5.想定外の三角関係 -5
1週間後。
若林は困惑した表情でキッチンに入った。
「デイブ、なぜあんなことになっている?」
若林に尋ねられ、デイビッドはスペンサーと荒川を見た。
「おぉ、拓海カッコイイ!」
「だろー?」
「試合運びが堪らなくスマートでクールだ」
「おー、もっと褒めていいぞ」
「今度、僕の相手をしてよ」
「いいぜ、勝負してやる!」
スペンサーと拓海は先日終わったばかりのバドミントン春季大会決勝戦のVTRを見ていた。
若林のマンションの部屋で、ふたりは若林のことはそっちのけで、ソファに仲良く並んで和気藹藹と画面に見入っている。
その様子をキッチンから若林とデイビッドが揃って眺めていた。
「どうやらすっかり意気投合したみたいですね。良いことじゃないですか。私はノアもタクミも好きですから嬉しいですよ」
「それにしても、会ったのが3度目とは思えないほどの打ち解け具合じゃないか?」
「何か感じるものがあるんでしょうかねぇ」
デイビッドは腕時計を確認して、ポットから3杯目になる紅茶をカップに注ぎ始めた。
「オレから見れば、いわゆる元カレと今カレというやつだろう?」
「ええ、そうですね」
「こんなに仲良くなるものなのか?」
「そうですねぇ……唯昂から見ればそうですが、おふたりにとってはもはや知り合うきっかけに過ぎないものになってしまったのでは?」
デイビッドはカップの載ったトレイを持つと、テレビ観戦中のふたりのほうへ歩いて行った。
「面白くない」といった表情をした若林はキッチンにひとり取り残される。紅茶を置いて戻って来たデイビッドは不貞腐れた顔をした若林を見て溜息を溢した。
「唯昂、何が不満なんです?」
「別に不満なんてない。解せないだけだ」
「何がです?」
「あの異常なまでに独占欲と嫉妬の強いノアが拓海を受け入れていることがだ」
若林の言葉を受けてデイビッドはふたりを見やる。
やはりとても楽しそうで、会話が弾んでいる。
「恐らく、タクミが特別なんですよ。もしかしたら貴方以上にノアはタクミの人間性を理解しているのかもしれません」
「数回しか会っていないのにか?」
若林はデイビッドの説明を受けても腑に落ちず、不満げな表情は変わらなかった。
「その貴方の不機嫌の理由はそれじゃないでしょう?」
「うるさい」
「あんまり拗ねていると、嫌われますよ」
「うるさい」
若林はぷうと頬を膨らませてそっぽを向いた。
そのとき、スペンサーが声を張り上げる。
「デイブ、ダンを呼んでくれ!」
「承知致しました、ノア」
デイビッドがダニエルに連絡を取っている間、スペンサーと荒川は相変わらず仲良く会話を続けている。
今度は荒川のスマートフォンの画面をふたりで覗き込み、何かの計画を練っているようである。
すぐにダニエルは若林宅に現れた。
「お呼びですか、ノア」
ダニエルがスペンサーの傍に寄ると、荒川は目を見開いて驚いた。
「もしかして、アンタのバトラー?」
「そうだよ……ダン、彼は荒川拓海。僕の友達だ」
「初めまして、ミスター荒川。私はダニエル・ウィンザー。以後お見知りおきを」
荒川は目の前で丁寧な挨拶をするダニエルをじっと見つめていた。
デイビッドに劣らず美しいダニエルだが、男らしい要素が強い。兄貴肌を感じさせるダニエルに荒川の関心は急激に跳ね上がる。
「もー……どーなってんの? ここ、イケメンばっかじゃねーか。しかも次元が違う……」
「ふふ、そのイケメンに僕は入ってるの?」
「入ってるに決まってんだろ。ノアなんかどっかの国の王子みたいじゃねーか」
「そう? 嬉しいな」
スペンサーはニコニコと笑いながら忘れかけていた用事を思い出した。
「そうそう、ダン。今度、拓海とバドミントンをするから体育館の予約を取って欲しい。あと、拓海から自家栽培の野菜をもらったからデイブから受け取って」
スペンサーの簡単な説明が終わると、荒川は先程スペンサーと見ていた体育館のホームページを表示させたままスマートフォンをダニエルに向けた。
「体育館はここです。一般開放はバドミントンの他にバスケットやバレーなど種目が時間によって変わるので要注意です。オレが空いてる日程は……」
荒川が補足説明を加えると、ダニエルはコクコクと頷きながら、必要な情報をメモに残した。
「ノアがバドミントンですか。珍しいですね」
「うん。拓海はこの前の大会で全国一になったんだって。遊んでもらおうと思って」
「そうでしたか。おめでとうございます、ミスター荒川」
ダニエルは優しく微笑むが、凛とした雰囲気は保持したままで、きりっとした空気を感じさせる。荒川の好きな空気だった。
「ありがとうございます。ラケットはオレのを貸すので必要ないですが、館内用のシューズは用意して下さい」 「承知致しました」
ダニエルは再び笑顔を向ける。
「ちょっと待て」
話が上手くまとまったところに若林が割り込んで来た。
「どうした?」
「なぜオレを誘わないんだ」
「悪ぃ、忘れてた」
「なっ!」
荒川の言葉に若林はショックを受ける。
若林は悔しくなってスペンサーと荒川の間の狭い空間に無理矢理入り込んでソファに腰掛けた。スペンサーは子供染みた行動を取る若林の頭を撫でるが、関心は荒川にある。ふたりは背の低い若林の頭上で視線を合わせ、会話を続ける。やはり若林の存在は無視されている。
「ノアの好きなスポーツって何?」
「一番好きなのは馬術かな」
「かっけぇ!」
「馬が好きなんだ。幼い頃、父に連れられてクラブで馬を見た瞬間、恋に落ちてしまった」
若林は構ってもらいたくてスペンサーの手を握る。
スペンサーはその手を持ち上げてキスを落とすが、視線は荒川に向けられたままで会話は続く。
「馬持ってんの?」
「うん」
「なんて名前?」
「アウロラ。彼女はとっても聡明で美人だよ」
「へぇ……乗馬してるノアを見てみてーなぁ。すげー格好良いんだろーなぁ」
次に若林は荒川の肩に頭を押し付けて甘える仕草を取る。
荒川はその頭を優しく撫でるが、スペンサーとの会話のほうが優先順位として上にあり、それ以上若林の相手はしない。
「来年の夏休み、イギリスにおいでよ。見せてあげるよ」
「行きてぇ! 頑張ってバイトするか」
「ぜひ来てよ」
「ところでダニエルさんは何かやってた?」
「ダンはラグビーをやってたよ」
「体格がしっかりしてるから、スポーツしてそうだなぁと思ったけど、ラグビーかぁ……納得」
「ラグビーやってるダンは超絶カッコイイよ」
「だろーなぁ!」
やはりふたりの会話は止まらない。
若林の悔しさは寂しさに変わり、若林はソファから腰を上げて自室に入って行った。ようやくふたりは若林に目を向ける。
「あ~、拗ねちゃったね」
「意外とガキ臭いな」
「うん。唯昂は結構甘えん坊だよ」
この後、スペンサーと荒川は若林を思いっきり甘やかして機嫌を取ることになる。
数週間後。
今日もスペンサーと荒川は一緒に遊びに出掛けていた。スペンサーが日本に滞在する期間が決まっているため、荒川はできるだけ観光に連れ出したいらしい。荒川が部活動を引退したのも手伝って、すっかり仲良くなったふたりは頻繁に会っていた。
今日は東京の神社を巡り、一息入れてから帰ろうとカフェに入っていた。ビルの5階にある店で、窓際カウンター席に並んでふたりは座っていた。
大勢の人でごった返す街を見下ろしながら、まったりとした時間を共有する。とても静かな店内は視界に広がる街の喧騒からかけ離れていて居心地が良かった。
「拓海はT大じゃないの?」
スペンサーが進路について話し出す。
「オレがT大? 行けるわけねーだろ! ま、行けるほど頭良くても行かねーな」
「どうして?」 「オレ、もうちょっとバドやりたくて……推薦が来てるNT大に行くか実業団に入るかで悩んでる……」
荒川はスペンサーから窓の外へと視線を移して頬杖をついた。
「ということは、拓海はオリンピック選手になるの?」 「おりんぴっくせんしゅうぅぅ?」
スペンサーの発言に荒川は目を真ん丸にして驚いた。 「そんなの考えたことなかった」
「そうなの? だったら今決心しなよ。僕の友達にオリンピック選手がいるなんて素晴らしいじゃないか。自慢しまくっちゃうよ」
「そーだろーけど……」
荒川の戸惑いは続く。
「拓海ならなれるよ」
「そ、そうか?」
「うん。拓海ならできる」
スペンサーは強い目力を持った瞳で荒川を見つめる。
荒川には、スペンサーの言葉がなぜか予言のような気がしてならなかった。
「じゃ、頑張ってみるか?」
「うん、それがいいよ!」
荒川の言葉を喜んだスペンサーからウキウキとした空気が溢れ出す。
「そうと決まったら勉強だね」
「勉強? 練習じゃなくて?」
「世界を相手にするなら英会話ぐらいできなきゃ」
「はあ……」
「ビシビシやるから!」
スペンサーにやる気が漲っている。
「え? ノアが教えるのか?」
「そうだよ。帰国まで時間がないんだから気合い入れるように!」
そう言ってスペンサーは席を立つ。
「早速始めよう。ほら帰るよ!」
「ええっ!」
スペンサーは荒川の腕を掴んでぐいぐいと歩を進める。
「大丈夫だよ。拓海はそこそこ頭良いんだから!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
スペンサーは荒川に構わず自宅へ向かった。
1週間後。
若林はスペンサーのマンションの部屋の前でインターホンを押そうと指を伸ばしていた。インターホンに指が接触した瞬間、ドアが開く。中から出てきたダニエルは思い掛けず若林の姿を見て驚いた。
「おや、唯昂」
「あれ? どうしたの、唯昂」
若林に話しかけるダニエルの後ろからスペンサーも出て来る。
「出掛けるのか」
「うん」
若林はふいに胸騒ぎがして執拗に質問を続けた。
「どこに?」
「拓海のおうち」
「今日も英会話教師か」
すでに若林はスペンサーが荒川に英会話を教え始めたことを知っていた。
「そうだよ~」
ニコニコと笑いながら答えるスペンサーはとても楽しそうで、荒川に会うことへの喜びが溢れている。
そんなスペンサーを見て若林は不機嫌そうな顔をして言った。
「帰ったら連絡しろ」
「分かった。ちなみに今日は泊りだから明日になるよ?」
「どこに?」
「拓海の家に決まってるでしょ」
「はぁっ?」
若林は盛大に驚き、スペンサーの両腕を掴んだ。
「なぜノアが? オレはまだ泊まったことがないんだぞ?」
「その、『自分よりも先に泊まりに行くなんて許せない』と言いたげな顔やめてくれないかな」
スペンサーは若林の殺気を感じ、呆れた顔で言った。
「オレも連れて行け」
「何言ってるの? アポイントなしで急に行ったら先方に迷惑でしょ。デイブは唯昂にそんな無作法なことをするよう教育しているの?」
「う……」
スペンサーの正論に何も言えず、若林は奥歯を噛み締めた。
(こんなにふたりが仲良くなるなんて予想外だ。ふたりがつるむようになってから、オレはほとんどどちらにも相手にされていない。まるでノアと拓海が付き合っているみたいじゃないか)
「ノア、お前の言っていることは正しいし、デイブの教育も正しく、何ら間違っていない。これらを踏まえた上でオレは」
若林は言葉を切って、一呼吸してから言った。
「それでも行く!」
「へ?」
「ふたりきりで『お泊り会』なんて気に入らない」
「もしかして唯昂……妬いてるの? どっちに妬いてるのさ。僕? それとも拓海?」
「うるさい! 準備して行くから、先に行って拓海に伝えておいてくれ」
若林は言うなり泊まる準備をするために颯爽とその場を立ち去った。
想定外の三角関係に最も困惑しているのは、意外にも若林だった。
5.想定外の三角関係 fin.
writing date 2018.6.17
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