.夕飯メドレー -2

 数日後。

 檜山が松浪に家庭教師をしてから何度目かのテストが終わり、恒例の結果確認が始まろうとしていた。

 桜井は部活動が終わると松浪を残らせ、テストの結果を聞き出そうとしていた。

 長椅子を跨いで座り、両脚の間の座面に松浪の解答用紙を載せている。その対面で、長椅子の上で正座をした松浪が待ち構えていた。

「俺が言った目標を覚えているか?」

「全教科、平均点以上ッス」

「よし。じゃ、各教科の平均点を教えろ」

 松浪は1教科ずつ平均点を告げていく。

 それに合わせて桜井が松浪の得点数を確認していった。最後の教科を確認すると桜井は歓声を上げた。

「すげぇ! 全教科、平均点の1.5倍以上じゃねぇか!」

「うぃす」

 松浪は満面の笑みを返す。

 桜井には松浪の頭に獣耳が、尻に尻尾が見えた。目を爛々とさせて尻尾をぶんぶんと振っている。まさしく主人に褒美を期待している犬だ。桜井は松浪の頭をがしがしと何度も撫でながら褒め称えた。

「すごいぞ、松浪。エライ、エライ。よく頑張ったな」

「むふふ」

 松浪は目を細めて幸せそうに桜井の行為を受け入れる。堪らず松浪は桜井の腰に抱き付いた。

「ぶちょー!」

「うわっ」

「俺、嬉しいッス! こんな点数初めて取ったッス」

 桜井は松浪の頭をぽんぽんと叩きながら言った。

「お前はやればできるんだから、今後も頑張れよ。試合に出るぞ」

「うぃす。部長に褒められて幸せッス。頑張るッス」

 余程嬉しいのか松浪の顔は緩みっぱなしである。

 今にも腹を見せて仰向けに寝転びそうである。この犬化した松浪をどうしたものかと桜井が考えていると、部室の扉が開いた。

「何やってんの?」

 長椅子に座る桜井に抱き付く松浪の構図を見て、山崎は呆気にとられた。

「あ、翼……」

「おい松浪。今すぐ潤弥から離れろ。少しばかり潤弥がお前に甘いからって調子に乗るな」

「山崎先輩に言われる筋合いはないッス。部長は許してくれてるッス」

 松浪から止める気配が感じられない。

 山崎は苛つきを桜井に向けた。

「お前が甘やかすから図に乗ってんだろ」

「悪りぃ。いい加減離れろ、松浪」

 桜井に言われて素直に体を離す松浪。

 その従順さすら桜井へのアピールであり、松浪のあざとさに山崎の苛立ちが募る。

「山崎先輩、妬いてるんスか?」

 松浪は不敵な笑みを浮かべる。

 それは挑発的でもあった。いつもなら軽く受け流す山崎だったが、今回は松浪の挑発にのった。

「めでたい奴だな。俺が潤弥のことに関して妬くほどお前の存在を認識しているとでも思っているのか」

「機嫌悪いッスね。王子と喧嘩でもしたんスか?」

「言ってる意味がわからないが」

「案外、察しが悪いんスねぇ」

 山崎と松浪の間で火花が散る。

「ふたりともいい加減にしろ」

 桜井はやれやれと溜息を溢しながら松浪に解答用紙を返した。

「もう帰るぞ。さっさと出ろ」

「うぃす」

 桜井は松浪をさっさと追い出すと、部室の鍵を閉めながら山崎に話しかけた。

「翼、用があって戻って来たんじゃなかったのか?」

 桜井は帰ったはずの山崎が再び部室に入ってきた理由を尋ねた。

「あ、そうだった。今日、母さんは仕事で遅くなるから夕飯先に食べとけって。で、たまには潤弥にご馳走しろって言ってて……」

「おっ、まじ? 行く行く!」

「近くの焼肉屋にしようかと思ってんだけど」

「いいねぇ!」

駿かけるも呼んでいい?」

 駿とは山崎の弟である。

「もちろん!」

「とりあえず店に行こう。俺、もう腹減って死にそう」

 桜井と山崎は先を急いだ。



 山崎の弟と店で合流するまで待てず、山崎と桜井は先に食事を始める。肉の焼けるいいニオイと煙に囲まれながら、ふたりは肉が食べ頃になるのを待っていた。

「唯昂のことだけどさ、まさか荒川と付き合うとは意外だった」

「だな。俺はスペンサーやウィンザーさんなイメージだった。もしくは力……」

「ああ、それ分かる」

「荒川は荒川で、あんな奴と付き合ったら苦労しそうなのにな」

 桜井が「全く理解できない」と言いたげな口調で話す。

 そんな桜井に、山崎は網の上の肉をひっくり返しながら言った。

「意外と苦労するのは唯昂のほうかもよ?」

「どういうことだ」

「俺、莇生の副部長とそこそこ仲良いんだけどさ、荒川ってかなり女子にモテるって言ってた。常に彼女がいるんだってよ」

「へぇ……部活一筋なんだと思ってた」

「実際そうらしい。だからすぐフラれるとも言ってた」

 話しながら山崎はいい具合に焼けた肉を桜井に差し出す。

「部活と私、どっちが大事なの?ってやつか」

 桜井が皿を持ち上げて山崎から肉を受け取る。

「だろうな」

「でも、唯昂ってヤキモチ焼くタイプに見えないけどな」

「さぁ、どうだろうな……案外、独占欲強いかもよ? ウィンザーさんに対する『オレのもの』感は半端ないからな」

「確かに……でもウィンザーさんは特別だろ」

 桜井が受け取った肉を頬張る。

「美味い!」

 ふたりは肉が焼けるまで噂話をしながら時間を潰したが、いよいよ食べ頃になると、食事に集中し始めた。

 そのとき山崎の弟が到着する。

「兄ちゃん!」

「お、駿。ここ座れ」

 山崎は自分の隣りの席を指さした。

「久しぶりだな、駿くん」

「潤弥兄ちゃん、こんばんは」

 山崎の弟は席に着きながら屈託のない笑顔を桜井に向けた。

(相変わらず駿くんは可愛いなぁ。穢れを知らない天使だな)

 思わず桜井の頬が緩む。

 桜井たちが中学生だった頃は、よく山崎の弟も交えて遊んでいた。兄弟のいない桜井と相田は山崎の弟を大いに可愛がったが、高校に入ってからは時間的に厳しくなり、一緒に遊ぶことはなくなっていた。

「おい、駿……お前、また怪我したのか」

 言いながら、山崎は弟の顎を掴み、頬の血が滲んでいる部分を自分に向けた。

「転んで、ちょっと擦り剥いただけ」

「ちゃんと水で流したのか」

「うん、洗った」

「帰ったら兄ちゃんがちゃんと手当てしてやるからな」

「うん」

 桜井は山崎兄弟のやりとりを微笑ましく眺めていた。

 しかし次第に山崎に不穏な空気が漂い始める。

「で、どこのどいつに倒された?」

(翼、目が血走ってんだけど)

「大丈夫だって」

「俺の可愛い駿の顔に傷を付けた罪は重い」

(犯人分かったら半殺しだな)

「ちょっと肘鉄食らっただけだって」

「肘鉄だとぉぉ?」

(今にも悪魔召喚しそうだな)

「兄ちゃん、お腹ぺこぺこなんだけど」

「お、悪い悪い」

 山崎は焼けている肉を全て弟の皿に入れた。

「駿はもっと筋肉付けて、当り負けしないようにしないと駄目だな。とりあえず食え」

(あ、いつもの翼に戻った)

 山崎の空気が穏やかになったのを感じ取り、桜井は話しかけた。

「相変わらず、ひでぇ溺愛ぶりだな」

「まぁな」

 山崎は当然とばかりに答えた。

 そんな山崎を見て、桜井に悪戯心が芽生える。

「駿くんはサッカー部だっけ?」

「うん」

「サッカー部って女の子にモテるんだろ? 好きな子いたりするの?」

「えっと……」

 山崎の弟が答えようとすると、山崎は慌てて止めに入った。

「駿、答えなくていい。潤弥、余計なこと聞くな!」

「ほう……聞くのが怖いんだ……気になる癖に」

 桜井は目を細め、薄ら笑いを浮かべた。

「潤弥……喧嘩売ってんのか」

「いいや、おちょくってるだけ」

 桜井は食べ頃の肉を網から引き上げ、山崎の弟の皿に入れた。

「たくさん食べて強くならないとな」

「うん。いっぱい練習してスタメンに入るんだっ」

 山崎の弟は太陽のような笑顔を浮かべた。

(キュン死する)

 山崎の弟は未だ純真無垢な心を保持しているだけでなく、特にそれが際立っている。

 桜井と山崎は同時にノックアウトされていた。



 「ああ、お腹いっぱい!」

「美味かった! 翼、ご馳走さま。おばさんによろしく言っといてくれ」

「ああ、伝えとく」

 食事を終えた3人は満足そうに重くなった腹を撫でた。

 食事中、他愛無い話で盛り上がり、久しぶりに腹の底から笑ったという桜井と山崎。

(ああ、ヨボヨボのじじいになっても翼とこうして笑っていたいな)

 そう思ったのは桜井だけではなかった。

「俺、潤弥と過ごす時間が大好き。これから先もずっと一緒にいたいな」

 山崎ははにかむように笑った。

「翼……」

 照れながら素直に気持ちを伝えてくる山崎に胸を高鳴らせ、発せられた言葉に嬉しさを全開にして桜井は言った。

「お、俺も同じこと思ってた!」

「潤弥……俺さ……」

 山崎が急に神妙な面持ちになる。

 桜井はその変化に驚き、続く言葉に集中した。

「実はさ……前から……」

 言葉を選んでいるのか、山崎はゆっくりと話を続ける。ところがーー

「兄ちゃん! もうすぐ始まっちゃう!」

 山崎の弟が会話を遮る。

「え? テレビ?」

「そう! 早く帰ろ!」

 山崎の弟は見たいテレビ番組があるらしく、帰りを急かした。

「ということで、急いで帰るわ。また明日!」

 山崎の表情は一変し、いつもの様子に戻る。

 両手を顔の前で合わせて桜井に「ごめん」というジェスチャーをすると、足早に自宅へ向かっていった。

「おい、翼……話の続き!」

 桜井は急いで呼び止めるが、山崎の姿はすでに小さくなっている。

 急な展開に驚いたまま桜井は山崎の背中を見送った。



 ーー同じ頃。

 松浪はガツガツと白飯を口の中に掻き込んでいた。相変わらずの食べっぷりである。

「ケイちゃんママのコロッケ最高! 俺、大好き!」

 今日は松浪の母親が夜勤で、檜山家で共に食事をしていた。

「コウちゃんさ、帰りに部長に呼ばれてたよね。テストのこと?」

「うん。すっげー褒められた!」

 松浪が元気よくニカッと笑う。

「良かったね!」

 檜山も嬉しそうに笑い返した。

「ケイちゃんのお蔭だよ、ありがとう!」

「コウちゃんも頑張ったもんね」

「でも部長が褒めてくれてんのに、山崎先輩が邪魔するんだよなぁ」

 松浪は不服そうに口を尖らせた。

「前から思ってたんだけど……コウちゃんって、なんで山崎先輩をそんなに目の敵にするの? 優しくて1年の間でも人気あるのに」

「俺より弱いくせに部長と仲がいいから」

「何それ……バドの強さと仲良し度って関係あるの?」

「ある。俺が決めた」

 胸を張って松浪が答える。

 檜山には小学生のガキ大将にしか見えなかった。

「部長はすごくコウちゃんを可愛がってると思うよ。すでにコウちゃんは特別扱いなんだから張り合わなくていいんじゃない?」

「トクベツ?」

 松浪の目がキラキラと輝く。

「俺、部長のトクベツか?」

「うん、絶対そうだと思うよ!」

 松浪は「特別」という言葉に弱い。

 それを見越しての檜山の発言なのだが、松浪は期待以上の反応を見せた。

「なら、許す」

(許すって何を?)

 檜山は声に出したい台詞をぐっと我慢し、努めて笑顔を作った。

「さ、さすがコウちゃん! じゃ、明日から山崎先輩と仲良くできるよね?」

「おう!」

 松浪は単純で扱いやすい。

 元気な返事を聞いて、檜山は胸を撫で下ろした。

(部長にとって山崎先輩は超絶特別だけど)

 檜山は思っていても言ってはならない台詞を心の中で呟き、消化した。

 会話がちょうど途切れた時、檜山の弟がダイニングに現れた。

「お兄ちゃん、まだごはん?」

「あと少しで終わるけど、どうしたの?」

「宿題、教えて欲しいんだけど……」

「いいよ、もうちょっと待ってて」

 檜山は弟の頭を撫でて優しく微笑んだ。



「よいしょ」

 夕食を終えた檜山は座卓の前に胡坐をかいて脚の間に弟を座らせた。

「どこが分からないの?」

 檜山は弟の頭上からノートを覗き込んだ。覗き込みながら両腕で弟の腰を抱え込み、お腹をさすっている。

 松浪は机の向かい側から檜山を眺めていた。

 檜山は弟の病気の件も関係して、非常に過保護だった。他の子供に比べて発育が遅いため、いつまでも幼さを残す弟が可愛くて仕方がないようだ。

 それは松浪も同じだった。一人っ子で兄弟のいない松浪は檜山の弟を自分の弟のように可愛がっている。

「ケイちゃん、早くそれ終わらせて」

「はいはい」

 檜山は松浪に軽く返事を返しながら宿題の問題に取り掛かった。

「んと……多角形の角度を求めるのか」

 松浪は浮かれる気持ちを懸命に抑え、宿題が終わるのを静かに待った。

「ほら、できた」

「ありがと、お兄ちゃん!」

 檜山の弟は嬉しそうに叫ぶと、筆記用具をランドセルに仕舞い始めた。

 松浪は宿題が終わった気配を感じ取り、目を輝かせた。

「翔ちゃん、おいで!」

 松浪が両手を広げて檜山の弟を誘う。

「コウちゃん、何?」

 松浪は素直に近付く檜山の弟を捉まえ、檜山と同じように自分の胡坐の中に座らせた。

 それから額を檜山の弟の頭に寄せ、すりすりと擦り付けて愛情表現をした。

(ん~、翔ちゃんカワイイ!)

「コウちゃん、くすぐったいよ」

「ごめんごめん、翔ちゃんが可愛くて本題を忘れるところだった…………じゃーん!」

 松浪の声と共に、檜山の弟の目の前に本が現れる。表紙には「日本の歴史 8」とある。

「翔ちゃん、織田信長が好きって言ってただろ? これ読んでみな」

「これ漫画?」

「うん。でも勉強になるよ。気に入ったら1巻から貸してあげる」

「うわぁ。懐かしいな、それ。まだ持ってたの?」

 檜山が本を覗き込んで歓声を上げた。

 小学生の頃、特に男子の間で流行っていた本である。内容は真面目な日本史で為になる本でありながら、漫画で表記されているため本が嫌いな子供も手に取り易くて人気があった。

「ありがとう、コウちゃん!」

 檜山の弟が目を爛々とさせて礼を言う。

「夜更かしするなよ」

 檜山の弟の頭を撫でながら、松浪もまた屈託のない笑顔を向けた。

「じゃ、俺は帰るな」

「もう帰っちゃうの?」

「うん。俺も宿題やらなきゃ」

「つまんないの」

(ああ、翔ちゃんが可愛い過ぎるぅ)

「また明日ね」

 拗ねる檜山の弟の頭を撫でながら、帰りたくない気持ちを抑えて松浪は立ち上がった。

「おやすみ! ケイちゃん、翔ちゃん」

 手を振ってバイバイをする松浪に、檜山兄弟は揃って「おやすみ」と返した。

「そろそろお風呂に入ろうか?」

「うん」

 檜山は弟を連れてバスルームに向かった。



 風呂から上がった檜山の弟は早速「日本の歴史」を開く。

 読み始めてすぐにその世界に入り込んでいった。

「こら、翔。先に髪を乾かさないと」

「う……ん……分かってるぅ……」

 檜山の弟は返事こそするものの明らかに意識は本にしか向かっていない。

 檜山は溜息を吐いてドライヤーを取りに行った。

 部屋に戻ってきた檜山は本を読み続ける弟の背後からドライヤーをかけ始める。

 檜山の長い指が髪の間を駆け巡る。掌で覆ってしまえる程の小さな頭を見て、檜山の胸に愛しさが溢れた。

 檜山と同じくサラサラの髪が渇くと、手櫛で髪を撫でつける。そして背後からそっと弟を抱き締めると、檜山は弟が健やかでいる幸せを噛み締めた。



to be continued.


最後までご覧下さってありがとうございました!

楽しんで頂けたら嬉しいです。一言でも励みになるので感想やいいねなど頂けたら幸いです。

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マシュマロ −英もみじ−
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